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短編集102(過去作品)

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 真っ赤なその鳥居はまだ綺麗で、できたのは最近ではないかと思えるほどであった。きっと数年前に村の人たちで綺麗に塗り替えたのではないだろうか。歩いていくうちに鳥居がハッキリと見えてきた。
 最初見た時はそれほど大きいと思わなかったが、近づいていくうちに思ったより鳥居が大きいことに気付かされる。結構芯が太くて背も高い。目の錯覚だったのかも知れない。
 そう思って歩いていると、坂が次第に急になってきた。最初は緩やかな坂だったのだが、鳥居を過ぎるあたりから、少しずつ傾斜が急になってくる。歩いていてきつく感じるところまでいかないのは、心地よい風が吹いているからだった。
 霧が次第に濃くなってくる。最初に感じた霧よりもさらに深みがある。
 靴音がまるで山にこだましているようだ。確かにこの土地は盆地なので、こだまして聞こえるのも当然のことなのかも知れないが、霧の深さがさらにその思いを大きくしているようにも思えてくる。正興は坂の上を目指してひたすら歩いていた。
――どれくらい上ったのかな――
 と来た道を振り返る。宿の屋根が小さく見え、村全体が見渡せた。下界で感じたよりも山の感覚が狭く感じ、村全体が想像していたよりも小さいことに気付いた。しばし見つめていたが、踵を返してまた山の上を目指した。
 振り返る前は見えていなかったはずの神社が、踵を返して元に戻ると、かすかに屋根が見えてきた。グレーの屋根は確かに神社の社殿である。目的地がハッキリ見えてくると力も湧いてくるというものだ。ゆっくりではあるが、力強い足幅で境内に向って上り始めた。
 境内には大きな気がたくさん生えている。
 子供の頃だったが、家族との旅行で出かけた九州の宮崎に出かけた時に行った高千穂、そこの神社の雰囲気を思い出していた。坂を上っていくと大きな木がたくさん植わっていて、その中に静かに境内が佇んでいた。まさしくその光景が目を瞑れば瞼の奥によみがえってきた。その時の母親が、ずっと手を合わせていたのが印象的だった。
 ここは高千穂だと思って神社にお参りをした。神社の奥には社務所があり、そこにはお守りなどが置いてあるが、神楽の面なども置いてある。神楽といえばまさしく高千穂、この土地は高千穂ゆかりの土地なのかも知れない。
 大きなしめ縄も印象的だ。大きな木に、大きなしめ縄、まわりは静かに霧が掛かっている。木々の間から零れる太陽の光が霧のせいで、しっかりした光線となって降り注いでいる。その先に見えるのは、小さな舞台だった。四方に棒が立てられていて、それぞれに紐が掛かっている。四方の棒にはお払いの時に使う棒の先についている白い紙が風に揺れていたが、どうやらそこで神楽が営まれているのではないかということが想像できるのであった。
 正興は吸い寄せられるように近づいていったが、その脇に一人の女性が立っているのを見てビックリした。
 先ほどまでは誰もいなかったはずだ。境内に上ってくる道もおまいりした時にも気付かなかった。最初からそこに息を潜めるようにしてずっと佇んでいたとしか思えないのだ。
 その女性は白いワンピースを着ていた。見方によっては、白装束にも見えなくないのは、場所が場所だけにと言えなくもない。少し口をぽかんと開けていて、絶えず目は舞台を見ている。そして手はしっかりと胸の前で合わせている。
「こんにちは」
「こんにちは」
 声を掛けると返事は返ってくるが、目は相変わらず舞台を見続けている。
「舞台の上で何か見えるんですか?」
 と率直な疑問をいきなりぶつけてみると、
「ええ、ここの舞台で踊っている神楽の姿が見えるんですよ」
 と言われてじっと見てみたが、さすがに一度も見たことがないのでピンと来ない。
「私は、以前この上で神楽を踊ったことがあるんです。あれはもう数年前になりましょうか」
「そうなんですか。その時のことを思い出しておられるんですね」
 と聞くと、少し俯き加減であったが、
「いえ、そうじゃないんです」
 と、口調は語尾の強いものだった。
「じゃあ、一体どうしてここで佇んでいらっしゃるんですか?」
「ここに来ると、以前別れた人に出会えるような気がして仕方がないんです。二度と会えるはずのない人なんですが、その人とこの場所でだけ、こうやっていれば会えるように思えるんです」
 きっと大切な人を亡くして、その人との思い出がここにあるのだと、正興は感じた。本当にそうなのかどうか、大した問題ではないように思えてくるのは、正興もここに佇んでいれば何か強い力が働いているように感じられたからだ。力を信じるのか、自分の直感を信じるのか、どちらにしても、彼女の行動は正興の想像を超えていたが、無理のないように思えてくることのギャップを大した問題ではないと考えることで解消しようと考えていた。
 その時の彼女の表情を見て感じた。
――この女性の横顔、どこかで見たことあるような気がする――
 と思ったのだが、それは顔が似ているというのではない。あくまで表情が記憶の奥とダブるのだ。
 口を半分開けているが、だらしないわけではなく、絶えず動いている。読経しているのか呪文のようなものを唱えているのか、どちらにしても、声にはなっていない。霧が深い中、小さいながらも耳鳴りのようなものが聞こえてくるが、それが彼女の声を遮断しているのかも知れない。
 正興も彼女と同じように手を合わせ、舞台を見ていた。何もない舞台で何も起こりそうにもない。とにかくあまり信心深くない正興に、舞台の上で何かが見えるはずもない。もし見えていたとすれば、あまり神仏のご加護を信じない正興にとって、却って軽く感じられることだろう。
 すぐに舞台から視線を彼女に移し、しきりにお祈りをしている横顔を見つめていた。やはり以前にどこかで見たことのある顔であることには違いない。
 今までに女性の知り合いというと数名だけだった。彼女のようなタイプは今までの知り合いにはいないはずだと思っていたが、大学一年生の時に付き合った彼女を一番最初に見た時、そんな思いを感じていたように思えた。
 大学時代の彼女は、最初に意識した時には彼女の方はすでに正興を知っていたという。その理由として、
「あなたの視線を感じたからよ」
 と言っていたが、視線を浴びせた記憶はなかった。無意識のうちに視線を送っていたのかも知れない。
 正興にはそういうところがあった。意識しての行動と、無意識の行動とが、明らかに区別されていた時期があった。大学入学の頃など、まさにそんな感じだったに違いない。
――無意識の行動も、きっと気持ちの中の潜在意識が影響しているに違いない――
 と感じていたが、そういう時の方が、自分の中に限り可能性を感じていたものだ。特に大学時代というのは、そういう気持ちに陥ることが多かった。逆にその反動で、見えもしない自分の限界が見えてしまうという欠点があったのも事実で、大学時代というのは、そういう意味では自分の中での可能性を探っている時期だったことには違いない。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次