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短編集102(過去作品)

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 森川との身体の相性は悪くない。普段の落ち着いた雰囲気と裏腹に、感じやすいタイプの満子は、男に大いに悦ばれているに違いない。普段とベッドの上でのギャップは、男心を十分に燃え上がらせるものである。
 男の悦びがどれほどのものかは、女である満子にはなかなか想像できるものではない。だが、なかなか男が離れていかないのは自分の身体に溺れている男性が少なくないことを分かっている。分かっていて満子もそれなりに楽しんでいるのだ。
 それだけであれば愛などという言葉を知らない冷徹女のように思われるが、満子も今まで不倫が多かった中で本当に好きになった男もいた。
 相手は満子のことをどこまで好きだったかは分からないが、少なくとも身体だけを愛していたはずはないように思えた。
 確かに愛撫もすべて満子を満足させるものだった。それが女のツボを抑えている男性というだけではないことは、身体を重ねていて異常に熱くなっている身体から感じることができた。
 胸の鼓動も激しくなってきて、お互いに身体を貪るような行動は、頭で考えてのことではない。完全に本能の赴くままの動きだからこそ、不規則な行動に次の動きを想像することができず、思いも寄らぬ興奮を掻き立てられた。
――この人は本気で私を愛してくれているに違いない――
 満子の想像は間違っていなかったに違いない。
 身体を重ねた時のことを思い出しては、今でも身体が火照ってくるが、見たい夢というのはなかなか見れるものではないらしい。毎日でもその快感を夢で見たいと思っていた頃など、ほとんど見たことがなかった。たまに見ることがあっても、結局ちょうどのところで目が覚めてしまう。
――こんなことなら、夢なんて見なければよかった――
 火照った身体のやり場に困りながら、目を覚ましてしまったことへの後悔と、見てしまったことの後悔を交互に噛み締めなければならなかった。
 彼は身体も大きくなく、どちらかというと臆病な方だった。それだけに、
――不倫なんてできる人じゃないわ――
 もし満子が彼と付き合っていなければ、完全にそう思っていたに違いない。それどころか堅物で、自分か近づくことなどしなかったはずだ。初めて知り合った時だって、偶然の産物だったのだ。
 知り合った時のことを思い出すことはもうなくなってしまった。実際にあまり覚えていないという方が正解で、
――男として意識していなかった――
 そんな雰囲気だったのだ。
 満子の好き嫌いは男性に対してはハッキリしている。
 どちらかというと火遊びの類に興奮を感じる。普通の男性では物足りないくらいだ。昔からそうだったわけではないはずなのに、どうしてなんだろう。満子はどこで自分が変わってしまったか分かっているのだが、それを自分に言い聞かせることはあまりなかった。
――時間がくればすべて解決してくれる――
 と、まるで呪文のように自分に言い聞かせていた。
 だが、来るのは時間なのだろうか。それも不思議な感覚で、
――時間とタイミング――
 二つを合わせて、時間という感覚を持っていた。そして、その時間とタイミングが次第に近づいてきていることも気付いている。毎日、昔の夢を見るのもそのせいかも知れないと感じる満子だった。
 田舎から出てきてそろそろ干支が一回りしようとしている。女にとってその期間がどのようなものなのか、皆がどのように感じている期間なのか最近は特に気にするようになっていた。
 すでに結婚して子供もいる人も多い。意外といつまでも結婚せずに遊んでいそうな人がすっかりお母さんになっていたり、一途な性格ですぐに結婚するだろうと思っていた人が、いまだに独身だったりと、まわりを見渡せば実に不思議な状況も少なくはない。
 その日の満子は、森川の身体をたっぷりと堪能した後、いつものように身体を森川に預けていた。
 森川はタバコを燻らせ、天井に舞い上がっていく煙を見ながら目は虚空を見つめている。
 森川にしてみればいつもと変わらぬ行動である。
 森川の視線のその先に何があろうが、満子には関係ない。ただ情事の終わった女が皆同じ行動を取るだろうと思われることをしているだけだ。他人がどうのこうの言うわけではない。ただ、一人男の横顔を見つめているだけだった。
「以前の話なんだけど」
 満子がおもむろに話し始めた。相変わらず天井を見上げている森川も大した男なのかも知れない。今までにベッドの中で快感の余韻に浸っている時、一度も言葉を発しなかった満子が喋り始めたというのに、表情一つ変わらないからだ。
 満子はそんな森川の横顔を見ながら一回頷いた。それを横にいる森川が悟っていないことは分かっている。じっと天井を見つめているだけだからだ。
 満子は続ける。
「私の会社の同僚の人が殺されたことがあったの。単身赴任の一人暮らしの自分の部屋でね。ベッドの上で仰向けになっているところで、ナイフを突き立てられての殺害だったのね」
 さすがに森川もビクッとしたようだった。ベッドの上で仰向けになっているという姿、今の自分とそっくりなので、無理のないことである。
 顔だけは天井を向いているが、視線を少し横に向けて満子を見た。
 満子はそんな森川の表情を初めて見た。元々あまり表情の変わることのない人だったので、喜怒哀楽を感じたことがない。
――この人が怒ったら、きっと怖いんだろうな――
 と感じたことはあったが、笑っている姿、泣いている姿など想像することなどできなかった。
 それにしても、満子は一体何のつもりでそんな話をしたのだろう?
 森川がどう感じるか興味があったのか、それにしても表情はやはりあまり変わらない。横目で見たのも、自分が殺されたという男と同じシチュエーションでいることであまり気持ち悪い印象にならなかったことが原因ではないだろうか。
――もし、自分が森川の立場だったらどうだろう――
 満子は考える。
 目を開けているが、想像は天井を見ている森川と同じ気持ちになることで、目の前に天井が見えてくるように思えた。もちろん、男と女の違い、そしてどうやっても触れることのできない森川という男の真髄を考えると、彼の気持ちになるなど不可能なことだ。
 しかし目の前にある天井は真っ白ではない。白い天井には違いないが、少し模様が入っている。
 西洋風な幾何学模様、ルネッサンスを思わせるその模様にきっと見入ってしまうに違いない。
 まず距離感が麻痺してくるに違いない。天井が迫ってくるように見えるのではないだろうか。それは男であっても女であっても変わりない、ずっと見つめていれば遠近感が取れなくなるのは、目の錯覚によるものだ。
 少し今日のこの部屋は、異様な臭いが立ち込めているように思える。異臭とでもいうのだろうか。そのことは満子は分かっているが、森川には分かっているのだろうか?
 一度、同じ臭いを森川の部屋で嗅いだことがある。その時は、
――何の臭いなの――
 と思ったものだが、分かってしまうと、満子は森川が臭いに関しては感覚が麻痺しているのではないかと感じるようになった。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次