主犯と共演者の一致
次の日になると、二人はマンションの聞き込みもある程度終わっていた。部屋が離れれば離れるほど、当然、情報が得られるなどと思っていないことから、ほとんど挨拶程度で終わる家もあり、相手も部屋が遠いという安心感からか、警察に対しての違和感はないようだった。
中には、
「お茶でもいかが?」
と、そんな気もないのに、言ってくる露骨な奥さんもいて、二人はウンザリした気分になったものだが、そんな思いは、どうしようもないことであった。
そのため、午前中には大体の聞き込みも終わり、マンションの近くにある児童公園で休憩していた二人だった。
ちょうどお腹も減っていて、
「小腹が空きましたね」
という上野刑事が、パントジュースを買ってきた。
それを口に含みながら、門倉刑事は
「あの少年、何か知っているような気がするんだけどな。何かをいいたいという雰囲気は感じるんだけど、どうもそれだけではなく、何かを訴えているような気もする。昨日すぐに隠れたのは、母親に対しての遠慮だったのかも知れないな」
「それは分かる気がします。男の子というのは、母親の背中を見るものですからね。母親の性格が影響していないとも限りません。特に母親というのが、世間一般の主婦と変わらない人であればあるほど、そうではないでしょうか? 自分が何か支配されているかのような錯覚に陥って、逃げ出したいんだけど、その勇気を持つことができず。そうしようもない気分になるとかですね」
「前にも後ろにも進めない。まるで五里霧中の中にいるという感じなんだろうね。その気持ち、分からなくもないけど、でもどこかでその思いは断ち切らないといけないんだろうな」
と門倉刑事は答えた。
「でも、それができる人はいいですけど、中にはできない人もいるんですよ。僕はそんな人を一番目の前で見てきましたからね。その気持ちがよく分かるんですよ」
と上野刑事は言った。
門倉刑事は、上野刑事の過去は知らなかった。しかし、彼には他の人よりも正義感が強く、悪を許せないという、
「勧善懲悪」
の気持ちが強いことが分かっていた。
「上野君は、本当に正義感が強いんだね。それに僕が思っているのは、弱いものを助ける気持ち、これが本当に強いような気がしているんだ」
と門倉刑事は言ったが、課長が自分の相棒に彼をつけてくれた理由が次第に分かってきたような気がしていた。
何がそんなに強く門倉刑事を引き付けているのか分からなかったが、その思いと同じかそれ以上のものを上野刑事は門倉刑事に持っているようだった。
その感覚は課長にもよく分かっていて、あまり上野刑事と面識のない鎌倉氏もそのことは理解していた。
鎌倉氏が上野刑事と初めて会った時から、課長より彼の情報は聞いていたので、門倉刑事が知っているよりも上野刑事の事情は分かっていた。課長が考えるのは、門倉刑事には、一緒に捜査する中で、彼から自分でその情報を引き出してもらえるようにすることが大切だと感じていたのだった。
「あの二人はいいコンビニなるだろうね」
と、鎌倉氏は言っていた。
「それは私も思います」
と鎌倉氏も言っていたが、二人の思惑は次第に実を結びそうになっていた。
門倉刑事が今まで先輩刑事から受け継いできた刑事としてのノウハウを、今こそ彼が後輩に伝える時がやってきたのだった。
そんな二人だったが、その時、上野刑事は、自分の過去を聴いてもらいたいという思いを強くしていた。
どうしてそんな気持ちになったのかは、本人である上野刑事にもハッキリとした理由は分からなかったが、その気持ちをいかに表現するかということを、考えているようだった。
何かを考え始めた時の上野刑事というのは、実に分かりやすい。彼が人に隙を見せる時があるとすれば、この時なのであろうと、門倉刑事は感じていた。それを上野刑事が自分で感じていたのかどうか、正直分からない。分からないだけに門倉刑事は上野刑事は自分を慕ってくれていて、そんな上野刑事を、
「可愛い後輩」
だと思っていることに、ベタではあるが、ベタなだけに素直に喜びを感じられる気がしていた。
ベンチにゆっくりと座っていると、後ろから何かの視線を感じた門倉が、思わず後ろを振り返る。上野刑事は気付かなかったようで、まだまだ彼は前だけを猪突猛進に見るタイプのようで、
――若いな――
と門倉に思わせた。
しかし、それが悪いというわけではない。若さの特権とでも言えばいいのか、今はそれでいい。むしろそっちの方がいいと言った方がいいのか、下手にまわりに気を遣ってこじんまりとなるよりも、最初の方は思ったことを突っ走る方が、案外と大物になれたりするものだ。
そのことは門倉も理解している。自分ではそんな大物になれないことが分かっているので、今の生き方を選択したのだが、それまでは試行錯誤の中、
「大物になりたい」
と感じる時期もあった。
そんな毎日を考えていると、今では鎌倉氏と一緒にいる方が、警察で大きな顔ができるよりもよほどいい。
「警察は庶民のものであって、特権階級のものではない」
という考えを持っていることが、普通なのだと思っていたが、実際に内部に入ってみると、その実情は結構違うようだった。
――それこそ、ドラマで見たような話だ――
と思い、そういえば、
「事件は会議室で起きているのではない」
などというベタなセリフを思い出したりもした。
そもそも、警視庁を本店と呼び、それ以外を支店と呼ぶ時点で、胡散臭い思いがあった。しかも、同じ警察でありながら、
「管轄が違うじゃないか?」
などと、管轄だけを意識しているような体制にはウンザリさせられる。
「俺は警察に馴染めないんじゃないか?」
と考えたこともあったが、それはきっと自分だけではなく、皆一度は感じたことなのだろうと思うのだった。
振り返った後ろには、昨日の少年が立っていた。
と言っても、自転車を押しながら歩いているところに二人の刑事がベンチに座っているのを発見したというべきであろうか。後ろ姿しか見えないはずなのに気付いたというのは、背広を着た大の大人が、児童公園のベンチに座って話をしているという光景が、その場にはおyほどそぐわない光景に見えたということなのかも知れない。
上野刑事がどのあたりで気付いたのかは分からなかったが、少年が自転車を押しながら近づいてくるのが分かった門倉は、露骨に後ろを見た。その時に上野がビックリしなかったところを見ると、その時には気づいていたということであろう。
――一体、いつの間に?
と思ったが、刑事として気付かれないふりができるのは大きな武器だと思っていたので、それはそれで評価に値するものであった。
「確か君は、昨日我々が事情を伺った家の息子さんだよね?」
とか毒ら刑事が尋ねると、少年は黙って頷いた。
――どうやら、少し引きこもりなところがあるのかな?
と、相手が返事をしないことでそう感じたが、昔と違って、返事をしないだけでそう判断するのは早急にも思えた。
しかし、彼は何かを言いたいようだった。
「言いたいことがあるなら、おじさんたちが聞いてあげるよ。だから安心していていいんだよ」
と声を掛けた。