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短編集103(過去作品)

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 恵一と結婚する前、彼が自分にとって本当に理想のタイプかどうかというのが一番気になっていた。
「結婚してから後悔することもあるのよ」
 と実際に結婚した友達から聞かされたが、
「それはどうして?」
「付き合っている時、ずっと彼が理想のタイプだと思い込んでいたので、結婚までは順風満帆な気持ちだったんだけど、実際に一緒に暮らしてみると、どうやらそうでもないところがいっぱい出てくるのよ。もちろん、身体の相性も含めてね」
 最後の言葉を発した時、唇が淫靡に歪んだように思えたが、それは一瞬で、真剣に話している様子に圧倒されてしまった。それから理恵は、付き合っている間でもそのことが頭から離れなかったくらいだ。
「けどね、見合い結婚が意外とうまく行くって話を聞いたことがあるんだけど、それも本当かも知れないわね」
「というと?」
「一目惚れにしても、恋愛にしても、好きになってから付き合うようになるのと、最初から結婚を前提に付き合うようになるのとでは、かなり違うものなのかも知れないわ。ある意味、見合いは真剣なものでしょうからね」
「確かにそうかも知れないわね。付き合う相手と、結婚相手とは違うっていうけど、見合いは結婚相手として最初から見ているものですからね」
 恋愛が甘いだけというわけではないが、痘痕もエクボという言葉もあり、最初から自分の目や感覚を疑わないことから恋愛は始まっている。順調に積み重ねてきたつもりの順風満帆であっても、どこかで歪みができれば、それを修復する術を知らないだろう。そこが恋愛の難しいところでもある。
――恋愛中の感覚で、歪みを埋めることを考えるなど、できるはずがない――
 恵一に対して決して不満があるわけではないが、恋愛中とは明らかに感覚が違っていることに戸惑っているのは事実だった。
――男の人はそのことを感じないのかしら――
 自分だけが悩んでいても仕方がないので、考えないようにしていた。
 実は最近まで理恵は眠れない日々が続いていた。
 しかし、しっかり仕事はできていて、昼間眠くなることもなかった。それも分かってみればおかしなもので、思わず一人で吹き出しそうになったくらいだ。
――どうして気付かなかったのだろう――
 そっちの方が不思議だった。何かの病気ではないかと思ったくらいである。
 男に抱かれる夢を見た翌日、どうして夜眠れないと思っていたのに、昼間眠くならないかやっと分かったのだ。
――眠れないという夢を見ていたんだ――
 まるで漫画のようである。ベッドの中で、
「眠れない、眠れない」
 と、自己暗示を掛けていた時期は確かにあった。寝苦しい日々があったことも事実である。それ以来眠れなくなってしまったと錯覚してしまった理由が理恵には分からなかった。
 睡眠というのは確かにデリケートなもので、旅先で枕が変わっただけで眠れなくなる人もいるというではないか。高校時代の修学旅行でもそんな人がいた。
「私、枕が変わると眠れないの」
 と言って、苦笑いをしていた。いつも一人で寝ているところを、急に大人数の中での睡眠になるので、神経が高ぶるのも当然なのかも知れない。その人の場合はまさしくそうだった。理恵は見ていて分かった。
 今まで理恵は自分が眠れなくなるなど考えたこともなかった。何度か引越しも経験しているし、結婚してからも隣で夫が寝ていても気になるわけではない。それほど神経質ではない。だが、眠れなくなるという夢を見るということはどこかに理由があるはずである。
――ストレスから眠れなくなることだってあるのかも知れないわ――
 と感じたが、最近そんなストレスを感じたこともない。
 いや、ストレスではない欲求不満があるのかも知れない。
 今まで理恵はストレスと欲求不満を同じもののように考えていたが、厳密には違うものに思えてきた。
 ストレスとは、自分の精神状態のバイオリズムの平均を線で引いて、その下にあるところから発生するものであると考える。
 では欲求不満はどうだろう?
 平均線よりも上にある時、つまり気持ちに少しでも余裕がある時に感じるのが欲求不満ではないかと思うようになった。
――満たされているようで、満たされていない。その中に不満が生じる――
 要するに、自覚のない不満が欲求不満なのかも知れない。
――好事魔多し――
 とよく言われるが、順風満帆で何も不安がない時に得てして、必要以上に不安に感じることがある。もちろん皆が皆そうではなく、感じ方も人それぞれなのだろうが、不安を感じる時、急に足元がなくなってしまって、奈落の底に突き落とされるような気持ちになる人もいるかも知れない。
 理恵の中での欲求不満というのは、そんな時に起こっているのではないかと考える。
――夢とは潜在意識が見せるもの――
 と言われるが、夢が顕著にその思いを感じさせるだろう。眠れない夢を見るなど、考えてみれば理恵ならありえないこともない。怖いのは、そのことに自覚がなかったことである。気がついてすぐ、気付かなかった自分が恥ずかしく思ったが、次の瞬間、恐ろしくなったのはそのためである。
 しかもそのことを気付かせてくれたのが、見知らぬ男に抱かれる夢だったというのは、何という皮肉であろうか。見知らぬ男といっても、何となく見覚えのある男であることも気持ち悪い。しっかり男を認識していれば、自分の精神状態を計ることもできるであろうが、あまりにも漠然としているため、
――欲求不満が見せた夢――
 ということしか分からない。
 ここ数日の理恵は、確かに花屋でも、男が気になっているのは事実である。男性を見ては、その人がどんな生活をしている人なのか、勝手に想像しているのだ。それも無意識にであり、相手が見つめられていることに気付いて、理恵もハッとしてしまう。
 普通であれば、そんな感覚が続けば、自分が欲求不満なのかも知れないと気付きそうなものなのに、すぐに平常心に戻ってしまう。
――防衛本能なのかも知れない――
 ハッとした瞬間、自分を守ろうという意識はないのに、平常心でいられるのは、自分の意識の外にある本能が働いているからだ。いろいろある本能の中でも、一番消極的と思える防衛本能が働くのだから、意識の中に残らないのだろう。
 表で活動する方が似合っていると思う自分、そして片や防衛本能に守られる自分、どちらが本当の自分なのだろう。どちらも自分で、裏と表が存在していると考えるのが一番辻褄が合いそうだ。理恵は男に抱かれる夢を見ることで、そこまで考えるようになっていた。
 最近、夫に対する自分の意識が薄らいでいることに気付いた。花屋にアルバイトに行くようになって気づいたと言っても過言ではない。
「鬼のいぬまの何とかっていうけど、主婦って旦那がいないと気が楽なものよ。特にあなたは子供もいないしね」
 花を買いに来る奥さんと昵懇になって、そんな話をしたことがある。その奥さんも、旦那さんが単身赴任中で、子供も中学生になって、付きっ切りでいなくてもよくなった。
 年齢よりも若く見えることから、結構一人で楽しんでいるようである。主婦仲間と昼下がりの喫茶店など日常茶飯事で、それ以外にも社交的なところには積極的に参加していた。
作品名:短編集103(過去作品) 作家名:森本晃次