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短編集103(過去作品)

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 夢について友達の話を聞いてからの景子は、夢を見ていることが分からなくなっていた。夢の中では何でもできると思っていたにも関わらず、夢であること自体が分からないので、何でもできるということすら分からなくなった。
――これが普通なのね――
 今までの自分が普通じゃなかったということで、
――これでいいんだ――
 と思うようになっていた。高校時代までの目立たない性格の自分は、自分の中で独自の世界を作ってしまって、その舞台を夢の中に用意していたのかも知れない。
 夢を見ることで満足してしまって。現実の世の中で目立つことをしなくとも満足できたのだ。現実の世界で目立っていたとしても、それは夢の世界と違って限界のある世界である。
――きっと楽しくないに違いない――
 と思っていたのだ。
 だが、短大という世界は別だった。自分から目立たないようにしても、まわりが気にしてくれる。本当は最初、話しかけてくる人に、
――放っておいてよ。私には夢の世界があるから十分なの――
 と思っていたくらいである。
 だが、夢の世界ではそれまで男性の影はまったくなかった。
――男なんてまったく違う世界の人種なんだ――
 淫らなことは、高校時代まわりの雰囲気から想像できた。聞きたくない話を教室で堂々としているのも高校時代ならではであろう。
――聞きたくないのに耳に入ってくるなんて嫌だわ――
 と思っていたが、それが心の中でストレスとして溜まってしまったのも事実である。
 学生服をだらしなく着ているクラスメイトの男子、顔にはニキビができていて、それが淫らで仕方がなく見えていた。クラスメイトの女の子にもニキビが見える。
「ニキビって欲求不満から来ているらしいわよ」
 という話が飛び込んでくると、淫らに見えて仕方がない。
 景子自身にはニキビはまったくなかった。
――私に欲求不満なんてありえないわ――
 その根拠が夢の中にあるのだ。
 欲求はすべて夢で叶えることができるのだ。他の人がどうして欲求を溜めてしまうのか分からなかった高校時代。短大に入って夢についての話を聞いた時に目からウロコが落ちた気がしたのも頷ける。
 別れていった男たちの中で夢について話をした人がいた。
「君と付き合えて光栄だと思っているよ。でも、何か釈然としないものがあるとすれば夢で見たことが正夢であったら恐ろしいと思うんだ」
「夢で見たこと?」
「ああ。君と付き合い始めて何度か同じ夢を見るんだ。ずっと愛し合っていけると思っていた君から、最後はベッドの上で殺されてしまう」
「私があなたを殺したというの?」
「それがハッキリと分からないから夢なんだ。誰かに殺される夢を見たんだが、それが君からかどうなのか分からない。最後がハッキリとしないところが夢らしいじゃないか」
 と言って笑っているが、顔は引きつっている。いくら夢の中とは言え、
――殺される――
 というのは穏やかではない。
「しかも」
「しかも?」
「夢の中ではずっと未来のことを夢に見ているようなんだ。それは二人が結婚していて、まだ子供はいないんだけど、その間に倦怠期を迎えている夢なんだ。ひょっとすると、君との結婚がゴール地点で、結婚してしまってすぐに倦怠期を迎えるのかも知れないとも考えたのさ。もし結婚するとすれば、かなりの間付き合うことになるんだろうね」
 景子は、もちろん付き合っている男たちと結婚などということを考えたことなどなかった。まわりの女性は結婚を意識している人も多いに違いないが、口に出す人は少ない。短大生としての特権を大いに生かそうと考えている人がほとんどなのだろう。
 景子はいろいろな男と付き合って、ある程度男性と付き合うのも疲れてきた。
――そろそろ落ち着いてもいいかな――
 と思っていたちょうどその頃、大村から告白された。
 それは同級会が終わってから半年近く経っていたのだが、彼の家はそれほど近いわけではないのに、わざわざ告白するために近くまで来てくれたのだ。
 付き合いたいと告白された時、景子は少し戸惑っていた。半年前の同級会と今とではかなり違っているからである。
 今とあの時とではどちらが自分らしいのか分からないし、あまりこの半年、いい生活をしてきたといえるわけではない。
――今、私はどんな顔をしているのだろう――
 鏡があれば見てみたかったが、大村はあまり気にしていないようだ。
 正直嬉しかった、こんな感覚は初めてと言ってもいいほど新鮮なものだった。何と言っても高校時代一番好きだった人からの告白である。嫌なわけはない。
 実は最近の景子は少しノイローゼ気味だった。
 それは夢が起因していた。
 付き合っていた男たちが殺される夢を何度も見たと言っていたが、景子も実は同じ夢を見ていたのだ。
 仲睦まじい夢である。ベッドの中で静寂を打ち破るように景子の切ない声と息遣い、男の興奮した声が途切れ途切れに景子の耳に飛び込んでくる。
 自分がベッドの中で身悶えてる姿を冷静に見ているというのは何とおかしな心境であろうか、だが、夢の中ということでそれほどの違和感はない。景子には自分が夢を見ているという自覚があるばかりか、何度も同じ夢を見ているという感覚さえあるほど夢の中での景子は冷静なのだ。
 だが、付き合った男が見たという夢とは少し違っている。
 景子は夢を見ながら真っ暗で見えない自分と相手の男のシルエットを見ながら、夢の中の自分がどれほどの快感を得ているかが手に取るように分かっている。それは男とデートしたあとには必ずホテルの門を潜り、お互いの欲望を満たそうとしていたからだ。
 だが、現実の世界での景子は夢の中で見ているほど冷静にはなれない。快感をもろに感じているのだから当然なのだが、あまりにも感じやすいタイプなのかも知れない。
 快感がクライマックスを迎えようとして、高ぶった気持ちになると、最後は感覚を失ってしまう。そのため
――なるべく冷静でいよう――
 と考えるのだが、押し寄せてくる快感の波を抑えることはできない。どうしても、最後の瞬間を自分で感じることができないのだ。
 気がつけば相手の男がタバコを吸いながら天井を見つめている。こんな瞬間を見るのが本当は一番嫌なはずだった。
――征服感に満ちた顔――
 そう感じて仕方がないのだ。いかにも、
――この女は俺のものだ――
 と言わんばかりの表情が憎らしい。自分が本当の快感を得ることができれば、それでも構わないのかも知れないと思うのだが、それを感じられないのもある意味自分の運命ではないだろうか。
――バチが当たっている――
 男を手玉に取りたいという意識が、景子を快感に導いてくれないのかも知れない。そう考えれば少しは納得できるのだが、だからといって、本当に好きな男が現われない限り、気持ちを切り替えることはできないだろう。
 特に満足げにタバコを吸いながらベッドの横で天井を見上げている男たちの顔を思い出すと、なかなか切り替えるには及ばない。その顔にはいかにも倦怠感が滲み出ていて、
――快感を通り過ぎた男たちって、これほど憎らしい顔になるのかしら――
 と感じたほどだ。
 大村に告白された時、
――この人なら私を救ってくれるかも知れない――
作品名:短編集103(過去作品) 作家名:森本晃次