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短編集102(過去作品)

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 もっともそれは臭いというだけではなく、雰囲気にも麻痺する要素を多分に含んでいるのだが、そのことを満子に悟られているなど、森川には分かっていないに違いない。
 とにもかくにもさっきまで濃厚で淫靡な雰囲気が部屋全体に充満していたはずなのに、それを少しずつ現実の世界に戻そうとでもするような満子の話は、実にゆっくりとしたペースで進むことになる。
 まったりとした空気の中で、お互いの身体を重ね合っている雰囲気は今までと変わりない。それだけに、異様な雰囲気が部屋の中にはあるに違いない。
 シーンと静まり返った部屋の中で、暑くもなく寒くもない状態を感じていた二人だったが、次第に汗を掻くような雰囲気になってくるような気がしていたのは、お互い様のように思えてならない。少なくとも、満子の身体は森川によってもたらされた快感とは違う興奮が芽生え始めていたのだった。
 満子はゆっくりと続きを話し始める。
「その同僚の人っていうのが、少し変わっていて、あまり他の人と交流するタイプじゃなかったので、警察の方でも捜査は難航したようなのね。もちろん、最初は奥さんが疑われたわ。何といっても知り合いが少ないんですからね。でも、単身赴任ということが奥さんには幸いしたのか、確実なアリバイがあったのよ。奥さんが住んでいるところから旦那が単身赴任しているところまでやってくるのに、どんなに急いでも四時間は掛かりますからね」
「死亡推定時刻が四時間も曖昧ということはないはずだからな。当然、奥さんのアリバイは証明されるだろうな」
 森川が初めて口を開いた。話に興味を持ち始めたようだ。
「彼の性格は結構真面目で、堅物と言ってもいいくらいの人で、だからあまり人との交流もなかったのね。でも、奥さんはアリバイがあったんだけど、それでも警察は奥さんを完全にシロと見ていたわけではないの」
 森川の眉がかすかに動いた。ポーカーフェイスの森川にしては、大いに興味をそそられている証拠だ。
「どうしてだい? 完全なアリバイがあるのに。保険金でも掛けていたのかい?」
 世の中には夫に多額の保険金を掛けて殺害することは多い。ニュースでもよく聞く話である。
「保険金は関係なかったみたい。もっとも、保険金目的の殺人なら、もっとうまいことするはずですよね。部屋の中でナイフを突き立てての殺人なんて目立つようなやり方は少し違うように思うのよ」
「確かにそうだね。事故を装っての殺人なんていうのが毎日のように新聞やニュースをにぎわせているからね。じゃあ、一体どうして奥さんが疑われていたんだい?」
 さっきまでの情事の後襲ってくる気だるい心地よさが次第に切れてきたのだろう。お互いに話に夢中になり始めていた。
 元々満子の方から話し始めたことだが、満子がどうしてこんな話を始めたのかなどということは、森川の眼中にはなさそうだ。それがある意味満子の狙いでもあったのだが……。
「堅物っていう人を森川さんは結構知っていますか?」
 満子は、話題を森川に振り始めた。これが会話のキャッチボールというべきか、相手に意見を求めることで、お互いに自然と話の中に入っていけるのも事実である。
「俺の知り合いにはあまりいないな。どちらかというと、大雑把なやつが多くて、その時々の雰囲気で乗りきるやつが多いな。ある意味大物が多いとも言えるな」
 満子は森川の横顔を見ながら頷いていた。
――それはあなたにも言えることよ――
 と言いたいのを我慢した。ここでそれを言ってしまっては元も子もなくなってしまう。
「そうね。でもね、堅物という人には最初にも言ったけど。変わり者が多いのよ。彼もそうだったみたい」
「どう変わっているっていうんだい?」
 その返事にどう答えようかと少し迷った満子だった。確かに自分から話し始めた話題で、ある程度までは会話を予測していたのだが、さすがに肝心なところまでは想像していなかった。ある意味、その場の雰囲気もあるからだ。
 それに返事一つによって雰囲気が一変してしまうのも事実である。それを恐れているのは、それが情事の終わってすぐだったからだ。
――この場面でのシチュエーションが、一番効果のあるとことだ――
 と感じていたのは間違いない。そして、いずれ言おうとずっと前から考えていたことも事実である。
 ある程度心の中で暖めてきた話題なだけに、話の核心に入ってくると満子も言葉を選んで当然だと言えよう。
 満子は意を決して話し始めた。
「彼ね、奥さんに時々暴力を奮っていたらしいの。虐待とまで言えるかどうか分からないんだけどね」
 満子は森川の横顔を覗き込む。表情はそれほど変わっていない。
――それほど焦らすようなことじゃないな――
 とでも言いたげだが、満子としては、効果を上げようとして失敗したのだろうか。
 いや、満子は森川の横顔を見て、
――残念だ――
 と思っていない。却って、
――効果はあった――
 思っているくらいで、自分ではそれなりに納得している。
「それで警察もなかなか奥さんを容疑者から外すことができなかったんだな」
「そういうことになるわね」
 その時、微妙に森川の表情が和らいだ。
「そういえば、俺もいつ女房に殺されるか分からないな。お前と一緒にいるところを見られたりすると危ないな」
「あら、それなら私の方が危ないわよ。でも、何か危ないことでもあるの?」
「そんなことはないさ。家では静かなものさ」
――森川の家庭などに興味ないわ――
 といった調子で満子は聞いていた。確かに、満子は今まで付き合った男性の家庭に興味を持ったことはない。だからこそ、不倫が続いてきたのだろう。妻帯者とうまく付き合っていく秘訣は、相手の家庭のことを詮索しないことにあることは分かっているつもりだ。
――ひょっとして、自分をオアシスのように見ているんじゃないだろうか――
 いつも感じては消える思いなのだが、当たらずとも遠からじではないだろうか。自分の女房にないところを求めるのもその証拠で、家で得られない興奮や安らぎを満子に求めてくる。それを満たしてあげられる才覚が満子にあるかどうかは分からないが、男が求めてくるのは皆同じものであるのは間違いないだろう。
 だが、満子はそれで十分に幸せだ。
――女性って母性本能があるっていうけど、人から求められることが一番の幸せなのかも知れないわ。求められてこそ花だ――
 子供どころか結婚もしていない満子にとって、男性は皆同じに見える。性格的には違っているのだが、一皮剥けば皆甘えん坊なのだ。それでこそ満子の中にある母性本能が顔を出す。母性本能に惹かれるからこそ、妻帯者が多いと言えなくもない。
 森川の横顔だって、何度でも見てきているが、甘えん坊にしか見えない時がある。そんな時ほど激しく燃えるのが男の性だと満子は感じていた。
 森川の身体から、何となく以前の男の匂いを感じていた。
――懐かしい匂いだわ――
 森川と付き合うようになった最大の理由はそこにあるのかも知れない。
 森川は満子にとって本当に好きなタイプの男性ではない。その証拠に最初出会った頃は、
――この男とはあまり長く付き合うことはないだろう――
 と思っていたくらいだった。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次