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続編執筆の意義

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 今まで恐怖に関しては、恐ろしいというだけではない何かがあると思っていた。それは死ぬということに似ている気がしていて、
「死というものがどうして怖いのかというと、実際に死に至るまでに感じる。痛さや苦しさだけではなく、自分の人生がそこで途切れてしまったことで、自分が感じるであろう不安が恐怖に繋がるのではないだろうか。例えば、家族を残して先に逝ってしまうという恐怖。それは残されるものへの哀れみもある。自分のことだけで精一杯のはずなのに、死を目の前にして、本当に家族のことを考える余裕などあるのかどうか、それも疑問ではないだろうか」
 などといろいろ考えてしまう。
 そもそも、死を恐怖と同じレベルで考えてもいいのかということであった。
 死んでしまうと、その先は何も考えられないと思うのが普通ではないだろうか。恐怖を感じたとしても、それは死に至るまで、死んでしまうと何も感じないし、こちらの世界とは隔絶されるであろう。
「死ぬというのは、肉体と精神が分離して、精神だけになってしまうことをいう」
 と言われるが、誰も肉体から精神が離脱してしまうところを見たことはない。
 身体が動かなくなり、生きていたという証が消えてしまうことで、幽体離脱ということになるのだろうが、本当にそうなのか、そもそもが疑いたくなってもいいのではないだろうか。
「死んだら楽になる」
 賛否両論ある言葉であるが、
「何かが楽になる代わりに、何かを背負うことになる」
 と考えるのは、死を自分で選ぼうとする人に対しての戒めなのではないかと思う。
 だが、この理屈には説得力がある。死の世界を見たことがある人などいないのだから、皆どの説を取っている人であっても自信がないはずだ。そんな中で信憑性が感じられるとすれば、どれだけ自信を持って言えるかということである。
「死の世界を思い浮かべるのは、きっと夢で死の世界というのを見たという意識があるからでないだろうか」
 という意見を、坂崎は持っていた。
 この意見は自分の小説にも書いたことがあったが、どうにも読者には受け入れがたいものであるかのようだった。編集の人も、
「これはちょっと飛躍しすぎですよ。想像と妄想を一緒にしてもらっては困ります」
 と言われたものだ。
 最初はこの企画も、
「面白いかも知れない」
 と言ってはくれた。
 しかし、実際に出来上がった作品を読ませると、
「うーん、どうしても妄想だと思って見てしまうからなのか、作者の独りよがりな妄想にしか見えてこない。これでは、納得してくれる読者は、なかなかいないんじゃないかな?」
 と言われた。
 確かにそうかも知れないが、坂崎としては、
「注文通りの作品を書いたつもりだったんだけどな」
 と言ったが、そもそも、注文とは何であろうか。
 それは、読者を楽しませることであり、編集を満足させることではない。もっと言えば、本が売れてなんぼというべきであろうか。
 しかし、企画は進み出すと後戻りするわけにはいかない。どんなに気に入らない作品だと思っても世に出してしまうしかない。
 やはり、それほど本は売れなかった。編集の人の言う通り、話が飛躍しすぎていたのだ。一人よがるだというのも、言われてみれば、本にしてしまって初めて気づいた。
「もう少しリアルな作品の方がいいんじゃないですか?」
 と言われ、あまり奇抜な作品はしばらく封印することにした。
 だが、そもそもオカルトだったりミステリー系を描いているので、こじんまりと収めようとすると、本当に委縮してしまいそうでそれも怖かった。
「先生は、もう少しご自分に自信を持てばいいと思うんですが、下手に自信を持ちすぎると、この間の作品のように、一人よがりになってしまう。難しいところですね」
 と言われた。
 さらに編集の人は続けた。
「先生は発想というものと、妄想というものを切り離せばいいのではないかと思うんですけどね。例えば、ちょっとしたことを無意識に見た時、その時に自分が想像しているのか、妄想しているのかを見極めることができればいいんですけどね」
 というのを聞いて。
「そうですね。僕は結構、無意識に目の前で起こっていることを漠然と眺めて、勝手な想像をしていることがあります。たまに、身体が反応してしまうこともあるくらいですよ。下品なお話ですけどね」
 というと、
「いやいや、それはそれでいいんですよ。それを先生は自分では妄想しているということを認めたくない。それを下品なことだとして、自分で否定しようと思われるからではないですか? その否定を肯定に変えて。妄想しているという意識の元、あくまでも小説のネタとして思い描いてみられてはいかがでしょう? たぶん、今まで見えていなかった何かが見えてくるんじゃないかって思うんですよ」
「そんなものなのかなか……」
 と、そんな会話を編集の人とした記憶がよみがえってきた。
 目の前で行われている。まるで夢でも見ているのかと思われる光景。
「夢でもいい、何か妄想に繋がれば、それを作品に生かすこともできる」
 と考えた。
 そう思いながらトイレの扉を凝視していた。まるで穴が開くほどの凝視だった。なかなか中からは出てこない。シーンと静まり返った中で、何が繰り広げられているのか、汗にまみれた身体を組んず解れつの状態で、湿気を帯びた息遣いが、艶めかしい彩りを見せ、さっきまで感じなかった興奮が、時間を重ねていくうちに、次第に膨れ合っていくのを感じた。
「こんな時にこそ、妄想が生まれるんだ」
 と思い、興奮が最高潮に達すると、まるで果てた後の憔悴感が襲ってきた。
「冷静になれるかも知れない」
 それが、妄想を想像に変える場面であることを、坂崎は期待し、その期待が溢れてくるのを感じていた。
 頭は冷静だけども、気持ちに反して息遣いは荒かった。まわりの空気が湿気ているわりに、シーンと静まり返っているという、坂崎にとって思えば、何か矛盾に思う空間があったからではないだろうか。
 そんな時間と空間を切り裂くように、音もなく、トイレの扉が開いた。 
 スローモーションのように、スーっと開いた扉は、一人の男を表に放り出した。その後ろから女が一緒に出てくるのかと思いきや、女は一緒に出てこようとはしなかった。
「どうしたんだ?」
 男は、ズボンのベルトを掴み、たくし上げるかのようにした。たった今まで脱いでいたということをあたかも証明しているかのようだった。
 そそくさとあたりを見渡した男は、目の前にいる距離は少々あるが坂崎に気付くこともなく、走るようにその場を去った。明らかに逃げ出した感覚だった。
 それから、何事もなかったかのようにその後で少ししてから女が出てきた。まるで一人で入って、また一人で出てきたかのようだ。
 妙に冷静で、さっきの男のようにオロオロとしているわけではない。
「女の方が、こういう時は冷静なものなのだろうか」
 と思わせ、女の様子を見ていると、その女は坂崎に気付いたようだった。
 気付いていて、わざとじっと坂崎を見つめ、最後にはニヤッと微笑みかけた。
 厭らしさは感じられたが、それよりも、何かこちらに向かって感謝しているかのようにも見えた。頭を下げ、会釈をしたのだ。
作品名:続編執筆の意義 作家名:森本晃次