主犯と共演者の一致
「ええ、その通りです。室内の扉が開いている分には別に問題はないと思いましたが、入り口の扉も、閉まらないように、つっかえ棒のようにしてあったんですから、明らかに何かの意図があるのかなと思うじゃないですか。それで中に入ってみると、あの状態だったんです。生前の彼女の顔は見たことがあったので、あんなに白目を剥いてどこを見ているのか分からないような表情には、いくら看護師をしている私でもビックリさせられました。あまりにもいつもと違うからですね。浴槽だったので、最初は手首を切ったのかと思いましたが、すぐに違うのが分かりました。血の臭いがしませんし、真っ赤に染まった痕もない。だから、反射的に首筋を見たんです。すると、首には紫に染まった明らかな扼殺の後が見える。絞殺されたんだって分かりました。それで急いで脈を図ってみると、すでになかったので、警察に連絡をしたというわけです」
と言った。
「よく分かりました。それでは、あなたが知っているこの被害者のことを教えていただけますか?」
と門倉希恵児が聞くと、
「あまり詳しいことは知りませんが、名前は確か、赤嶺佐緒里さんという方です。確か最近大学を卒業したばかりでしょうか? あまり話をすることはなかったんですが、大学在学中から、急に派手な格好をして夜出かけることが多くなったんです。ケバい化粧を施して夕方くらいから出かけるので、それらしいアルバイトか、お仕事なのかって思っていました」
「このお部屋への他人の出入りはどうでした?」
「先ほども申しました通り、私は看護師をしている関係で、仕事は不規則なので、あまり知らないんですよ。でも、ほとんど人が尋ねてくることはなかったと思いますよ」
と言った。
不規則勤務ということは、昼間いることもあれば、夜いることもある。どちらもそれぞれに部屋にいるのだから、誰かが訪ねてくれば分かるというのが、門倉刑事の考えであった。彼女のいうことには、それなりに信憑性はありそうだ。
「あなたは、お隣さんとは仲が良かったんですか?」
と聞くと、
「仲がよかったということはありませんでしたが、たまに通路で出会って、挨拶をすることはあります。その時の表情はニッコリと笑ってくれているんですが。その表情には別に社交辞令は感じられないんです。それを思うと、ひょっとすると、彼女とは友達になれたかも知れないと思ったことがあったくらいだったので、彼女に対して嫌な印象はなかったですね」
と言った。
「あなたは、このマンションは長いんですか?」
と聞かれて、
「ええ、ここに住んで五年くらいになりますね。このマンションでも結構古い方なんじゃないかしら?」
という。
「じゃあ、赤嶺さんが入った時には、すでにあなたはここに住まれていたんですか?」
「ええ、そういうことになります。彼女が入ってきたのは、大学に入学した時だったはずなので、私が入居してきてから、それほど時間が経っていなかったと思いますよ。この近くには大学が多いですから、大学生と言われても別に違和感はなかったんですが、オートロックがついていないとはいえ、そんなに安いわけではないこのマンションに住めるというのは、結構家がお金持ちなんじゃないかって思いましたね」
「そうですか。その時と彼女は今では変わりましたか?」
「ええ、途中から急に派手になりましたからね。でも、それもこのマンションの家賃を払うことを考えれば、それも仕方のないことかも知れないと思いました。最初は親のすねをかじっていると思っていたんですが、きっとその頃から自分で払うようにでもなったんでしょうね。私はそう思っていますよ」
と、彼女は言った。
「他に何か気付かれたことはありましたか?」
と門倉刑事が聞くと、
「いいえ、それくらいですかね。ただ、殺された彼女は真面目な女の子だったのは分かる気がします。派手な格好ではあったんですが、節操のないような雰囲気ではなく、まるで王女様のような雰囲気がありました。気品とでもいうんですか? 私はそんな彼女を羨ましいと思っていたくらいだったんです」
と彼女は言った。
「最後になりましたが、あなたのお名前と年齢、職業をお聞かせな願いますか?」
と、若干形式的な声のトーンになった門倉刑事が聞いた。
「私は、服部京子といいます。さっきも言ったように看護師をしていて、この先の観音総合病院に勤めています。年齢は三十歳で、独身の一人暮らしです。後はよろしいでしょう?」
と、ばかりに彼女は開き直って見せているように感じた。
「ええ、結構です」
と言って、手帳を閉じた門倉に対し、
――どうせ警察は私のことを疑うだろうから、調べようと思えば、いくらだって調べられるでしょう――
と言いたげだった。
警察に挑戦するつもりは毛頭なかったが、彼女はそれなりにミステリーファンだったりするので、つい相手が警察だとすると、どこか挑戦的な態度を取るのではないかと思い、急にハッとしてしまうことも、今の会話だけでも実際にあったのだ。
第一発見者の彼女との話はそれほど期待できるようなものはなかった。隣人というだけで、それほど親しくもないというものであり、もちろん彼女の話を鵜呑みにするのであれば、彼女がこの事件に関係しているということはないだろう。
「第一発見者を疑え」
という言葉もあるが、どうもこの事件には当て嵌らないような気がしていた。
門倉刑事は、目が覚めてから、この現場に入り、第一発見者である服部京子と話をするまでの一連の行動で、完全に目が覚めていた。
そのうちに、初動捜査も佳境に入ってきていて、同僚の刑事たちも続々とやってきていた。
「ご苦労様です」
と言って、挨拶を交わすと、捜査員の腕章をつけた背広の刑事が慌ただしく行動していると、いかにも犯行現場だという殺伐とした息苦しさを感じられる現場となってきた。
「門倉君、どんな状態だ?」
と、課長に聞かれて、
「現場は発見したままの状態で、保存しています。ただ、お湯は流しっぱなしになっていたんですが、捜査二支障をきたすので、今は栓を締めています。それ以外はそのままにしています。初動捜査の人が捜査に当たっていて、鑑識の人も先ほど到着し、捜査に入っています。私は、通報者で第一発見者である隣の部屋の女性に話を先ほど聞いたところでした」
と報告すると、
「よし、分かった。第一発見者の女性というのはどうしたんだい?」
「まだ待たせてイアス、でもさすがにちょっとイライラし始めているようなので、聴取をするなら早い方がいいかと思います」
「そうか、じゃあ、少し話をさせてもらおう」
と言って、課長は服部京子に会うことにした。
「また同じことを話せと言われるんですか?」
と言う皮肉を言ったが、その表情はイライラしてはいたが、避けているような様子ではなかった。
逆に聞かれることは分かっているので、どうせなら早い方がいいと思っていたようで、課長が来たことで安心したような表情にもなっていた。
「すみません、これも職務なので」
と、これも刑事ドラマなどでよく聞くセリフを吐いた課長だった。