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短編集102(過去作品)

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 夢から覚めると隣にいるのは森川である。布団の中に妙な暖かさを感じ、違和感はないが、心地よいと感じることも少なかった。
「嫌ね」
 男に抱かれることに慣れてしまって、身体がそれほど昔ほどの心地よさを感じなくなってしまっていることで歳を取ってしまった自分を感じてしまうのだった。
 森川の身体は大きい。大学時代はサッカーをしていたというだけあって、背が高く、センスもありそうだ。女性にもてたに違いない。
 年齢はそろそろ三十五歳になる頃だという。ハッキリとした年齢をお互いで教えあったことはない。どちらかから教えない限り詮索しないのは暗黙の了解になっていた。それが大人のつきあいであることをお互いに分かっている。
 森川には家庭があった。そのことを知ったのは、彼に最初に抱かれてから後のことだった。他の人から会社で偶然聞かなければずっと彼は家庭持ちであることを教えなかったに違いない。
 ある意味卑怯ではあるが、満子は落胆していない。森川くらいであれば家庭を持っていても不思議ではないし、長く付き合っていくつもりはなかった。長く付き合っていくつもりはないという理由は何も彼が妻帯者であるという理由だけではない。もっと深いところで満子の心の中だけで考えていることだった。
 結婚はしているが、子供はいない。さすがに子供がいればもう少し満子の心に変化があったかも知れないと思う。少なくともそれだけは救いであった。
 いつもは高級ホテルの一室が多い二人だったが、時々ラブホテルを利用することがあった。言い出すのは森川の方である。
「何となく淫靡な感じがして、余計に興奮するんだ」
 と言って目がほのかに赤くなっているのを感じる。普段から脂ぎっている感じのある森川の目が淫靡にぎらぎらと光っている。
 満子も頬を赤めているが、その実淫靡な雰囲気は嫌いではない。それだけ自分が男性に抱かれることに慣れてきた身体になってきていることを自覚しているからで、時々変わった刺激が必要なことは分かっていたのだ。
 自分が淫靡な女に変わってくることは、歳を取ってきた証拠だと思うようになったことで、あまり気にならなくなっていた。それがあまり嬉しいことではないと分かっているくせに、それでもいいと思うのは、女としての諦めが少しずつ現われてきた証拠かも知れない。
 だが、そんな女を欲しがる男がいるのも事実だ。淫靡な女を求める男がいるから、満子も自分が女でいられると思う。それを受身だと言われれば確かにその通りだが、今はそれでもいいのだ。
 満子は、今までに数人の男性と付き合ってきたが、同時に複数と付き合うことはなかった。別に一人の男性に固執しているわけではないのにおかしなものだ。却って一人の男性に一途になるようなタイプの女性の方が二股掛けていたりするのを聞くと、思わず苦笑いしてしまう。
――本当に男女の仲って面白いわ――
 森川との仲もそうに違いない。
 森川は満子のことをどう思っているのだろう。あまり言葉を発することのない森川は、自分の心を表に出すようなことはない。
――相手の女が焦れるのを見て楽しんでいるのだろうか――
 もしそうであるならば、あまり趣味のいい男ではない。中年というにはまだ早すぎるかも知れないが、満子から見ると十分に中年に感じる。服を着ている方が若々しく感じる。別にベッドの中で覇気がないというわけではなく、どちらかというと陰湿なくらいだ。焦らすことを忘れず、まさに熟年の技を身につけているとでもいうのだろうか。一度奥さんがどんな女性なのか見てみたい衝動に駆られていた。
 二人が不倫の関係にあることはきっと誰も知らないだろう。
 満子は今までに何度も不倫の経験がある。本当は未婚の男性と付き合いたいという気持ちもあるのだが、満子が好きになったり満子に近づいてくる男性のほとんどが妻帯者である。
――自分の奥さんにないところを私に求めているのかしら――
 とも感じるが、皆それぞれ求めているところが違うように感じるのは、どうしてだろう?
 森川はどうやら満子の淫靡な部分を求めているように感じる。今までの男性の多くは満子の清純なところに惹かれていたようだ。
 今までの男性が別れる時に、
「君はもっと清純だと思っていたよ」
 という捨てゼリフを残した男もいた。
 満子には意味が分からなかった。どこが変わったというわけではないのに、男性が一方的に離れていった。だが、それも分かってみれば納得のいくことであった。
 今まで偶然なのか、満子が付き合った男性は奥さんはいても子供のいない人ばかりだった。
 捨てゼリフの男も奥さんのいることは知っていたが、どんな奥さんで、どんな生活をしているのか知らなかった。相手の男性の表の顔には興味がなかったからだ。
 といって満子は裏ばかりを好む女性ではないのだが、なぜか男性といる時は裏に回ってしまう憂き目に遭っている。だが、開き直りなのか、そのうちにいい出会いがあると思っているからなのか、慣れなのか、満子には妻帯者と付き合うことに妙な安心感があった。
 後腐れがないからだろう。今まで付き合った男性に後腐れを残して別れた人は一人もいない。皆奥さんのところに戻っていく。満子はきっといいことをしたのだろうと思うようになっていた。
 捨てゼリフを残して去っていった男に、子供ができたという話を聞いたのは、別れて一ヶ月ほど経ってのことだった。
――なるほど――
 子供ができて、彼の奥さんは母親になった。それまで清純を求めていたはずの自分が奥さんの顔や子供の顔を見ることで、父親であり、亭主であることに気がついたのだ。
 忙しい合間にも奥さんの優しそうな顔や子供の顔を見ているうちに、自分が求めていたものが分からなくなったのだろう。森川とはまったく違うタイプの男性だった。
――気弱なところのある人だったけど、いい人だったわ――
 いい人というのが、ある意味都合のいい人だったのかも知れない。満子も、本当は清純だなどと自分では思っていない。魔性の女だとも思っていなかったが、少なくとも彼が求める女性とは少し違っていただろう。それだけに猫をかぶっていたのは間違いのないことで、相手を騙していたことに変わりはない。
――私もそれなりにいい思いをしたのね――
 と思うことが別れの代償になったのだ。
 森川はどちらかというと優しい方ではない。どちらかというとガサツな方なのだろうが、それを感じさせないのは、淡白なところがあるからだ。
 淡白というとあまりいいイメージではないが、森川に限って言えばいいイメージに当たるのかも知れない。
――森川が――
 というよりも、満子と森川の間では悪いイメージではないということになるだろう。
 満子もあまり熱烈な方ではない。妻帯者ばかりがまわりに集まってくるというのも、そのあたりに原因があるのかも知れない。普段から落ち着いた雰囲気を醸し出していることで、相手に安心感を与えるのが満子のいいところであり、悪いところでもあるに違いない。
 長所と短所は紙一重というが、まさしく裏返しの性格を相手がどのように捉えるか、または自分がどのように認識するか、それで短所にも長所にもなりえるものなのだろう。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次