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短編集103(過去作品)

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 小学生時代を思い出そうとする。なるほど、小学生時代であれば現実離れした夢を見ても不思議はない。世間を知らない小学生時代、現実が何たるかを知らないのだから、少々の夢はほとんどが現実離れしていたと言っても過言ではないだろう。また、怖いもの知らずという意味でも、現実離れをした夢を見ても不思議ではない。やはり小学生時代に見た夢だったのだろうか。
 最近では、そんな現実離れした夢を見ることはなくなった。現実が分かってきているからには違いないが、現実をあまり嬉しくないと思っているのか、それとも、現実が自分にとって飽和状態になってきているのが原因なのか、過去の夢を見ることが多い。
 それも大学時代の夢だ。
 大学時代というと、楽しい思い出ばかりではないかと思われがちだが、そんなことはない。確かに楽しいことが多かっただけに、そのあとに来る反動を思い知ったのも大学時代だった。
――大学時代は人間形成を行うための時期だ――
 と意識しながら、楽しんでいるのであれば、それほどの反動はないだろう。だが、直樹は大学時代の楽しさにドップリ浸かってしまっていた。身も心も楽しさという波に逆らわず、そのまま飲まれていたのだ。
 本人は飲まれているという意識はない。波に乗っているという意識しかなかった。まわりがうまく波に乗っているのを見て、自分も同じようにうまく乗りたいと思っていたのに、まわりばかりを気にしていて、肝心の自分の姿を見失っていたのだろう。
 きっとどこかにターニングポイントがあったはずだ。そのことを今となって思う。夢で見るのは、今からそのターニングポイントを探そうとしているからかも知れない。だが、それは辛い思い出だ。夢から覚めてホッとしている自分に気付く。熱っぽい時に見る夢とは種類が違うのだろうが、どちらの夢を先に見るようになったのか分からない。
――夢の世界を覗くことができれば――
 などと、まるで子供のようなことを考えたこともあった。
 友達の斉藤も、夢に出てくることもある。よく遊んだのも斉藤とであった。
 斉藤から教えてもらった風俗遊びも大学卒業以来していないが、夢の中に出てきて、目が覚めるとヒヤッとしていることもあった。
 普段見る大学時代の夢というのは、卒業が危ないという夢であった。
 試験があるのに、日程を知らなかったという思いだったり、まったく勉強できる環境になかったりと、自分を追い詰める夢が多かった。実際にそれに近いことがあって、大いに焦ったことがあったが、すべて何とかなってきたのが大学時代だった。
 遊び呆けていた時代があったにも関わらず、ここまでうまく卒業できたのは、気持ち悪いくらいである。それだけに後から自責の念のような夢を見るようになったに違いない。
 風俗遊びは夢で思い出すことはないが、斉藤と会っていて、現実の世界で思い出されて仕方がない。
「ホテルに一人で入るのかい?」
「ああ、お店に行くのもいいだろうが、部屋に来てもらうというのも結構楽しいものだぞ」
 ホテルに部屋を取り、そこに女の子を呼ぶという商売は前からあるようだが、風俗営業法の規制が厳しくなるにつれて、増えてくるのも納得がいくというものだ。
 完全な個室で、二人だけの時間。だが、それは愛情ではなく、客と女の子という関係、淫らな気持ちが否応なしに襲ってきて、大学時代の直樹には新鮮にさえ思えていた。
 そんな中にサトミという女の子がいた。
 最初に呼んだ女の子が彼女だったので、二回目以降も彼女を指名した。顔は決して美人というわけではないが、背が低くてかわいい感じで、声が透き通るような感じであるにも関わらず、一本線が通っているような声で、決して蚊の鳴くようなという表現が当てはまらないところが一番のお気に入りだった。
 最初は、何も分からないので、マニュアルどおりのサービスを受けていた。黙って受けているだけだったが、彼女の時折漏らす甘い声が、いやが上にも興奮を掻き立てた。
――俺って、結構されるがままにしていることに興奮するタイプなのかも知れないな――
と感じたが、それはサトミの前でだけだった。
 二回目以降は、少し恋人気分を味わったものだが、それでもプレイに入ると、受身であった。彼女の漏らす甘い声を楽しみたいというのが、一番の目的である。
 そんな時、必ず直樹は目を瞑った。目を瞑って、声だけを感じていた。甘い声が断片的に部屋に響くと、湿った空気を感じ、空気自体に重たさを感じる。そんな時間が至高の悦びに徐々に近づいてくるのが分かる。
 大袈裟な言い方だが、血液が逆流するのを感じる。一点に血液と神経が集中していくのだ。
 千鳥と結婚することになって、そのことを思い出した。千鳥にはその時ほどの興奮は沸き起こらないが、徐々にこみ上げてくるものがある。サトミに感じたものと違う興奮を味わうことができ、それは、今までに知り合った女性の誰とも違うものである。
 千鳥が持っている独特の雰囲気には違いない。その雰囲気は直樹以外の人にも感じるはずだ。少なくともその雰囲気に魅了された人を一人は知っている。知っているからこそ、千鳥と結婚したいと思ったのだ。
 その人に嫉妬した?
 嫉妬というのとは違うだろう。だが、その人の存在が、千鳥を直樹の中で絶対的な女性にしたのは間違いない。直樹は千鳥と一緒になったことを後悔したことは一度もない。あくまでも自分が選んで結婚した相手だからである。
 その日の仕事は定時に終わり、暮れかかっている太陽を見ながら会社の表に出た。
 会社の窓に西日が当たって、下の道から見ると眩しかった。宿泊予定のホテルは会社の窓から見るよりも遠く感じ、歩いていけばちょうどいい運動になるだろう。
 いつも乗る駅とは違う方向。ちょうど隣の駅の近くになる。しかも自分の家とは反対方向なので、まず近づくことのない場所だった。
 会社がある辺りが一番古くから開発された場所で古いビルが多いのだが、ホテルに近づくにつれて、綺麗なビルが立ち並んでいる。だが、交通の便からいけば最初に開発されたところが一番で、きっと土地の価格も高いに違いない。最近は郊外に流通団地などもできて、そちらに流通センターを作る会社も多く、大企業の支店が移転していくケースも増えている。直樹が入っているビルも、ワンフロアすべてが空いているなどということも珍しくはない。
 大通りの歩道を歩いている時は、ホテルを目指して上を見ながら歩いていたが、途中にある公園を横切ろうとして公園に足を踏み入れると、今度は足元を見るようになった。
 首が疲れたというのが理由だが、さっきまで上を見ていたので、足元までがやたらと近くに感じられた。しかし、背中を指す西日が当たっての影が足元から伸びているのを見ていると、想像よりも長く感じられる。腕や足、頭が異常に長いのを見ていると、気持ち悪さを感じる。公園の中はアスファルトではないので、歪な影がそこには横たわっている。
――他の人が俺を見るとどんな風に見えるんだろうな――
 と影を見て考えさせられたが、それも夕日を浴びて公園を歩くというシチュエーションが気だるさを思い起こさせるからかも知れない。ついつい余計なことを考えてしまうのだ。
作品名:短編集103(過去作品) 作家名:森本晃次