小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

続編執筆の意義

INDEX|20ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 この医者にとって、すでにこの女は自分の懐に飛び込んできた獲物だった。くもの巣に自ら絡まってしまった蝶々のような感じである。
「ミイラ取りがミイラになった」
 という言葉もあるが、この言葉が一番ふさわしいに違いない。
 立場は完全に逆転したことを理解したこの男は、持ち前の残虐さと執念深さがいかにこの女を凌辱しようとは、誰が想像できるだろう。もっとも、この二人の関係を知っている人もおわず、それがこの医者を利用してきたこの女の強みだったはずなのに、立場が逆転してしまうと、もう逃れることのできなくなってしまった自分を恨めしく思うしかなかった。
 まだこれからの自分の運命を知らないこの女を、自分はある意味気の毒に思って見ることだろう。
 この男、果たして医者なのだろうか? 確かに白衣は来ているが、カバンも昔のカバンだし。聴診器も怪しげなものだ。女は頭の中がパニクっているので、医者以外には見えないのかも知れないが、第三者から見ればこれほど胡散臭い医者がどこにいるというのか、自分はその医者の顔からしばらく目が離せなくなっていた。
 この男は何よりも一度も驚いたりしていない。そこがそもそもおかしい。女とすれば、この落ち着きが今は一番頼もしく見えて、医者であることを確信させるのだろうが、傍から見ていると、これほど怪しいものはない。まるで確信犯のようではないか。
 この男が殺したのではないことは現場を最初から見ていた自分には分かっている。するとこの落ち着きはなんだ? 自分に関係のないことなので、医者としての仕事をするだけで、後は他人事だということなのか・ それにしては、自分を頼ってきた女にかかわりのある男であり、自分もこの女と似たような関係にあることは分かり切っているので、一歩間違えば、自分がこの男になっていたという考えも浮かんできそうである。それでもなおさら落ち着いているというのは、自分であれば、こんな下手なマネはしないという自信から来ているものであろうか。それにしても、この女、他に男がいなかったとは絶対に言えないとは思っていたが。まさかここまで露骨だったというのは、この医者にしても意外だったはず。それを思うと、その心中察するものがあってしかるべきではないだろうか。
「ところで、奥さん。この男はどうします?」
 医者は確かに奥さんと言った。
 やはりこの女はどこぞの主婦なのだろう。ただし、普通の主婦ではない。富豪の主婦であるような気がする。少なくともそのあたりにいる普通の主婦とは違う。人種が違うと言ってもいいのではないだろうか。
「どうしますかと言われても……」
 と、奥さんは戸惑っていた。
――だから、あなたを呼んだのよ。そのあたりは察してよ――
 と言いたげだった。
 この女、猟奇プレイの時は自分がさぞや女王様のようになり、男どもを足蹴にしてきたのだろうが、プレイを一歩離れれば、完全に腑抜け同然だった。甘えん坊のお嬢様、いわゆる令嬢と言ってもいいだろう。もっとも、彼女に群がる男どもは、そんな彼女も好きなのだろう。ギャップに萌えるというのは、今も昔も同じことだ。
「さあ、困りましたね。私としては、この男をこのままにしてはおけないですから。警察に通報するのは当然でしょう」
 という返事が返ってきた。
 もちろん、女もそれくらいのことは考えていただろう。しかし、一縷の望みをこの医者に掛けたのだが、脆くも秒殺されてしまった。
 自分は、この女の様子を見ているうちに、急に気の毒になってきた。確かにトイレの中でいかがわしいプレイをし、何があったのかは分からないが、きっとプレイが過激すぎて、不可抗力でこの男を殺してしまったのだろう。それでパニックになって彼に相談した。もうそのあたりから、女はすっかり意気消沈してしまい、すっかり怯え切っていて、藁にも縋る思いに違いない。
 女は無意識からか、いまだに手を合わせて握りこぶしを作り、必死に祈っている。祈れば生き返るとでもいうのか、そんなバカなことがあるはずもない。
「警察ですか……」
 と女はまだあきらめきれないという様子ではあるが、しょうがないという気持ちにはなっていた。
 そんな隙をついてくるのは悪魔というべきか、この医者も一種の悪魔だった。
「奥さん、これはあくまでも過失致死なんだと私は思います。しかし、過失致死というのは証明が難しいんです。いくら奥さんがこれは過失で、プレイの上だと言っても、殺意について徹底的に聞かれます。殺意が少しでもあったとすれば、過失を証明するのは難しくなります。このあたりの状況説明については、私は医者として今までに何度も経験がありますので、いくらでも言い逃れを考えて差し上げますが、それを奥さんが飲んでくれるかどうかですね」
 と、この医者なのか、医者もどきなのか分からない男が呟いた。
 女とすれば、罪を逃れたいという一心、そして普段のこの男が自分にひれ伏す姿を見ているので、よもや自分に不利なことはしないだろうという思い込み。この二つが、女の目を狂わせた。
「お願いします。私、捕まりたくないんです。取り調べで耐えていく自信はないです、きっと強く言われるとやってもいないのに、やったというかも知れませんわ」
 と言って、男にすがった。
「分かりました。奥さんは私のいう通りにしてくださいね。さて、まずは私は一度帰ります。幸いにも私のところは警察の検視を請け負っているので、私のところに検視が来るはずです。もちろん、私と奥さんの関係がバレてしまうと、すべてが水の泡です。だから、奥さんも私の名前を出さないでください。警察に今日の状況を訊かれると、こう答えてください。この男はしばらくの間生きていました。自分が医者を呼びに行っている間に死んでしまったようなんですが、死んでいると分かったので、警察に電話したんですとね。その時に私の名前を初めて明かしてください。それなら、怪しまれることはありません。いいですね」
 と、そう言って医者は帰っていった。女は警察を呼んで、いよいよ事情聴取ということになったのだが、あの医者が言ったように、彼女の容疑は張れてきた。過失致死というのが証明されたようだ。
 ただし、まったくの無罪と言うわけにはいかなかった。いくら最初に医者に連絡をしたとはいえ、警察への連絡が遅れたのは報告義務違反になるということだ。しかも医者への通報も実際には遅れたとのことだった。いわゆる救護義務違反も重なるという可能性だった。
 それでも殺人罪に問われるよりもよほどよかった。この状況においては、あの医者の言う通り、最良の状態になったと言えるだろう。
 それでもさすがに家族にもバレてしまった。離婚もされてしまって、この女は路頭に迷ってしまった。そんな時に付け込んできたのが、医者を名乗った男だった。
 この男、やはり本当の医者ではない。あの時、診たと言って、その時は虫の息状態だった。放っておけば死ぬことも分かっていた。このニセ医者はこの時、目の前の男を見殺しにしただけではなく、この女をこの時とばかりに自分のものにしたいと企んだのだ。
作品名:続編執筆の意義 作家名:森本晃次