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続編執筆の意義

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 そもそも、医者だと名乗ったのは、この女に取り入るためだった。この女の妖艶さに完全に参ってしまい、最初は何をされても、従うだけの、まるで、
「この女のイヌ」
 だったのだ。
 だが、そのうちに、
「いずれは他の男からこの女を奪い取ってやる」
 という妄想に駆られていた。
 女が思っているほど自分のまわりにいる男たちは、バカではなかった。自分が女王様として囃し立てられる状態に酔ってしまい、盲目になっていたのだ。
 その機会が自分が何かを計画する前に訪れた。この女は医者だと完全に信じている自分を頼ってきた。
「一番頼ってはいけない相手だったのにな」
 と、彼女のことを一瞬気の毒に思いながらも、笑いが止まらないこの男はこういう好機を逃すことのないタイプだった。
 こういう時に限って頭の回転が早くなり、悪知恵が働くのだ。
 まず自分が、その場にいると、医者でないことがバレてしまうので、その場から逃れる理屈を考える。自分の病院が警察の検視に使われるなどというウソを言った。基本は大学病院に頼むもので、民間の、しか個人経営の小さな病院などに頼むわけはない。そんなのは、田舎の村で医者が一人しかいないなどというそんな場所だけの話である。何しろこの女はこういう常識にはとんと疎いので計画を立てやすい。
 帰ってしまってから、医者(ニセ医者だが、実際には存在する病院の名前をかたっているので、警察に疑われることはない)に連絡したが、連絡が取れずに、警察に連絡をしたというニセ医者の言ったとおりに証言した。
 男が死んでからだいぶ経っているので、本当に死亡した時間というのが若干違っていたとしても、疑われるものではない。しかも、被害者がある程度まで生きていて、それをいつまで確認できたのかということがハッキリしない以上、そこにいたのは彼女しかいないので、当然加害者は彼女だということになる。それに、彼女にこの男を起こす理由などなく、しかも場所が多目的トイレ、死ぬほど恥ずかしかったが、羞恥プレイの行き過ぎが招いた事故だと説明すれば、それで実際の辻褄は合うのだった。
 彼女に殺害の動機があれば別だが、動機もないことから、殺人という立件は不可能だ。過失致死に、前述の救護義務違反に、報告遅延など、があったが、特に後ろの二つは実に軽いものだった。一応検察は過失致死での起訴に踏み切り、裁判となったが、さすがに過失致死では執行猶予が付くもので、すぐに懲役というわけではなかった。それがニセ医者の考えたストーリーであり、計画通りであった。女はすべてを失い、ニセ医者の思った通り、この男の言いなりだった。ニセ医者だということが後になって分かっても、本当の殺害については闇の中だ、あくまでも彼女は自分が殺したと思っている。
「いかなる理由」
 があるとはいえ、人を殺してしまった罪は消えない。
 それが、この女の、そしてこの事件の教訓である……。

                  遺書の存在

 ニセ医者にとって、彼女を自分のものにするまでにはさほど時間は掛からなかった。脅迫されたとしても、彼女は自分が殺したという確実な意識を持っているので、逆らうことがどういうことになるのかを、勝手に想像していた。
 ニセ医者の話にはかなりの信憑性が疑わしかった。しかし、彼女が殺したという意識を持っていることと、普段男といる時のあの威勢は、あくまでも虚勢であるため、本当の男を見せられると、コロッと騙されてしまう。
 性格にいえば、本当の男ではなく、男としてのニセの威勢であるため、彼女には余計に委縮させられるだけの材料が不幸にも揃ってしまったのだ。それもこの男にとって計算済み。本当の悪党だということだろう。彼女の失敗は、こんな男に助けを求めてしまったことにあるが、それ以前に、それだけ男を見る目がなかったということだろう。自分の性癖に溺れて、肝心なものを見逃していたということに他ならない。
 普段から男を手玉に取っているだけに、彼女には同情の余地はないのかも知れない。だが、それにしても、この男が最後まで彼女を凌辱することで正義で終わってしまうのは癪に触ってしまう。
 事件は彼女に執行猶予がついたことで、一応の解決を見た。弁護士からもそれなりに、
「よかったですね」
 と言われて、弁護士としての責任は終わったが、彼女は本当に詳しい話を弁護士からは聞いていなかった。
 いや、話をしたのかも知れないが、彼女の中で何とか執行猶予がついたことで懲役いないで済んだという喜びと、人を殺めてしまったという取り返しのつかないことをしてしまった罪の意識とが、複雑に絡みあっていた。弁護士の話をまともに聞ける精神状態でもなく、結局残ったニセ医者の話を信用するしかなかった。
 その頃はまだニセ医者は本性を表していなかった。だから全面的な信頼をしていたので、この男のいうことを鵜呑みにしてしまった。
 日本の法律では、
「一度一つの犯罪で判決が出れば、二度とその犯罪で裁かれることはない」
 という、
「一事不再理の原則」
 というものが存在する。
 だから、彼女が執行猶予とはいえ、その判決で言い渡された執行猶予の期間に何も起こさなければ、そこで彼女の刑罰は終わるということになるのだが。法律に詳しくない彼女にそんなことが分かるはずもなかった。
 弁護士が話した時も上の空だったのだろう。そのことは一緒に話を聞いたこのニセ医者も彼女が上の空であったのは分かっていた。
 裁判も終わり、執行猶予期間に入ると、このニセ医者がいよいよその化けの皮を剥いできた。
 彼女に対して、もう自分が完全に主導権を握っているかのように振る舞った。女の方も逆らうことができない。
――私は一生、この男の影に怯えながら生きなければいけないんだ――
 という思いである。
 男は、次第に自分のことを話し始めた。
「俺が医者だなんていうのは、真っ赤なウソさ。お前はそれを信じ切っていたんだ。俺の言うとおりにしないと、俺がまた警察で洗いざらいに話すぞ。そうすればどうなってしまうかな?」
 彼女には他に相談できる相手などいるはずもなかった。もしいたのであれば、こんな男にあの時。相談なんかしなかった。それを思うと悔やんでも悔やみきれない。このままこの男の言いなりになって生きなければいけないなんてと思うと、もうどうにでもなれという気持ちにもなっていた。
 考えてみればあの時、自首していれば、こんな男に食いつかれることはなかったはずだ。もし今他に相談できる人がいたとしても、思いとどまるだろう。その人に相談して、さらに今よりもひどい状態になってしまうと、もう目も当てられない。現状維持しか自分には残されていないと思った。
 この心理は、子供が苛めに遭っている時、下手に逆らってさらにひどい目に遭わされるというのを嫌うという考え方に似ている。
――余計なことをしてはいけないんだ――
 これが彼女の一番の思いで、勝手な考えは身を亡ぼすということを証明しているかのようだった。
作品名:続編執筆の意義 作家名:森本晃次