主犯と共演者の一致
特に彼には自分の会社が警察に協力的だということを分かっているからだ。それを別の部署だからと言って、警察権力をひけらかすのは、あざといやり方で、いかにも警察内部の権力抗争を表に出しているようで、見ていてこれほど醜いものはない。見ているだけで醜いのに、そんなことに自分をまきこまないでほしいという考えだった。
翌日のことであった。大曾根の下に、一人の女性から電話がかかってきた。
「私は、あなたがお電話をお持ちになっている奥様の代理のものでございます」
というではないか。
「代理? 本人からではなく、代理なんですか?」
今までにはこんなことはまったくなかった。
自分の考えを誰かに代理を立てて言わせるなど、自分の知っているその彼女にはありえないことだった。もしあるとすれば、旦那に見つかり、自分から連絡を取ることができなくなってしまった場合。彼女の性格から考えると、彼女であれば、それはありえる気がした。
時にまるで世間知らずのお嬢様のようなところがあり、旦那に対して怯えているところのあった彼女だったので、旦那にバレてしまうと、表にも出られず、自分から連絡を取るということができなくなってしまったとも言えた。そうなると、まるで家の中に鳥かごに閉じ込められて、逃げ出すことのできない小鳥を想像する。彼女くらいに怯えの激しい女性であれば、かごの扉が開いていたとしても、飛び出すことはできないだろう。きっと扉が開いていれば、旦那が罠を張ったと思うからだった。それだけ彼女には頭の回転の良さがあり、それだけに、身動きが取れないという哀れな状況を作り出すことで、まわりの男性に翻弄されやすいタイプになったのだろう。
――じゃあ、この僕も彼女に対して翻弄しているということになるのだろうか?
と考えたが、それ以外には考えられないような気がした。
電話の女性は明らかに申し訳なさそうに、
「はい、代理なのです。奥様は連絡をしたくても、もう、おできにはならないのです」
というではないか、
「もう、おできにならない? その言い方だけを聞いていると、何となく恐ろしい話をされるような気がするんだけど、まさかその話は覚悟を持って聞かなければいけない話なのかい?」
と、聞いた。
それは旦那に拘束されているという状況よりもさらに厳しい状況に思えた。そうでもなければ、代理と名乗るその女性が、わざわざ連絡をしてくるようなことはないと思った。彼女は、そこまで諦めが早いとは思われなかったからだ。
「一体、どういうことなのですか? あの方は、よほどのことでもない限り、代理を立てるような方ではないと思っていましたが?」
というと、
「そうです。よほどのことです。例えば、旦那様に自分たちのことがバレて、自分が拘束されてしまうと、見動くが取れなくなるだろうから、その時はこの私が連絡を引き受けることになっていたんです」
と、彼女はいう。
「ということは、今言われた内容の話ではないということですね。しかも、かなり話は深刻な雰囲気を感じますが」
大曾根恭三は、すでに一人懇意な女性を亡くしている。しかも殺されたという話だった。
最初はまさかと思ったが、彼女の口ぶりを聞いていると、まんざらの話でもないような気がしてきた。
「はい、実は奥様はお亡くなりになっておしまいになったのです」
「亡くなった? いつのことなんですか?」
「実は奥様には、妹さんがおられまして、妹さんが先日、観音街のマンションで殺された事件で被害者になりました。その件を奥さんは無性に怖がっていたんです。こう言ってはなんですが、妹さんが殺されたのは、自分に何か関係があるような怯え方でした。数日後に警察の方が、家族の方に話を聞くためだということで来られたんですが、その数日後に服毒自殺をなさったんです」
大曾根はショックで声が出なかった。確かに彼女のプライバシーを守るためだとは言っていたが、まったく自分に何の相談もしてくれなかったことが悔しかった。それは彼女に対しての怒りというよりも、何もしてあげることのできなかった自分に対してであり、特に、今まではお金に任させ何でもできると思い込んでいただけに、一番できなければいけないはずのことが、おうすでに手遅れであることを知った今、愕然として放心状態になっている自分に気付いた。
「それで、わざわざ私にお知らせくださったわけですね。ありがとうございます。正直、かなりのショックがありますが、私にできることがあれば、できるだけのことはしてあげたいと思っています。ところで、旦那さんはどんな感じですか?」
「奥さんを亡くされて、少しの間は、大人しくしておられますが、元々強欲な方ですので、あまりじっとしていることはないと思われます」
「それは女性関係ということですか?」
「それも含めてですね」
彼女のイメージを大曾根は思い出していた。
きっと旦那に対しての恐怖心が大曾根に対して、全面的に頼る雰囲気を醸し出していたのだろう。だが、それだけではなく、彼女には何か秘密があるように思えた。考えてみれば、彼女の口から妹の話は一度も出てはこなかった。旦那の話題に触れることはなかったのだから、その分、妹がいるのであれば、妹の話も出てくるものだと思ったが。それがなかったということは、彼女にとって、妹は隠しておくべき相手だと思ったのか、それとも話すに値しないほど嫌っている相手だったのかもどちらかであろう。どちらにしても、彼女と妹の距離が微妙だったということは言えるに違いない。
「ところで、あなたは妹さんという人をご存じなんですか?」
と聞いてみた。
「いいえ、話も聞いたことがありませんでしたし、実際に知ったのは、警察の方が来られた時でした」
「旦那はもちろん知っていたんでしょうね?」
「ええ、知っていたんでしょうね。奥さんが事情聴取を受けている時に、旦那も一緒にいましたからね。もし、奥さんが隠していたなどということが分かると、警察が帰ったあと、奥さんに問いただすはずですが、そんなことはなかった。むしろ、旦那の方が奥さんに、警察に聞かれた時など、どうすればいいかなどと、指示を与えていたような感じでしかたからね」
というではないか。
――どうも話が繋がってこないな――
と、大曾根は考えた。
大曾根は、なぜ妹が殺されたことで、姉が自殺までしなければいけなかったのか、そのあたりが少し怖い気がした。
それにしても、ここ一週間くらいの間で、こうも自分のまわりで人が殺されたり自殺したりと、しかも自分と関係のある女ばかりではないか。一人は肉体的な関係ではないとはいえ、精神的には繋がっている相手、まわりには打ち解けていないだけに、心を開いてくれるのは自分だけだと思う女性。それだけに哀れに感じられた。
「実はあなたにご連絡差し上げたのは、お知らせともう一つ、警察が奥様と先日亡くなった女性との関係を掴むことになるので、当然あなた様のところにも事情を聴きに行かれると思いますので、前もってお知らせしておこうとおもいましてね。そしてもう一つ……」
「どういうことでしょう?」