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続編執筆の意義

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――この女、最初は見つかっても仕方がないと思ったのだろうか、とにかく医者を連れてくるしか方法がないと思ったのか、なぜ携帯で連絡を取らなかったのかも不思議だ。だけど、医者を連れてくるまでに、一つのヤマを乗り越えたことで、また急に臆病になったのか、その怯えは尋常ではなかった。やっぱり人間というのは、少しでも助かる望みが生まれてくると、臆病になるものなのかも知れないな――
 と感じた。
 じっと男を診察していた医者が、立ち上がって、こちらを覗き込んでいた女の方を振り返り、
「もうダメですな」
 と一言言った。
「わっ」
 と言って、男に縋りつくように泣き出す女、女のこの涙が、彼への惜別の思いからなのか、それとも自分が殺してしまったことへの懺悔なのか、それとも自分の将来を考えての恐怖からなのか分からなかった。
 しかし、女が座り込んで男にしがみついたその瞬間。医者であるその男の顔が怪しく歪んだのを見逃さなかった。
――何と厭らしい顔なんだ――
 それまで真剣な表情だった男の口が、先ほどまでとはまるで別人のように、口は耳元迄裂け、その口で悲しんでいるこの女を飲み込んでしまいそうなほどの勢いに、自分は恐怖を覚え、さっきの金縛りにまた遭ってしまうかのように思えた。
――このまま、どこかに行ってしまいたい――
 と、この光景を見てしまったことに後悔を覚えた自分だったが、どうすることもできない状態に、放心していた。
 女はまだ鳴き続けている。
 医者はオンナを見下ろしながら、いまにも襲い掛からんとする様子である。
 そんな雰囲気を垣間見ている自分は。逃れたい雰囲気にどうすることもできず、ただ立ち尽くしているだけに思えた。とにかく見つからないようにするしかなかったのだ。
 女は、医者を連れてきても、結局一緒だった。先ほどのようにまた開き直ることができるのか、それとも、この医者が何を企んでいるかということによって、自分の運命が決まるということにまだ気づいているわけもなかった。

            医者の思惑

 先ほど、この部屋の中で何が行われていたというのだろう?
 最初は明らかにオンナの方が男を連れ込んでいるという雰囲気で、
「魔性の女」
 というものをまさに描き出した感じだった。
 だが、しばらくして出てきた女に「魔性の女」の印象派皆無だった。tだ、男に化けて中から出たり、男を全裸のまま放置して医者を呼びに行ったりと、まったく今の雰囲気からは信じられないような図太さを持っているのも事実だった。
――この女の正体は一体?
 という思いを抱かせ、そう思ってくると。
「この女に自分は何をさせたいというのか?」
 と、自問時としていた。
 今の自分には、この女をどっちにでもするだけの力を有していた。この女が本当に魔性の女なのか、それとも他にもっと悪党がいて、この女の上前を撥ねるような展開になるのか、どっちがいいのか、考えてしまった。
 それには、まずこの女と死んだ男が、この中でどんな行動を取っていたかということだ。
 そもそも、この二人は何者なのだろう? 女は素人ではないことは分かり切っているような気がする。男は普通のサラリーマン。いや、普通のサラリーマンというには語弊があるか。不倫相手を囲っているのだから、それなりの財産と地位もあるのではないだろうか。それにしても、この女の立場は実に微妙だった。自分の方で、想像力を働かせるしかないようだ。
――この女は、風俗に勤めている女で、しかも、ソープのような本番のある風俗ではない。男を満足させてお金を貰う仕事であるが、自分が気持ちよくなれる商売ではない。しかも、貰える額も少ない。要するに本番のない中途半端な風俗と言ってもいいだろう。女はそのためにいつも特急不満である。店が跳ねると、幾人かの自分の情夫と呼ばれる一人を呼び出して、お金を貢がせ、その日のストレスを発散させる。そういう意味でさっき感じたこの男は不倫相手のように囲われているわけではなく、彼女にしてみれば、欲求不満のはけ口として自分が飼っている男の中の一人というわけであろう。散々貢がせた後、いよいよ身体の火照りが最高潮に達し、男を猛烈に求める。これが一番やりたかったことなのかも知れないが、ホテルなどでするよりも、こういう多目的トイレという場所での行為が、最高に燃え上がらせる。相手の男も最初こそ拒んでみるが、それは拒めば女の反応が過剰になり、密室での情事がまるでトランス状態となり、最高の快楽を得られることが分かっているのだろう。要するに、どっちもどっちなのだ。そんな毎日の今日はただの一日だというだけのことだったはずなのに、どこに間違いがあったのか、女が男を殺めてしまった。いや、今日が特別なことをしたというわけでなく、毎日が危ないもので、今日たまたま死に至る行為に至ったというだけで、別に怪しいわけでもない。そんな女だったが、さすがに性根は座っているのか、随所に肝っ玉が据わっている様子を見せるが、それだけにふと気を抜くと、これ以上ないというほどの恐怖に見舞われる。その感情が男にも伝わるのか、本来であれば、お互いにピッタリと息が合わないと、いつこんなことになるか分からないわけで、よく今まで何もなかったものだと思わないでもないだろう。こんな女が世の中にどれだけいるというのか、自分はほとんど知らないが、ひょっとすると、自分の知らない女すべてがこんな感じなのかも知れない。そんな恐ろしいことを考えていると、女というものの恐ろしさが垣間見えてくるようだった――
 と、勝手な想像を抱いてしまった。
 もちろん、妄想でしかないのだが、瞬時にこれだけの妄想を描けるというのも、夢を見ているからではないかという思いの表れであろうか。ある意味、妄想などというのは誰にでも抱くことができる。妄想を抱けない人間に、想像力など抱くことはできないと思っているのだから……。
 この想像力の源になる妄想力を生かして、密閉されたこのトイレの中で、何がおこわ慣れていたというのだろう? もちろん、いわゆる本番行為が行われたのは紛れもない事実であろう。そして、そこに至るまでの前戯として、女は自分のテクニックを生かし、そして男に対しては、お金のために奉仕だけして与えてもらえない快感を、この男を通して与えられたいと考えるのも無理もないことだ。もし、自分が女だとすれば、そう考えるのが当然のことであり、自然であるとさえ思えた。
 ただこの女が本当に得たい快感が、肉体によるものだけだったのかと思うと、果たしてそうではないような気がする。それだけであれば、結局またストレスを残してしまい、そのまま、
「負のスパイラル」
 を描くだけで終わってしまうことになるだろう。
 少なくとも、今現在は男が下着姿になっているということは、どういうことを示しているのだろう? 女が男の異変を察知して、医者を呼びに行くために男の服を剥いだということだろうか。それも少しおかしい。
作品名:続編執筆の意義 作家名:森本晃次