主犯と共演者の一致
「そうでしたか。岡崎君はうちに入社して一年くらいだったでしょうか? 元々AVをされていたことはご存じでしょう? 今では熟女女優というのも増えては来ているんですが、それも熟女としてデビューしたりする人が多いようで、彼女のように若い頃から女優をしていると、そのイメージを持ったファンがいることもあって、相変わらずファンでいてくれる人もいるようですが、熟女になってまで、彼女の濡れ場は見たくない。かつての栄光を胸にというのは、本人よりもファンに多いようですね。結構なファンがそうやってまだAVを続けている彼女から去ってしまったようです。彼女としてはショックだったでしょうね。ファンが離れて行くこともそうだったでしょうし、年を取ってくることだけは誰にでも訪れる平等なことですからね。彼女が悪いわけではないんですが、そんなわけで、結構本人は粘ったつもりだったんでしょうが、VA業界からの引退を余儀なくされたというわけです」
と上司は話してくれた。
「そうですか。大変だったんでしょうね。ところであなたのところに、彼女から何か相談を受けるようなことはありましたか?」
「ハッキリとしたものはありませんでしたね。でも、うちの事務所は実は元AV女優という人も何人かいるんですよ。それで彼女もここに来たんでしょうが、AVからの転身者も最初の頃は珍しいということだったんですが、そのうちに増えてくると、その珍しさも色褪せてきて、彼女に対して、誰も気にかけなくなっていたんですね。彼女としては、せっかくつてを頼って入ってきたのに、これではどうにもうまくいかないと思ったのか、いつもイライラしているように見えました。若いことからAVでちやほやされてきた彼女とすれば、そんな自分を想像できたでしょうか。特にAV転身組というのはプライドが高いですから、こちらも扱いにくいんです。一度捻くれると、ご機嫌を伺うのも大変で、そのうちに誰も相手にしなくなるんですね。そんな状態だったので、私も他の社員と彼女との間で板挟みのようになって、大変でしたよ。でも、そのうちに結婚して退職するという話になったので、正直ホッとしているところでした」
という本音を聞くと、
――なるほど、これであれば、彼女が殺されたという話を聞いても驚かないわけだ。彼女なら殺されるくらいのことぉしていても不思議はないという思いと、さらに自分の今の本音を見透かされると犯人の一人として疑われると思ったのだろう。だから、逆に自分の立場を正直に話して、理解してもらう方が得策だと思ったに違いない――
それが彼の作戦だとすれば、
――この男も、海千山千な男だな――
と感じるのだった。
そう思うと、また岡崎静香という女性の本性に近づいた気がした。本当に上司が思っているように殺されても仕方のないようなことをしていたのかも知れないと思うと、この上司を最初に疑うのは、間違いだと思うようんなってきた。
あくまでも岡崎静香という女性がこの会社とは関係のないところで起こした事件であり、彼女の殺害に何ら関与があったとは思えないくらいに感じていた。ただ、それは会社の仕事をしている分に感じてのことで、プライベートで仲良くしている人がいれば話は別だった。
「誰か、彼女と仲が良かったり、今でも繋がっているような人をご存じでしょうか?」
と聞いてみた。
「いないんじゃないかと思いますよ。本当にプライベートな話になると私もなんとも言えませんけどね。何しろ相手は新婚で、しかももう若いわけでもない。会社を辞めたそんな人と今でもお付き合いをしている人がいるとは思えませんけどね」
という話だった。
「分かりました。ありがとうございました」
と言って事務所を後にしたが、正直、情報はほとんど得られなかった。得られたとすれば、彼女の性格的なものが垣間見えたことと、それは想定内のことであり、それが裏付けられたとでも言えばいいだろうか。
上野刑事はその足でAV事務所に顔を出した。事務所は少し離れているようで、中に入ると、一つの事務所に何でも押し込んでいるかのようで、奥の部屋には簡易スタジオまでもがあった。
「いやあ、ホテルにしてもどこにしても、撮影許可をもらうには少し面倒だったりしますからね」
と言っていたが、AV事務所なるところはここでなくとも、大概はこんなものではないかと上野刑事は分かっていた。
会社名も、何とか企画であったり、何とかエージェンシーなどという名前をつけていて一般の人は分からないと思っているのかも知れないが、ちょっとAVを見たことがある人間なら、舐めだけである程度納得できるくらいであった。
「彼女が殺されまして」
というと、ここの代表は驚いていたようだ。
――これが普通の反応だよな――
と感じたが、死んだということに驚いただけで、彼女がというわけではなさそうなのは分かった気がした。
「さっそくですが、彼女はどういう作品に出演していたんですか?」
「彼女が二十代の頃からうちで働いてくれていましたので、息も長かったし、ファンも多かったんですよ。年間百本以上の作品に出演したこともあったし、AV業界のイベントには若い頃はよく呼ばれて行ったものですよ。でも年には勝てません。人気はすぐに若い子に持っていかれて、いわゆるお局様状態でしたね。特に彼女はいかにもお局様が似合っていたような気がします。彼女の出演で多かったのは、アブノーマル系が多かったでしょうか? 企画ものとでも言えばいいのか、確かに若い頃はイメージビデオのようなものも出ていましたが、そのうちに人気女優がたくさん出てくるバラエティ色の豊かな作品が多くなり、そういう作品というのは、女優同士で男優を誘惑する競争をしたり、羞恥な行為を平気でするような作品だったりするんです。そのうちに彼女も羞恥系と呼ばれる作品が多くなって、企画もので暴行だったり痴漢だったり、SM系だったりのアブノーマルが多くなってしました。でも彼女は決して嫌がったりはしなかったんですよ。きっとそういうのが元から好きだったのかも知れませんね」
と言っていた。
「なるほど、彼女のビデオの宣伝写真などを見ると、どこか妖艶さが滲み出ているので、そんな感じではないかと思いましたが、やはりそうだったんですね」
「ええ、そういうことです。でも、彼女はだからと言って自分をそんな女優だとは思っていなかったようなんです。清楚とまでは行きませんが、以前のようなノーマルな作品でも十分通用すると思っていたんでしょうね。でも、実際にはそうでもなかった。彼女の仲での葛藤が目に見えてくるようですよ」
「大変な業界なんですね」
「これは一般の芸能界でも同じかも知れません。それまで清楚な女優で売っていたテレビドラマなどではよく脇役で出ていた女の子などが、いつの間にかAVの世界に転身していたなどとよく聞くでしょう? だから元からいたVAのいわゆる生え抜きの人たちには結構目障りだったりするんですよ。だから逆にAVから転身してきた彼女に一般の芸能界では、さらに風当たりが強かったんはないでしょうか?」
と、代表はそう言った。
芸能事務所もたくさんあるが、AVというのはさらにたくさんの会社があるのではないかと上野刑事は思った。