小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集104(過去作品)

INDEX|12ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 子供の頃に聞いた話だったので、最近まで忘れていた。もっともそれからの父親にラブ・ロマンスなど似合うはずもなく、忘れてしまうのも無理のないことだった。喫茶「キャンベラ」にて、彼女を見るまではすっかり忘れていたのだ。そういえば、その時のおばあさんの話には続編があったんだっけ。
「お互いに好き合っていたのは間違いないんだけど、なかなか話ができないでいたらしい。その喫茶店で待ち始めて最初は毎日見ていたようなんだが、そのうちに待てる日にちが少なくなってきたんだね。厳格な家庭だったようだから、取れる時間が減っていった。実際にお茶やお花といった習い事をこなしていたんだからね。最初の毎日っていうのは。かなり無理していたんだと思うんですよ。そのうちに一週間に一度になった。それかららしいね。お父さんの意識がお母さんに移っていったのは」
 一週間に一度というおばあさんの言葉は妙に心に残った。
 天の川の二人といえば大袈裟だが、一週間に一度だけ表を見ているというのも、子供心に一週間を待つと考えただけで、気が遠くなるのを感じていた。
 特に子供時代というのは、決まったカリキュラムで行動している。一週間単位のサイクルと言ってもいいだろう。カリキュラムをすべてこなさないと一週間が終わらないと考えると、子供とすればなかなか容易な時間ではないと思えた。だからこそ、一週間というのが印象に残ったに違いない。
 喫茶「キャンベラ:」での女性が表を見ているのは、誰かを待っているように思えてならない。彼女が喫茶店の窓から表を見ている時間帯に、彼女が嬉しい表情に変わることは一度もない。一時間ほどいて帰るのだが、溜息を数回つくことはあっても、その表情から嬉しそうな顔を示すことはなかった。
「日曜日の彼女、いつも悲しそうな表情しているね。溜息なんかついちゃって」
 とマスターに話したが、
「田坂さんがいる時はそのようですね。でも田坂さんがいない時はまた違った雰囲気があるんですよ」
「えっ、俺がいない時にも彼女は来ているの?」
「ええ、だけど、その時は表を見ているわけじゃないんですよ。席もあの場所じゃないし、ちょうど、今田坂さんが座っているその席なんですよ」
 この席は、自分の指定席にしている。皆この店では指定席は決まっていて、その席には誰も座ることがないからだ。暗黙の了解といえばそれまでなのだが、少なくとも、常連の席は決まっている。いつも決まった曜日の決まった時間に顔を出すというわけではない田坂だったが、必ず席は空いている。彼女が田坂がいない時にこの席に座るのは偶然なのだろうか。
「じゃあ、彼女は俺がいない時が分かっているみたいじゃないか」
「そこが不思議なんですよね。彼女は来た時、まわりを見渡すこともなく、必ずここの席に座るんですよね。田坂さんのように、ご来店が曜日も時間も決まっていない常連のお客様の席に座るのだから、最初から分かっていないとできないと思っていました。てっきりお二人はお店の外でお知り合いなのかと思ったくらいですよ」
「いや、まったく知らない女性ですよ。それにしても不思議ですよね」
「こんなこともあるのかと思っていますが、彼女が座るのは、田坂さんの指定席と、日曜日の午後、いつものテーブル席とこの二つだけなんです」
「彼女が、私の指定席に座った時はどんな感じなんですか?」
「誰かを待っているという雰囲気ではないですね。ただ、時々、いつものテーブル席を見ながらボーっとしている時があるのが気になる程度ですね」
 田坂は一度彼女に話しかけてみたいと思っていた。だが、今となっては話しかける術を失ってしまったように思えてならない。話しかけるということが恐ろしく感じるからだ。
 彼女に対して男性として興味を感じている。だが、恋してはいけない人だということを感じているのも事実で、感情が少し冷めてきているのかも知れない。冷めてきている原因は何かといえば、やはり雰囲気が母親に似ているからだろう。
 それは祖母から聞いたエピソードが、そして彼女の顔に母親を見たという連鎖反応を呼んだからである。
――今度の日曜日、思い切って声を掛けてみよう――
 と感じた。あくまでも好きな女性にアタックしてみる雰囲気ではなく、世間話から入ってみるという意識の元にだが……。
 待望の日曜日まであっという間だった。
 もしこれが好きな人への告白ということであれば、なかなか時間が経ってくれなかったに違いない。好きだという感情はありながら、それを押し殺して話しかけてみようというのである。別の意味での緊張感はあるが、冷めてしまいかけている感情をさらに呼び起こすこともなかった。
 その日は朝から蒸し暑かった。
――雨でも降ってくるのではないか――
 と思いながら午前中は、洗濯などをしていたが、最近の天気では降りそうで降らない天気が続いていることもあり、
――今日も降りそうにないな――
 と思いながら、グレーに染まっている空を見上げていた。
 どこか恨めしげに空を見上げていた気がしたが、別に恨めしい感じはない。週の前半は、纏まった雨が降ったので、雨の量には事欠かない。それよりも、何日太陽を見ていないかの方が気になる。かといって、急に日が照ってくると、暑さで参ってしまうのではないかと思えるほどだった。
 朝の用事を済ませ、喫茶店に向った。
 朝食を食べていないので、お腹が減っている。日曜日なのでランチはないが、常連だけに、マスターに言えば、何か作ってくれるだろう。それを予期して何も食べないで出かけていた。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
 いつもの日曜日が一週間ぶりにやってきた。一週間ぶりだということを思わせないほどにあっという間ではあったが、店に来ると久しぶりに顔を出したような気がするのは気のせいだろうか。
 店に着く頃には、太陽が雲の切れ間から顔を出していて、表を見てまた店内に目を戻すと、暗さであまりよく見えないほどだった。それほど万を辞しての日の光の登場はセンセーショナルを呼んでいた。
 マスターに特性ランチを作ってもらい、それを食べながら彼女を待っていたが、いつもの時間までが長いこと。
 田坂は女性を待つのには慣れていた。慣れていたといっても、苦にならないわけではないが、結構待たされることが今までにもあったからだ。
 もっとも、
――待たされている――
 という意識もなく、待っていたとしてもそれは田坂の意志だけで、相手は待ち合わせているという意識がなかった場合もあった。
 女性を好きになると、つい舞い上がってしまって、まわりの空気を読むことができずに、多少強引な誘い方をしたことがあった。
「じゃあ、今度の日曜日、十時に駅で待っているね」
 と言って、相手が返事に迷っていると、それを了解の合図と思い込んでしまって、ずっと駅で待っていた。
 彼女が迷っていたのは、その時だけだったのかも知れない。後から思うとそう思えてならない。いや、そう感じる方が幾分か自分にとっての救いとなるからだった。
 いつも人を待たせることをしないのは、厳格な父の教えだった。だが、これに関しては逆らうことはなかった。数少ない父親と意見が合致していることだったからだ。
作品名:短編集104(過去作品) 作家名:森本晃次