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短編集104(過去作品)

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 怖い夢にしても、いい夢にしても記憶に残っているのは、
――ちょうどのところで目が覚めた――
 という感覚である。
 怖い夢であれば、
――危ないところだった――
 ということになり、いい夢であれば、
――残念、もっと先まで見たかった――
 と思い、もう一度このまま眠ってしまえば、同じ夢が見れるのではないかとも思う瞬間だった。
 本当に意識がしっかりしてくる前にもう一度眠りに就けば、同じ夢を見れるものなのだろうか?
 いや、それは難しいだろう。
「夢というのは、眠りの中で一番終わりの時間帯で、目が覚める寸前の数秒で見るものらしいぞ」
 という話を聞いた。
「そんなバカなことあるものか、どんな短い夢であっても、数秒なんてことはありえないよな」
 と言い返しはしたものの、その話を聞いてからというもの、完全に目が覚めてから夢のことを思い出そうとすると、確かに時間的に短かったと言われればそんな気がしないでもない。まるで自己暗示に掛かったかのようである。
 ということは、今まで見た夢で、見ていた夢を思い出そうとしていたのは、完全に目が覚めてしまう前の一瞬だったのかも知れない。目が覚めてしまえば、意識は完全に夢から切り離されて、現実の世界を見つめているのだろう。逆を言えば、それだけ夢の内容をハッキリと思い出すことができないことを意味しているのかも知れない。
 その時に見た交通事故の夢であるが、確かに夢から完全に覚めてからも、夢のことを思い出そうという意識があった。だからこそ、
――鮮明に覚えている――
 という意識があるのだが、今度は、時間が経つにつれて、その夢がいつの夢だったのか、頭の中で整理できなくなってしまっていた。
 多治見はあまり整理整頓が得意ではない、現実世界でも、掃除や整理が嫌いで、不器用な性格だと自分で思っている。頭の中を整理できないから、忘れるのも早く、新しいことを吸収しようとすると、古いものは片っ端から忘れていくのを意識として感じることがある。
「最近、記憶力の低下がやけに気になるんだ」
「何言ってるんだ。まだまだこの若さで。若年性痴呆症ということもないだろう」
 と人に話しても本気にはしてくれない。
 もっとも多治見も本音で話しているつもりでも、どこか自分でも信じられない意識があるのか、真面目に話していない自分を感じていた。悩みを悩みとして人に話せないところが今の多治見にとっての悩みだった。
 どうしても夢というのは、意識してから完全に頭の中で整理できないようにできているのかも知れない。確かに整理整頓が苦手な多治見であるが、どうもわざと意識の中から夢がおぼろげな意識として残ってしまうように仕組まれているように思えてならない。
 それは多治見の意識の中にあるものではない。何かの力が働いて、多治見に夢をはぐらかそうとしている。
――現実の世界と、夢の世界が合致しないように、うまくできているのかも知れないな――
 という意識さえある。
――それにしてもいつの夢だったのだろう――
 考えれば考えるほど深みに嵌まってしまう気がした。
 昨日のことのようにも思えるし、一年前だったようにも思える。さすがに一年前というと大げさかも知れないが、一年前のことの方が夢の内容を思い出そうとするよりも簡単に思い出せそうな気がした。
 あまり昔のことをハッキリと思い出せない時期のある多治見だったが、それも意識は断片的である。一年前のことはなかなか思い出せないのに、二年前のことはハッキリと覚えていたりする。
 もちろん、意識するだけのイベントがその時にあれば別であるが、それほど変わり映えのしない生活を続けている多治見にとって、一年前も二年前もそれほど変わりはない。
「俺の人生は一冊の本が書けるほど、波乱万丈だったよな」
 と嘯く友達もいたが、一体何を根拠に話しているのか分からなかった。
「俺にはそんなものはないな。平々凡々といった人生だったからな」
 と話すが、
「そんなやつほど、自伝を書けば意外といろいろなものが書けるものさ」
「そんなものかな?」
「そうさ。意識がないだけで、実際にいろいろ思い出そうとすると、思い出せるものさ。特に時系列を追って、本でも書こうものなら、一箇所を思い出せばそこから少しでも繋がると、後は堰を切ったように書けるんじゃないかな」
「なるほど」
 自分にできるかどうかは別にして、友達の話にはそれなりに説得力を感じた。なるほど、友達の話が本当であれば、彼ならしっかり本を書くことができるであろう。
「だけど、それも文才があってのことだがな」
 と最後は声高々に、自分のオチに満足していたようだ。それを聞いて
「うんうん」
 と頷いた多治見にも自分に文才がないことは百も承知だったので、同じように大声を出して笑ったものだった。
 文才があるかないかは別にして、多治見は、
「俺ほど整理整頓がうまくできない人間に、小説を書くなんてできるはずもないよな」
 と話したが、
「君には何かトラウマでもあるんじゃないか」
 と友達に言われてハッとしたものだった。
「トラウマというほど大袈裟なものじゃないが、親が固い人間だというのが影響しているかも知れないな」
「どういうことだい?」
「事あるごとに、整理整頓しなさいと言われていたからな。ただそれだけならいいんだが、最後に必ず、あなたがしっかりしないとお父さんお母さんが恥ずかしい思いをするから、と言われてきたから、それに対しての反発があったのさ」
「それはたまらないな。一種のトラウマと言ってもいいだろうな。親バカにも困ったものだ」
 その話はそれで終わったが、それから自分の性格にはトラウマが沁み込んでいるという意識が離れなくなってしまった。
――夢を見るのも、忘れていくのも、どこかにトラウマがあるのだろうか――
 人それぞれ個人差はあるだろうが、夢を見たら意識がハッキリしてくるまでの間に忘れていくのはすべての人に共通している。それは小説などを読んでいてもドラマなどを見ていても分かる。ホラーなどはそういう夢を題材にしたものもあって、いやが上にも意識させられる人も多いだろう。
 怖いものが嫌いなくせについつい見てしまうことは、人間の心理を巧みについて、夏などはホラー小説が売れたり、テレビの視聴率が上がったりしている。特に、
「怖いものを見るとその日の夢に出て来やしないかと思って、気持ち悪くなることってあるよな」
 幽霊や霊魂、怨霊などを信じるか信じないかは別として、意識の中に残ってしまえば、それが夢に出てくるかも知れないと感じるのは無理のないことである。ただ、
――そんな夢は目が覚めるまでに必ず忘れてしまうものさ――
 という意識があった。
 しかし逆に言えば、完全に忘れてしまうのは恐ろしい。意識がしっかりしてきて、
――怖い夢を見たはずなんだが、一体どんな夢だったんだろう――
 後から思えば、これほど気持ち悪いものはない。意識の中に正夢というものがあるからかも知れない。もし夢というものを覚えているとすれば、
――そんな非現実的なことが正夢であるはずはない――
 と思ってある程度安心できるが、まったく覚えていないと、却って意識してしまって、
作品名:短編集104(過去作品) 作家名:森本晃次