音楽による連作試行
「そうですね。嫌いというか、自分の中でのNGですね。読みたくもないと言えばいいですかね。一つは恋愛ものですね。学生時代には青春小説の一環としての恋愛、いわゆる純愛関係は読んだことがあったんですが、どうも不倫やドロドロした恋愛というか、愛欲系の小説はどうも苦手でした。基本的に、恋愛を正当化して考えようとするところがあったので、結婚も含めて、最初から自分には制限のようなものがあったんじゃないかって思うようになりました。それからもう一つ読みたくないジャンルとしては、異世界ファンタジー系の話ですね。最初から敬遠していたと言ってもいいと思います」
そこまでいうと、少し宇月さんの表情に変化が見られたような気がした。
嫌悪というか、憎悪というまでにはならないが、離婚の話をしている時でもそんな表情をしなかった宇月さんだったのにである。唇の端を噛んでいるというか、歯ぎしりでもしているかのような雰囲気であった。
また軽い沈黙が続いたが。今回は口を挟む気が川島にはなかったので、それほど長い時間だとは思わずに待っていると、徐々に宇月さんの口が開いてくるのを感じた。
「異世界ファンタジーというのは、最近では結構たくさんの人が書いているんですよ。猫も杓子もというと大げさかも知れませんが、これって、まるで二十年くらい前の俄か小説家人口と似ているような気がしてですね」
「今から二十年くらい前というと、そうですね。あの頃は確かに猫も杓子も小説家を目指していた時代がありましたね。自費出版社系の会社が増えてきたのもその頃だったし」
というと、
「ええ、それまでの常識を打ち破った画期的なやり方で一世を風靡した自費出版社系の会社だったんですが、結局は自転車操業と、時代の流れであっても、大きな仕組みの流れを変えることができなかったというべきでしょうか? やはり一つの事業を回すのには、どれだけのまわりを動かさなければいけないかという分析ができていなかったんでしょうね。実際にやってみないと分からない部分もあったでしょうが、やはり時代がそれを許さなかったのか、最初から無理だったのか、どっちなんでしょうね・」
と聞かれたので、
「どっちもじゃないでしょうかね。そもそも自転車操業しかできないような新興産業はダメですよ。もっとも、新興産業だったからこそ、自転車操業しかできなかったのかも知れませんがね。それを思うと数年で消え去ったのも分かる気がしますね」
というと、
「それはきっと、全世界を席巻したけど、十年くらいでブームとして消えていったプログレとは違うんでしょうね。プログレは少なくとも否定されて下火になったわけではないし、今でも燻りながらもジャンルとしては残っていますからね。でも、自費出版系の会社は、その系統は受け継いだ会社も残っていますが、ほとんど自費出版系ではやっていけません。何しろ社会問題になって、裁判沙汰もいくつもありましたからね。完全に『悪』というレッテルを貼られた状態ですからね」
と、宇月さんは言った。
「ええ、その通りだと思います。僕も一時期自費出版社系の会社に原稿を送って評価してもらったことがあったんですよ。ちゃんとした評価をしてくれたので、そういう意味では好感がもてたんですが、そのあとの営業がいかにもあざとかったので、すぐに自分から引いてしまいましため。まるで夢から覚めたかのような感じでした」
「それはよかったというべきでしょうね。本当に真面目に出版を考えている人の心の隙間に入り込むような企業体勢でしたから、出版してしまった人も多かったですよね。それがネットの普及と一緒になって、今の出版不況を決定的なものにしたのかも知れないですね。何しろ紙を媒体にしてしまうと、在庫などの問題が発生しますからね」
と宇月さんはそこまで言って、また少し考え込んでいるようだった。
やはり宇月さんも自分と同じで、モノをなかなか覚えられない性格なのかも知れない。そして忘れないように、頭の中で一度整理する必要があるのだろう。
――きっと、自費出版社の話しはここで終わりだな――
と考えた。
「異次元ファンタジーというと、私は本当にただのブームで終わってしまうのではないかと思っていたのですが、どうもそうではないんですおね。それが私には気に食わないんですよ」
と、宇月さんはまたしても、苦み走ったような顔になった。
「忌々しい」
という感情は、こういう表情をいうのではないかと思った。
「異次元ファンタジーというと、今のようなネットで小説を書くようになってから増えてきたんですかね?」
「以前からもあったんでしょうけど、他のジャンルは書く人が減ってきたけど、異次元ファンタジーに関しては書く人が減っていないということだと思います。それは、ネットの影響が強いだと思うんですけど、元々自費出版社系に投稿していた人のほとんどは、自費出版社が倒産したり、問題になったことで書くのを辞めてしまったりしていると思うんですが、それでも書いて発表したいと思っている人は、ネットの無料投稿サイトなどに登録して、ただ作品を発表するだけでもいいと思っているんでしょうね。下手にお金のかかることはこりごりだという謂見合いもあります。お金がかからないから安心して投稿もできるし、そこにSNSの機能が追加されて、読んでくれた人が感想を書いたり、交流の場を持てるサイトもあったりと、利用方法もいろいろです。もちろん、まだ書籍を出したくて、編集者の目に留まるのではないかと思って投稿している人も多いんでしょうが、やはり自分の作品を世に出したいという思いが強いんでしょうね。そんな中の一つに、異世界ファンタジーがほとんどのサイトがあるんですよ」
と、宇月さんは教えてくれた。
「確かに何かの一つのジャンルに突出したサイトがあってもいいんでしょうけど、一つのジャンルに偏るとなると、その部門のジャンルを書く人が爆発的に増えるということにならないですかね。悪いことではないと思うんだけど、人によっては、皆が一つのジャンルに偏ると、少々の内容のものを書いても見てもらえないんじゃないかと思うんじゃないのかな?」
というと、
「それは考え方でしょうね。応募が多くても、その分、実際に書籍化されたり、電子書籍になったりと、実際にこのジャンルの公開が増えているのも事実です。でも、それが果たしてどれほどの分母なのかということは、あまり誰も言いませんからね」
「そういう意味で、皆が書いていると、その中の一人になれるには、ハードルが高いと言えるんでしょうが、それ以外のジャンルでは絶望的だったり、本人が他のジャンルを書けないと思っていると、どうっしても偏りますよね。特に異世界ファンタジーはゲームなども結び付いているから、若者が入り込みやすいジャンル。本格的な小説が書けなくても、異世界ファンタジーなら書けるんじゃないかという発想が芽生えたとしても、不思議ではないですよね」
「書けないというよりも、書きたくないんじゃないでしょうか? 基本的に自分が読んでいないジャンルは嫌いだと思っている人も多いでしょう。特に異世界ファンタジーは好きだけど、読書は嫌いだという人も多いでしょうからね」
と言われ、