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短編集104(過去作品)

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――わざと意識の中から完全に消したのかも知れない。自分の意志とは別の何かの力が働いているとしたら、それは自分にとって決して都合のいいことではないに違いないだろう――
 と、悪い方にしか考えられない自分が怖くなってくるからである。
 夢の中で、
――危ない――
 と思ったことが今までに何度あることだろう。事故に限らず、何かの選択を迫られるような夢を見る時にも感じることではないだろうか。
 多治見には一人姉がいた。
 姉は多治見にとって初めて意識した女性だったと言ってもいいかも知れない。初めて女性を意識するようになったのは、中学三年生頃からで、クラスメイトの男子生徒に比べれば断然に遅い。
 身体の発育は明らかに遅い方で、身長が伸びてきたのも高校に入ってからだった。元々小学生の頃小さい方ではなかったはずなのに、中学に入る頃には小柄に見られ、中学三年生では、クラスで一番低い身長になっていた。
「小柄な方が機敏に見えていいかも知れないぞ」
 と人からは言われたが、それこそ
――勝手なことを言いやがって――
 と誰もわかってくれない悩みに一人沈んでいることが多かった。
 だが、そんな時でも姉の態度は違って感じた。他の人と同じ態度でも、姉だけはどこか違う。最初は肉親なので、違うのだと思っていたが、姉の自分を見つめる目に明らかな違いが感じられた。
 姉は身体の大きな女性だった。多治見と歩いていても完全に瀬は姉の方が高く、普通であればコンプレックスを感じても仕方のないところなのに、不思議と姉と一緒に歩くのが好きだった。
 この感情が女性に対する気持ちだということを最初は分からなかった。どこか温かみがあり、肌が触れていなくとも、触れているような感覚に陥る。いつの間にか、自分が姉を好きになってしまったことに気付いていた。
 そういえば、小学生の頃、異性への意識など何もないはずだったのに、女の子の友達と遊ぶのが楽しかった時期があった。そのうちに友達から冷やかされるようになり、それが嫌で、遊ばなくなってしまったが、その時に一緒に遊んでいた女性のことを思い出すことが増えたのも姉を意識するようになってからだ。
――あれが本当の初恋だったのかな? 彼女は俺をどう思っていたのだろう――
 自分が楽しければそれでいいとしか思っていなかった小学生時代。女の子と遊んでいる時間が楽しかったということに違和感などなかった。他人の目を気にしていなかったわけもないのに、冷やかされただけで遊ばなくなってしまったのは、冷やかしが原因ではなく、自分の心の中に意識の上で違いがあったからに違いない。
 夏の暑い日、ちょうど盆明けだったのではなかろうか。町内で盆踊りがあった。近くの公園が会場になり、さらには、その先にある神社まで縁日の屋台が続いていた。
 金魚すくいに綿菓子屋、林檎飴など日頃見かけることもない屋台に胸躍らせていた。今でこそ人の多いところは自然と避けるようになったが、その頃はまだ人が多いところに自分の存在を感じることが楽しい時期だった。
 暑さも忘れて楽しんでいたが、昼の暑さからはかなり開放された気分になっている。神社の境内に行けば、時折涼しい風も吹いてくる。それが嬉しかった。
「何か匂いを感じない?」
 彼女が話していた。
「匂いって何の? 焼きそばやお好み焼きのソースの匂いは分かるけど」
「そんなのじゃなくて、夏独特の匂いっていうのかな? 私には甘いというよりも酸っぱいものに感じるのよ」
「汗の匂いじゃないのかい?」
「ううん、違うの。そうじゃなくて、甘さを漂わせるような匂いなのよ」
「分からない」
 その時はそれで話が終わってしまった。場所がちょうど縁日が切れた先にある境内の裏だったので、誰もいない。境内の表に出ればたくさんの人がいるというのに、ちょっと入っただけでまるで秋の気配を感じさせるような静かな場所だった。
「神社に行ってみようか?」
 姉に話したことがあった。
「うん、いいわよ」
 中学になってから神社にはあまり足を踏み入れていない。特に夏の暑い時は、表に出るのを嫌っていたこともあって、神社どころか表に出るのも億劫だったのだ。
 もちろん、暑い時間帯を避けて、夕方の散歩としゃれ込んだわけだが、姉を神社に誘った時に小学生の頃に境内の裏で話したことが脳裏によみがえったからだった。
 神社に向かう道も小学生の頃と違ってすっかり変わってしまい、古い家が立ち並んでいたところも区画整理にあって、今では大きな通りになってしまっていた。
「この道も、変わったわね」
 多治見の気持ちが分かるのか、姉が口を開いた。
「そうだね、縁日の時の屋台が懐かしいね」
 昔、姉は神社に行くのが好きだった。ある時期を境に、神社へはばったりと行かなくなったことがあったが、それを分かっていて多治見は誘ったのだ。
 姉が神社に行かなくなったのは、まさしく多治見が同級生の女の子と境内の裏で話をしていた頃と前後する時期であった。お互いに神社に意識を持っていながら口にしなかった理由はまったく違うところにあるのだろうが、意識しないようにして無意識の頭の中にはあったに違いない。
 一時期あらぬ噂が立ったことがあった。
 変質者が横行していて、特に神社あたりに近づいてはいけないという話が出たからだ。姉は意識しないように聞いていたが、少し顔色が変わったのを見逃さなかった。姉が中学に入学する頃だったであろうか。
「必ず、誰かと一緒に帰ってください」
 学校から、そして町内会からの通知であった。小学生だった多治見は集団下校を余儀なくされ、姉も友達数人と帰ることになった。だが、明るいはずの姉が友達の中であまり会話をしていないことが不思議でならなかった。
――何かあったんだろうか――
 多治見の姉への見方は、その思いが感情に変わっていったことで何か変化があったに違いない。
 それが姉を女性として意識し始める要因だったに違いない。
 最初に意識した女性が姉であるということは、多治見にとって女性を見る目が他の人とは違っているという気持ちを大きなものにした。
 姉が友達と話さなくなったり、神社に行かなくなったりした理由を自分なりに考えている。それが歪んだ目であるということを意識した上である。
 夢の中で姉が暴漢に襲われる夢を見た。小学生の頃の姉で、自分はそれをじっと見つめている。見つめている自分は社会人になっていた。
――大人になってから見ている夢に違いない――
 夢の中で感じていた。
 自分が大人であるということが何よりの証拠。助けなければいけないという思いでありながら足が動かず、ただ見つめている。
 夢の中なのに汗を掻いている。焦って掻いている汗には違いないが、助けなければならないのに動けないもどかしさではない。明らかに興奮しているのだ。
 最後まで見ることができないから夢というもので、何かにすがってでも助けを求めようとした姉と目が合ってしまった。見つめられているはずはないと思っているのに、姉の目はこちらを凝視している。
 助けてほしいという思いより、最後はなぜかこちらを蔑むような目であった。自分が考えていたよりも夢の中の姉はぐっと冷静だった。
作品名:短編集104(過去作品) 作家名:森本晃次