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短編集102(過去作品)

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 とも考えたが、今さら戻っても仕方がない。進むしかないのだ。
 なぜそう感じたかというと、影がさっきまで自分の後ろにあったはずなのに、今度は横に来ているからである。太陽の角度が変わるわけがないので、間違いなく自分が歩いてきた方向に間違いはないのだ。
――それにしてもよく似ている――
 と思いながら歩いていると、さっきまで赤く光って見えていたポストに赤いというイメージがなくなっている。
 そう感じてまわりを見ると、明らかにカラーの部分がなくなってきている。緑は真っ黒に感じられ、白い色がグレーに感じる。カラーの世界からモノクロの世界に急に変わっていた。
 その時に思い出したのが、母親の写真だった。
 背景の色が明らかにモノクロで、奥深さを感じたのは、写真がモノクロになるのを分かっていて背景に工夫を凝らしたのではないかと思えるほどの奥行きを感じた写真だった。今から思えば母親の写真よりも、背景に引き込まれていたのかも知れない。
――母親の後ろに誰かがいるのかも知れない――
 という不思議な感覚に襲われていた。
 だが、その感覚は写真を見た時に思ったのではない。夕凪を感じたその時、モノクロに見える世界で思い出した母親の写真。それが母親の後ろの背景に、誰か違う人物の気配を創造させたに違いない。
 初恋の女の子にも同じことを感じていたのを思い出していた。女性を見ると、母親を思い出してしまうのはマザーコンプレックスだと言われるかも知れないが、母親の写真はまだ自分が生まれる前のものだったはずだ。
――自分の持っていないものを恋人には求めるものだというが――
 と、昔聞いたことがある。いろいろな思いが頭を巡った。すべてが偶然ではないように思えてくる……。

 母親はよく空港に飛行機を見につれてきてくれた。
「昔からあなたはあまり食べる方じゃなかったので、飛行機の好きなあなたに離発着を見せながらおにぎりを食べさせたものよ」
 と笑いながら話していたが、その時はきっと必死だったのは今なら想像できる。
 今でも出張が午後からの時など、少し会社を早めに出てから、デッキで飛行機の離発着を見る。もちろんおにぎりを売店で買ってからである。空港には朝から直接来ても構わないので、他の人でもフライトが午後からの人などは朝ゆっくり出かけて、空港の喫茶店でしっかり時間を潰していたりする。デッキで潰す時間は十分にある。
 轟音には慣れていた。飛行機を見る時のベストポジションと言われる場所はさすがに人でいっぱいである。しかし控えめだった母親は、決して人でいっぱいのところには行かなかった。少し離れたところにいつもいて、子供心に正興はそこがベストポジションだと思っていた。
 だからいつもそこには誰もおらず、一人でゆっくりと見ることができる。
 しかしその日は一人の女性の後姿が見えた。
――どこかで見たことのある気がする――
 と思い、すぐにそれが以前旅行先の神社の前でお祈りをしていた女性だと気がついた。空港の女性も飛行機を見ながら手を合わせていたからだ。
 だが、その表情は以前と違い諦めの表情に見える。正興は勝手な想像をしていた。
――きっと昔の恋人に会いたいと思っているが、やはり会えないことの虚しさを諦めの表情で眺めているんだ――
 いつもここにいるのかも知れない。妙にデッキにいるのを見て違和感を感じないからだ。
「お母さん」
 思わず叫びそうになった言葉を飲み込んだ。
 自分でビックリしていると、彼女が一瞬こちらを振り向いた。その表情は先ほどの諦めの表情とはまるっきり違い、安心感が溢れている。
 顔は明らかに正興を見つめている。目が合っていてかなしばりにあった正興は視線を逸らすことができない。それどころか、彼女に対して微笑んでいる。心から安心感が得られた微笑である。
――無責任な表情をしてはいけない――
 という気持ちとは裏腹に微笑んでいる二人の間に時間を超越した何かを感じた。
 父親は正興が高校の時に亡くなった。父親は財産を祖母から受け継いでいたので、生活には困らなかったが、母親は、さらに物静かになっていた。話しかける雰囲気ではないことが多く、父親が死んでからほとんど話をしたことがなかった。
 その父親と正興はほとんど似ていない。
 母親とも似ていない。むしろ、母親にないところを父親から受け継いだのかも知れないと思っていたほどだが、父親の性格も正興の性格とはかなり違っていた。
――遺伝なんてあるんだろうか――
 と思ったほどだが、空港のデッキで母親の面影のある女性を目を合わせているうちに、恐ろしい想像が浮かんでくる。
――初恋って、偶然の産物じゃないんだ――
 母親の初恋の人は、正興を残して母親の前から、そしてこの世から姿を消してしまっていたのだろう……。

                (  完  )

作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次