続編執筆の意義
そんな彼女は自分を、気の毒に思うようになっていた。この事件が起きるまでは、Mなところが性癖の特徴であり、苛められることが快感であったが、もうそんなことは言っていられなくなった。このニセ医者から受ける屈辱は凌辱に、いかなるM性も、不安と恐怖が先に立ち、まずは、その不安と恐怖をどのようにするかが先決であった。
まずは、男の命令にいかに従うかが問題だった。
男は、振る袖がないにも関わらず、容赦なく金銭を求めてくる。完全な揺すりである。数十案が数百万になってくる。当然のことから、街金と呼ばれるいわゆるサラ金に手を出さぜる負えなくなり、そのまま謝金地獄に追い込まれる、借金取りからの追い立てに窮してしまった彼女は、男に対して、
「もうこれ以上はお金なんてありません」
というと、男はニヤリと笑い、
「身体を売ればいいじゃないか。お前ならそれがお似合いだ」
というだけだった。
最初は彼女の身体目的だけで満足だった男が、もう女の身体に飽きたようだ。最初はあれだけ執着していた身体だったのに、実際に今までのような変態プレイは、その女のM性と、さらに強烈なS性によって、男をいたぶることで男の方でも大きな満足を得ていた。
しかし、いざ彼女の精神的なショックは、彼女の性格を一気に変えてしまった。彼女の中から強烈なS性は失われ、その力はすでに相手の男を引き付けることができなくなってしまっていた。自分に不安を感じた時点で、すでにS性を発揮できなくなったのだ。
やはり、女の、いや人間の性癖は普段の環境と大いに結び付いていた。まだ罪は消えておらず、いつさらに訴追されるかという男によって掛けられた暗示、さらには、そのために揺すられてしまった女の不安が、すでに男には誤算だった。自分の好みの女を精神的に蹂躙したはずだったのに、その肝心な性癖が失われてしまったのだ。同じような形のものでも少しでも安い方を買ってしまったために、まったく想像していたものと違っていた時の思いに近いであろう。大きな後悔が男を襲う。
男はせっかくの言いなりになる女をみすみす手放すようなことはしない。こうなったら、オーソドックスに金を要求するしかなかった。
求めていた身体をそれに伴う精神が崩壊してしまったこの女に、もう肉体的な要求はない。確かに身体への魅力は残っていたと言ってもいいが、それは彼女の性癖を伴って初めて自分が手に入れたと思えるものであった。性癖がなければ、女としてはただのお荷物でしかない。そのことに男もやっと気づいた。
女の方としても、男が自分の身体と性癖を求めていることは最初から百も承知だったはずだ。その男が身体を求めてこないのは、安堵に値するものであったが、拍子抜けしたこともあり、逆に不満でもあった。そのくせ容赦のない金銭の要求は、女にとっての屈辱だった。
「身体を売ってでも稼いで来い」
これは完全に性癖を無視した屈辱でしかなかった。
その屈辱を恥辱という形で受け止めることのできない今の自分は、女として終わったのではないかと思ったが、しかし背に腹は代えられない。風俗に身を落とすしかなかった。
ソープで働き始め、人間としての底辺。地べたに這いつくばっているという意識をハッキリと持った時、
――もう、これ以上落ちることはない――
と思うと、急に開き直った。
そして開き直ったことで性癖もよみがえり、彼女はソープの世界で一気にその地位を挙げていった。
そのうちに、彼女に、
「クモの糸」
を垂らしてくれる男が登場する。
もちろんカタギの男性ではない。彼女に対して恥辱プレイを繰り返すことで、彼女の中の不安や恐怖を見つけ出し、今の勢いが底辺にいることからであることを看破した。
男は彼女の新しい男となった。ニセ医者には肉体的な欲求はなかったので、彼女に男ができようがどうしようが、お金さえ運んでくれればそれでよかった。
女の方で大きな転機を迎えたことで、女は強くなった。その男に今までのことを話すと、
「その男は俺たちの上前を撥ねるくらいの悪党だな。お前はもうすでに刑期を終えて、もう同じ罪で裁かれることはないという『一事不再理の法則』というものを知らなかっただけなんだ。知らないのをいいことにその男はお前を一生飼い殺しにする気なんだ。俺が許さない」
と言って、この男と女による復讐劇が始まる。
しかし、せっかく刑が終了したのに、新たな犯罪を犯すのは忍びない。男に罠を掛けて、自殺に追い込むことを計画。これがうまく行くのだが、この男が死ぬことによって、新たな真実が露呈することになった。
実は、最初に多目的トイレで死んでいた男は、自殺だったのだ。その時に一緒に、その医者が診た時にはまだ男が生きていて、男が女を自分のものにしたいために、見殺しにしたということが初めて明るいに出た。そんな彼が自殺だったということは、トイレの中に遺書があったのだが、女がそれに気づかなかったことも、女の大きな落ち度だった。
女は多目的トイレで男を殺してしまったと思いパニックになった時、いくつもの間違いを起こしてしまった。選択をことごとく間違えたというべきであろうか、そのためにこのニセ医者のために、人生の底辺を見ることになり、またその男はその底辺を見せられたこの女のために、今度は復讐を受けるという結末である。
その遺書は、この男が自殺した時に、自分の遺書と一緒に見つかったという。多目的トイレで死んだ男の遺書は、お金に困っていて、本当はこの女に助けを求めようとしたが、それを叶わないと感じ、自殺を思い立ったという。彼女にしてみれば、まったくのお門違いであったが、そういう意味でこの女は男を惑わす力と、自分自身では選択をミスするというどうしようもない性格の持ち主でもあったのだ。
このお話は現実の話ではない。もし現実の話だとするならば、結構おかしな部分もあったり、現実離れした部分、特に精神的な矛盾が孕んでいる。
これの話は、坂崎がこの日に馴染みの喫茶店で考えた話だった。そのきっかけになったのは、
「いかなる理由があろうとも」
というキーワードからであった。
トイレに入った時、その場所が女子トイレであれば、
「いかなる理由があろうとも、女子トイレに入った者は警察に通報される」
ということからであり、その発想から、
「多目的トイレであれば、男女兼用だから」
という発想に移り、そして、
「その中で恥辱プレイを重ねてしまい、相手が死んでしまったとすれば?」
というところから始まった話である。
なるほど、女は性癖と言う意味では、過失致死くらいのことは起こしかねない。しかし性癖が異常なだけで、それ以外はむしろ弱い女だとすれば、その判断は愚行に近いことを起こしてしまうという思いがあった。
そこで登場するのが、どうしようもない悪党である。
女の弱みに付け込むその男は、普段から女の性癖のパートナーの一人であり、女からすれば、
「私の性の奴隷」
とまで思わせていた相手だったことで、自分のためなら何でもするとまで感じていたことだろう。