小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集102(過去作品)

INDEX|5ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

 同じように手を合わせていると、誰かの面影がよみがえってくるようだった。それは写真のイメージだが、色褪せていて、セピア色に変わってしまっていたものだった。神妙なその顔は、自分の母親で、その写真が母親であると聞かされたのは、まだ正興が小学生の頃だった。
 女性に対しての意識がハッキリと定まる前で、綺麗な人を見て、
――綺麗だ――
 と感じることはあったが、可愛らしい女性というイメージが湧いてくることなどなかった頃だった。可愛らしい女性を意識するようになったのは中学に入った頃で、その頃から女性を異性として見れるようになったのだ。
 その時から、自分のタイプは可愛らしい女性だと思っているが、小学生の頃に綺麗な女性を見て意識がまったくなかったわけではない。それは無意識ではあったかも知れないが、写真で見た昔の母親の面影を意識していたからかも知れない。
 母親の写真の面影を思い出すなど、何年ぶりのことだろう。異性を意識するようになって、母親はあくまえ母親、異性として意識してはいけないという思いが強かった。
 こういっては失礼なのだろうが、今の母親からは、女性としての雰囲気を感じることはできない。どう見ても「おばさん」なのだ。近所のおばさん連中と、井戸端会議でもしている姿が一番似合うのではないかと思えるのは、結構気さくで、あまり人見知りしないところにあった。
 それはそれでいいことなのだが、綺麗な女性というイメージからは、あまりにもかけ離れている。
 写真は明らかにカラーだったが、白黒の方が似合っていたようにも思う。影になっている部分が少し黒く見える方が、ちょっと横向き加減ではあったが、正面をしっかりと見ようという意識のある母親の表情から察すると、表情にさらなる意志を感じることができそうだったからである。
 今でもどちらかというと気が強い方だが、さぞかし独身時代は、自分というものをしっかりと持った女性だったことを思わせる。もし、母親の写真を自分が異性に対して意識するようになって見ていればどうだっただろう? 綺麗な雰囲気の女性が一番好きになっていたかも知れない。
 今はどちらかというと可愛らしい女性を好きになるのだが、なぜか長続きしない。
 相手から別れを告げられることがほとんどで、その度に落ち込んでしまっているが、落ち込みから立ち直る時に決まって感じるのは、
――きっとすぐに飽きていたかも知れないな――
 という思いだった。
 そのまま付き合っていても長続きしなかったことは、相手から言われるまでもなかったということだが、自分の好きなタイプであればあるほど、飽きるのが早いからかも知れない。
 元々飽きっぽいところがある正興だが、逆に他の人の飽きが来るタイプにはいつまでも固執するタイプでもあった。
「俺は飽きるまでずっと続けるタイプだからな」
 と人と話したことがあったが、
「俺は逆に好きなことをすぐに飽きるのが嫌なので、小出しにすることが多いな。好きな食べ物でも、ずっと食べていればすぐに飽きるので、好きなものこそ、たまにしか食べないようにするのさ」
 と言っていた。
「じゃあ、好きなものは先に食べる方なのかい?」
「そうだね。お腹が減っている時の方がおいしいからね」
「それは一理あるな。でも、俺は最後まで残しておく方だね」
「どうしてだい?」
「後口が好きなもので残るだろう。それがいいのさ」
 何とも他愛のない会話である。だが、人それぞれいろいろな考え方があるもので、何も考えずに行動しているように見えても、行動の裏には何かしらの考えがあるということを友達の会話で感じることができた。それは人が考えていることしかりで、また自分が考えていることもしかりである。改まって考えてみると、普段からいろいろ考えていることを今さらながら感じることができた。
 女性の好みにしても同じである。
――あの人綺麗だ――
 と漠然と感じているようで、頭の中ではその人のイメージを何とか膨らませようとしている。
――誰かに似ているな――
 と感じていることは多いが、それも頭がいろいろ考えている中での一つである。特に気になる人に似ていれば、どこがどれほど似ているのか、じっと観察しようとするだろう。相手はその視線に気付いているだろうが、こっちはお構いなしである。
 横でお祈りをしていた女性がこちらを振り向いた時、以前に見た母親の写真のイメージに似ていることを確信した。
――綺麗だ――
 という第一印象に間違いはなかった。
 木々の間から差し込んでくる木漏れ日も境内には差し込んでこない。しかも次第に日が暮れてきているのか、あたりが暗くなってきている。さっきまで吹いていた風が急に止んでしまっていて、少し生暖かく感じる。
 湿気を帯びていて、腕が少し汗でべとべとしていることもあって、風が吹けばすぐに分かるだろう。木々は少し揺れているように感じたが、それは、風が吹いているような音が聞こえたからである。
 肌には風を感じないので、上に行くほど少し風が舞っているのかも知れない。
 暗さを一旦感じると、さっきまでくっきりと見えていた影が薄くなってくる。自分の影、目の前の女性の影、そして大きな木の影、意識して見ていたわけではないが、目に飛び込んできた影に意識が向いたのだ。
 夕方の、風がピッタリと止む時間帯、夕凪というらしい。昔から魔物が現われる時間帯ということで、あまり気持ちよく思われていない時間帯である。
 高校の時の先生でそういう話に興味のある人がいて、話してくれた。専攻は社会科なのに、迷信の類が好きな人だった。夕凪が迷信かどうか分からないが、正興の気持ちの中に不思議な思いを植えつけたのは事実だった。
 話を聞く以前に、夕凪のイメージを肌で感じていたからだった。高校時代は部活もしておらず、夕方の時間にあまり外出することなどなかったが、一度友達の家に勉強しに出かけた時のことだった。
 住宅街に住んでいる友達で、小高い丘の途中に友達の家があった。バス停を降りてから少し歩くのだが、どれだけ上ってきたかを確認したくて下を振り向いた時に見えたネオンサインが綺麗だった。
 一気に汗が吹き出してくるのを感じ、ベタベタはしていたのに、風を感じなかったことだけは覚えている。夕日はまだ暮れておらず、足元から自分の影がまっすぐに伸びているのを感じていた。
 しかし、綺麗な影ではない。自分の身体が歪に歪んでいるように思えてならないような影だった。
――これが自分の影なんだ――
 と初めて感じたが、下り坂に向って伸びている影なので、普段よりも長くなっているはずであるということも分かっていたのは、元々が冷静に分析するのが好きな性格だからであろう。
 踵を返して上っていったが、角を曲がって感じたのは、
――さっきと同じところじゃないか――
 確かに住宅街というのは同じような造りになっていて不思議はない。しっかりと区画整理されているだろうから、そんな錯覚を覚えるのも仕方ないだろう。
――だが、おかしい――
 さっきもあった郵便ポスト、住宅の壁の模様、角にある掲示板、どれをとっても同じにしか見えない。
――戻ってみようか――
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次