続編執筆の意義
「何か理由がなければ死んではいけない」
ということになるのであろう。
そうでなければ、死ぬ勇気もなければ、後に残す人たちがどうなるのかを考えなければいけないからだ、
だが、その時自殺をする人にどのような理由があろうとも、死んでしまえば誰もその気持ちが分からない。だからその理由を遺書に込めるという意味でいけば、遺書の存在というのも分からなくもない。
しかし、遺書を残したとしても、本当の気持ちはその人にしか分からない。しかも、遺書というものは、最後の言葉に集約されるかのように、
「先立つ不孝をお許しください」
ということであれ、いかなる理由があろうとも、結局は、
「許してくれ」
と言いたいだけのことである。
本人にそんなつもりはないだけに厄介だ。確かに死ぬことは勇気のいることであり、死を選ぶしかなかった本人には辛いことであろう。だが、残された人を思うと、どうなのか、それが問題ではないだろうか……。
っと、こんなことを考えていて、坂崎はふっと我に返った。
「俺は何をバカなことを考えているんだ。これから死んでいくんだから、残った人のことなんか考えているはずないだろう。考えたら死のうなんてしない。死を選ぶのは自分で勝手に死ぬだけだ。遺書なんて言い訳にしか過ぎない。許してほしいだって? ちゃんちゃらおかしいというものだ」
と考えた。
死ぬ人間は、しょせん死ぬことで一人になりたいんだ。それが一番の理由なんだ。
「一人になって楽になる」
ただ、それを悪いことだと誰が言えよう。
誰だって、一歩間違えればその人と同じ運命が待っているんだ。だからその人を責めることはできない。
残された人は、なるほど気の毒だ。だが、なまじ生きていられても、死にたいと思っている人間は何度でも死のうとするかも知れない。もし死ねなかったとしても、一度死のうとしたのだから、何度でも繰り返すのではないかと、まわりは思うだろう。それだけでもいい加減なストレスである。それこそ、
「一思いに死んでくれた方がこっちも楽だ」
と思うのではないだろうか。
自殺をする理由? そんなものが自殺をする人に必要だというのだろうか。自殺してしまえば、そんなものはおろか、自分の存在はこの世からなくなってしまうのだ、もし理由がいるのだとすれば、残った人間のために言い残すというだけのことだ。
だが、一人で勝手に死んでいった人のその人による理由など、残された人に必要だろうか。本人だけが抱えているストレスの場合は分からないのだろうが、それ以外の苛めや借金などは、だいたい他の人が認識していることなので、自殺の理由など想像がつく。そこに本人の意思が介在してしまうと、せっかくの形になっている理由が言い訳臭くなってしまい、自殺の理由が薄れてしまう。それなら、残しておく必要などないのだ。
しょせん、死んでしまえば誰でも一緒、どんなに守銭奴のように金をため込んだ人であっても、あの世にお金は持っていけない。
「地獄の沙汰も金次第」
と言われるが、
「ではあなたは、最初から地獄に行くつもりなんですか?」
ということになるのだ。
死ぬ勇気が出たのであれば、その勇気が萎んでしまう前に、一気に死んでしまう。それが自殺を成功させる唯一の道で、首尾よく死ぬことができれば、少なくとも本人の意思通りである。
ただし、どこに行くのか、本当に言われているように、
「肉体は滅んでも魂は生き続ける」
ということなのだろうか?
羞恥や恥辱
坂崎は本を新聞や雑誌を読んだりして、
「昨日のトイレの話を何とかミステリーとして物語にできないだろうか?」
と考えていた。
まずストーリーの骨子としては、多目的トイレに男女が入り、そこで事件を起こすことであった。
当然、トイレという密室であれば、やることは一つしかないだろう。しかも、誘うのはオンナ、男であれば、ホテルに誘うなりするだろう。トイレに誘うということは、前述のように頭の中にあるのは、、
「女性の方が我慢できなくなった」
とう考えが一番ではないだろうか。
女性というのは、性欲は男性の何倍もあるという。しかも、男性のように一度果ててしまうと萎えてしまうということはない。すぐに欲情してくるものだというではないか。
さすがに自分は男なので、女性がどういう性癖なのかまでは分からないが、古今東西、小説になったり、物語として残っているもので、男女の因縁としては、女性の性欲の強さが陰惨な事件を巻き起こす原因となることが多いようだ。
確かに男性の性欲も歪んだものであれば、実に酷いものである。ただ、それは男性が肉体的に強いというものであるから、女性を郎院に凌辱できるというところに陰惨なイメージがついてまわるが、女性の方も、その陰に隠れて、強くなってきた性欲を我慢することなどできないというものだ。
やはりその中に、これも前述の、
「いかなる理由」
というキーワードを嵌めこみたいと思っている。
ちょうどその時、朝の部のピークを終え、後片付けまで終わったマスターが坂崎の前にやってきた。
「重ちゃん。何かまたいろいろ考え込んでるんじゃないの?」
と、声を掛けてくれた。
マスターは坂崎のことを、親しみを込めて、
「重ちゃん」
と呼ぶ、いつ頃からそう呼んでくれるようになったのか忘れてしまったが、そう呼んでくれるということは常連の仲間入りさせてくれるということになるので、それがとても嬉しかった。
マスターは本を読むのが好きだと言ったので、自分が売れない小説家だというと、
「読ませてもらうよ。本屋に置いてるかな?」
と言われたので、
「今は置いてあるところはほとんどないんじゃないかな? 実際に見たことないから」
と言うと、
「じゃ、予約して取り寄せてもらおう。その方が、本屋も売れたと思ってくれるでしょうからね」
と言ってくれた。
最初は、
「僕が取り寄せようか?」
と言おうとしたが、自分で取り寄せたのであれば、売れるという印象ではないので、そこは気を遣って、自分から取り寄せるようにしてくれるのだろう。
そう言って、マスターは二、三冊だけまだ廃刊になっていない坂崎の小説を読んでくれることになった。
「まあまあ、面白いと思うんだけど、しいていうと、リアルさに掛けるかも知れないな」
とマスターがいった。
「どういうこと?」
「確かに、事件に遭遇しなければリアルさは出てこないのかも知れないけど、想像する中にだってリアルさを求めることはできると思うんだ。自分が別に犯人になる必要もない。それよりも、自分の身内や親しい知り合いが事件に巻き込まれるくらいの気持ちになった方が、もっとリアルになれるんじゃないかな? 重ちゃんの作品を読んでいると、どこか羞恥心が感じられて、綺麗に纏めようとしているように見えるんだ。ミステリーなんだから綺麗にまとめる必要なんかない。大胆に恥ずかしい部分も、陰湿な部分も表に出せばいいんじゃないかな?」
と言ってくれた。
目からウロコが落ちた気がした坂崎は、それから、なるべく、気持ちに正直な作品を書けるように心がけている。