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短編集103(過去作品)

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 朝から身体のだるさは感じていた。夜は家に帰らすにそのまま宿泊ということで、きっと一日を長く感じるに違いないと思っていたこともあってか、逆に昼間仕事の時間があっという間だったように思う。
 それは身体のだるさも影響している。身体がだるいと、頭がぼやけていて、時間が長く感じるのではないかという危惧がどうしても付きまとう。それだけにあっという間に時間が過ぎてしまうことも得てしてあるもので、意識過剰が、麻痺させる神経というのもあるのだと、思えてならない。
 公園を出ると、気だるさはなくなったが、今度は急に腹が減ってきた。昼休みに会社近くの食堂で、軽くうどんを食べただけだったが、それも普段と変わらない食欲である。元々学生時代から朝食を摂らずに出かけていたので、昼にたくさん食べていた。だが、結婚してから千鳥が作ってくれる朝食は新鮮でおいしいので、今度は昼食がなかなかいけなくなっていた。
「俺は朝食を食べてくる時の方が、昼をたくさん食べられるんだ」
 と話していた同僚もいたが、なるほど、確かに朝を食べてきても、昼には腹が減ってくる。食欲というのは算数のようには行かないんだと思ったものだが、最近の直樹の食欲は算数に近づいているようだ。
――俺の身体って単純なのかな――
 とも考えるが、いい方に考えれば正直だと言えなくもないだろう。
――まずホテルにチェックインして、夕食を摂れるところをゆっくりと探すことにするかな――
 と考えていた。ホテルまでの道のりにおいしそうな店がないかというのを見ていくのも歩く目的の一つであった。
 そんなことを考えていると、気だるさもそれほど苦痛ではない。仕事を終えた充実感からの気だるさが一番いいのだろうが、その日はそうではない。少し熱っぽさがあるのは否めないが、それほど長くは続かないように思えた。歩いていて背中にじんわりと汗を掻いているのを感じる。長く続かないと思うのはそれが原因である。本当に熱が出てきそうであるならば、汗を掻くこともなく、身体に熱が篭ってしまうはずであることは分かっていた。
――入浴だけは控えておかないといけないだろうな――
 汗を流したい気持ちはあるが、ビジネスホテルの浴室を想像すると寒気を感じる。
 ユニットバスというのは、あまり好きになれない。それは妻の千鳥も話していたことで、やはりお風呂は独立していて、脱衣場もゆったりしていないと落ち着かない。
 水周りに関しては、夫婦ともに意見は一致していた。完全に独立していないと落ち着かない。
「私、濡れることには人一倍抵抗があるのかも知れないわ」
 小さい頃に川で溺れかけたことがあるという話を結婚してから聞かされた。千鳥が淵で直樹にしっかりとしがみついてきた理由がはっきりと分かった。何かを吹っ切ろうとしていたのは分かっていたが、それが水に対してのことだったとは、その時には分からなかった。
 ホテルへチェックインし、カードを貰って部屋へと向う。
 少し睡魔がしてきたのは、到着して安心したからだろうか。ビジネスホテルに比べれば少し豪華ではあるが、やはりそっけない。ホテルボーイが部屋まで荷物を運んでくれるほど豪華なホテルではないからかも知れないが、それは最初から分かっていたことだ。
 廊下は絨毯が敷き詰めてあり、革靴で歩いても靴音が響かない。空気が薄いのか、鼓膜が引っ張られるような静けさだ。
 エレベータを降りてからの通路は一直線というわけではなく、ずっと先は緩やかに曲がっている。増したから見るとまっすぐにしか見えなかったのは、思い込みのせいがあるのだろう。
 エレベータから見て通路が見えなくなる少し前に自分の宿泊する部屋があった。カードを差しこみ中に入るとムッとした湿気を感じたのは、体調が悪いからだったのだろう。湿気を感じたのは一瞬のことで、上着を脱いでハンガーに掛け、ネクタイを緩めると、そのままベッドに腰を掛けた。
 出張でビジネスホテルに泊まる時と同じ行動である。
 出張の時であれば、その瞬間食欲が湧いてきて、軽くシャワーを浴びると、近くのレストランに食事に出る。シャワーであれば、ユニットバスでもあまり気にならない。むしろ、トイレを使う時の方が気になるのだ。シャワーだけで、しかもすぐに出かけて帰ってくるまでに時間があれば、それまでに湿気はだいぶ落ちているだろうという計算があった。
 無意識な計算であるが、間違いではない。というよりも、トイレは表で済ませてくることが多く、部屋では寝るだけにしておけば、余計な心配をすることもない。
 その日はさすがにシャワーを使う気に葉なれなかった。それほどの熱っぽさだったが、食事に出かけようという気力もなかった。目の前にあるテレビをつけて殺風景な部屋を少しでも明るくしようと試みたが、どうやら迫ってくる睡魔に勝てそうにもない。軽く横になることにした。一時間でも横になれば楽になるに違いない。
 テレビをつけたまま、カーテンを閉めることもなく、自然に横になった。眠くなればそのまま眠ってしまえばいい。すぐに目が覚める予感だけはあった。
 西日が差し込んでくるわけでもないので、自然な眠りにつくことができた。どれくらいの間寝ていたのだろう。気がつけばまだ表は日が暮れていなかった。
 時計を見れば三十分ほど寝ていた計算になる。あまり長くは眠らないだろうという予想はあったが、それにしても三十分とは中途半端である。そのおかげで目はすぐに覚めたが、中途半端なわりには頭は思ったよりもスッキリしている。夢を見る時間はなかったはずだが、それなりに熟睡できたに違いない。
 目が覚めてから表を見ると、最初に飛び込んできたのは、自分の会社のあるビルだった。
 最初に部屋に入ってきた時、実は無意識に見ていたのを思い出した。その時は西日が眩しくて何も見えなかった。
 先ほど眠っている時に夢を見た。眠っているという夢だったのだが、窓の外から誰かに覗かれている夢であった。
 夢の中で眠っている夢を見るというのもおかしなものだが、眠りが短かったというのも、そのあたりの影響があったのかも知れない。
 起きてから見る会社の風景、以前にも同じような情景を見たように思えてならない。
 社長から直々に招待券をもらった時にホテルが一望できたが、その時の心境を思い出しているのかも知れない。
 その時は、千鳥が淵を思い出していたが、今は千鳥が淵を思い出すことはない。
――自分はあそこでいつも仕事をしているんだ――
 という思いがあるからか、仕事のこと以外は思い浮かばないはずなのに、以前にも見たことがあるように思えるというのも不思議なものだ。
 夢の内容をしばし思い出していた。
 自分が眠っているすぐ横に、誰か一人の男が立っていて、じっと会社の方を眺めているのが見える。光が当たってシルエットになっているわけではないのに、顔がハッキリとしない。そのあたりで、
――夢を見ているのではないだろうか――
 と思ってしまったのかも知れないが、当たらずとも遠からじであろう。
 男の後姿には覚えがないが、知らない人にはどうしても思えない。
作品名:短編集103(過去作品) 作家名:森本晃次