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音楽による連作試行

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 そんな広い訴求力を 持った音楽がポップスであり、この時に感じていた音楽ジャンルが、まさに、
「ポップス」
 だったのだ。
 結婚していた時代を思い出すと、まさにチンドン屋の演奏がふさわしいものではいだろうか。
 何しろ、自分は女房が自分に対して逆らうこともなく、
「今までで一番話がしやすく、一番接しやすく、一番分かってもらえている」
 と思っていたのに、実際には一番話がしにくく、接しにくく、分かってもらえていなかったということを証明したようなものだった。
 しかも、相手が悩んでいるということも分からずに、完全にお山の大将になってしまっていて、相手が寝返った時、初めて気づかされたという、まるで戦国時代の下剋上にあった元領主の大名のようではないか。明らかに正義は相手にあり、こちらは敗者として何も言える立場ではなくなっていたのだ。
 相手はこちらの気持ちなど関係ない。関係が怪しいと思うと自分の世界に入り、まったく相手に付け入るスキを与えないようにして、防備を固めたうえで、自分の作戦を練り始める。それを何もせずに、放っておいたこちらが悪いのだろうが、それまで何でもいうことを聞いてくれた人間が急に寝返るなど、普通では考えられない。いや、考えなければいけなかったのだろうが、だが、考えてみれば、そこで考えたところで、もうすべては遅いのだ。
 こちらとしても、すべてが後手に回ってしまったのだから状況は、
「すべてこちらが悪い」
 という風に追い詰められてしまっては、もう謝るしかない。
 完全に立場は相手の方が上で、その状態になってしまうと、逆転した立場をひっくり返すのはまず無理なのだ。そうなると、相手が離婚を切り出した時点で、終わっていたと言ってもいいだろう。
 もし、こちらが必要以上にゴネたとしても、相手はすでにまわりを固めていたことだろう。何か証拠を持って提示されれば、こちらからは何も言えないという武器を持ったうえで、言い出しているのだから、太刀打ちできるものではない。
 それはまるで顔を隠して道化師を装い、チンドン屋の音楽を流し、自分の前で勝ち誇ったように踊っている姿に見えて仕方がなかった。
 今では見ることもなくなったチンドン屋だが、もし今でも見ることがあれば、相手にはそんなつもりなど毛頭ないと分かっているのに、嘲笑われているように思えて、屈辱感という敗北感に苛まれ、道化師を見続けることはできないに違いない。
 そんな道化師が離婚してから、しばらく自分の夢に出てきたような気がした。
 夢の中で道警は自分にしつこく付きまとってきた。最初はビラ配りの他の連中と一緒に、自分が歩いているところを近づくわけでもなく、適度な距離を保っていたはずだった。時代背景はいつの間にか、昭和になっていた。木でできた垣根という塀が、等間隔に足を延ばしていて。その横に小さな溝ができていた。
 人工の溝ではなく、自然とできたものだろう、なぜなら、その当時はまだ道路も舗装もされておらず、塀のような壁にはニスのような油が塗りこまれていて、殺虫効果なのか、臭いが結構きつかった。
 そんな道を白いスーツに身を包んだ自分がゆっくりとまわりを意識しないようにして前だけを向いて歩いている。
 普段なら何かを考えながら歩いているので、意識もせず、急いでいてもさほど疲れを感じないのに、その時は頭の中は空っぽだったような気がする。
 だが、何かを考えていたというわけでもなく、ただボンヤリと前だけを見て歩いていたのだ。
 すると、すぐ後ろから、
「ゼイゼイ」
 という息遣いが聞こえる。
 それは、無呼吸の人が口から以外の場所で呼吸をしているかのような恐ろしさがあり、猛毒マスクをしている呼吸穴から聞こえてくるかのような音だった。
 すでにそれは声ではなく、音だった。
「コーホーコーホー」
 という息遣いと言えるのかどうかと思えるほどの不気味な声であった。
 誰もいないと思った自分のすぐ横にいたのは、礼の道化師である。やつは、さっきまで一緒にいたチンドン屋の仲間たちと離れて、自分だけを追いかけてきたのだ。
――それにしても、チンドン屋はどこに行ってしまったのだろう?
 道化師としては、
「ターゲットはお前だけだ」
 と言わんばかりであろう。
 後ろを振り向くのが怖い。
 相手は、明らかにこちらの行く手にいかなる手段を用いても、逃がすまいという意気込みが感じられる。しかし、こちらには、何ら防備を企てる手立ては一切ないのだ。ただ、この道化師に好きなようにされるのを待つだけだった。
 耳に今に子息が吹き込んできそうなほど接近しているのに、その気配は小さなものだった。
 確かにそいつは後ろにいるのに、気配という意味での息遣いではないのだ。
 金縛りにでもあったのか、後ろを振り向くことはできない。ただ、からくり人形のように、自分の意識とは別に前にだけ規則正しく歩いているだけだった。
 身体全体がいうことを聞かずに、まったく動けなくなるのが金縛りであれば、この場合は金縛りとは言わないだろう。
 そんな中途半端な状態に、道化師は斜め後ろから覗き込んでくる。
――何と恐ろしい――
 顔にまったくの変化は見られない。
 笑っているのか、怒っているのか、それともまったくの無表情なのか、その隈取の下はまったく分からなかった。
――相手が何を考えているのか分からないというのがどんなに怖いかというのを、今までにも味わったことがあったはずだ――
 と想像し、
――いつだったんだ?
 と思ったが、その時浮かんできたのが、別れた女房の顔だった。
 まったくの無表情で睨みつけてきていた。何かを言いたいという表情ではない。もう何を言っても一緒だと言わんばかりである。
「あなたには、絶対に私の気持ちなんか分かりっこないんだわ」
 と言いたげであったが、それならそれで、
「お前だって、俺の気持ちを分かるはずもないだろう」
 とこちらも言いたい。
 しかし、実際に口喧嘩にもならなかった。円満離婚した夫婦の中には、
「お互いに言いたいことを言ったので、未練はない」
 と言って、別れても親友でいるという夫婦もいるらしいが、川島にはその言葉は信じられなかった。
 お互いに何かを言える状況でもなかったし、何かを言おうとすると、相手の恐ろしい表情を想像して、何も言えなくなってしまう。女房もそれが怖かったのかも知れない。それを一番恐れたから、こちらから何も言えない状態にまわりを追い込んでから、やっと本題を口にしたのだと考えれば、やはり完全に、
「やられた」
 という思いから、
「最初からもうダメだったんだ」
 と思えてきた。
 そう思うと、最初から、つまりは結婚したこと自体が間違っていたのではないかとも思えてくる。途中からお互いがすれ違って行ったとも言えなくもないが、逆にうまく行っていたように見えていたのは、お互いがギリギリまで妥協して、本当は最初から修羅場になっていたかも知れない状況を、ごまかしながら来ただけだったのかも知れない。
 よく昔は、
「成田離婚」
 なんて言葉があり、
「そんなのって信じられないよな」
作品名:音楽による連作試行 作家名:森本晃次