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短編集102(過去作品)

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 高額商品を買う時というのは、最初から計画をして、金銭的にも余裕を持っている時、買うと完全に決まった段階で購入を考えるので、それほど悩むことはない。だが、千円単位のものを買う時というのは、買おうか買うまいかすら決まっていない時だったりする。時には衝動的に欲しくなる時もあったりで、そんな時に悩むのである。
 以前、友達との話しで、
「お前が人に何かを相談する時というのは、結構自分の中で結論が決まっている時なんじゃないか?」
「そんなことはないと思うが」
 と答え、自分ではそれほどのことを感じたことはなかったが、その話を聞いて、
――言われてみればそうかも知れないな――
 と感じたものだった。車を買う時にその時の会話を思い出していた。何しろそれまでこれほどの高額なものを買うなどなかったことだったからである。
 半年経って研修期間も終わりを告げたが、その時に移動はなかった。そのままその土地での勤務となり、営業でまわりながら道も覚えてきたことで、次第に田舎の生活に馴染んでいった。
 さすがに車を購入したことで、最初に赴任してきた時のような辛さはなくなった。田舎ではあるが、ドライブコースは豊富で、結構遠くまで走ったこともあった。
 完全週休二日なので、土曜日に当番で仕事に出なければいけない時以外は、泊りがけで出かけることができた。
 名所旧跡をめぐるのが好きな正興だったので、自分の赴任した土地の近くにいろいろ遺跡があることを知った時、嬉しくなった。それを聞いたのはまだ車を購入する前だったので、車を購入してドライブに出かける時は、名所旧跡をまわることを楽しみにしていたものだ。
 赴任地は名所旧跡ばかりではなく、海岸線で綺麗なところでもあり、海岸線を横目に見ながら走る姿を想像しているのも楽しかった。平日は仕事が終わってもまだ明るい時間帯なので、海岸線を走らせ、休みになると、名所旧跡を巡ったりしていた。
 名所旧跡の中には観光バスが来るような有名なところから、観光ブックにも載っていない小さなところまでいろいろあったが、時間の許す限り出かけていった。
 そのうちに車の混むところを避けるようになってきた。
 仕事で毎日営業車を運転し、仕事が終わってからもドライブするのでは、さすがに混むところはウンザリである。休みの日も、なるべく混まないところを選ぶようになっていた。
 正興の勤務地から車で三時間ほどのところに、あまり有名ではないが、平家が逃れたと言われる土地があるという。秘境とまでは行かないが、観光ブックにもあまり記載されていない。
 平家の落ち武者伝説というのは意外と全国にたくさんあり、その中の一つなので、どこまで信憑性があるか判らない。だが、そこには平家がいたという話に信憑性を与えるものが残されているというのだが、本当だろうか。それだけの話を聞いただけで、
――行ってみる価値はあるかな――
 と感じた。距離的にも時間的にも一泊で行くにはちょうどいい。途中にも史跡が残っているようなので、そこを適当に見ながら行けばちょうどいいだろう。正興はそう思って土日を使って行ってみることにした。
 秘境と呼ばれるようなところなので、宿があるかどうか不安だったが、いろいろ調べてみると、一軒だけあるようだった。どんなところかは何となく想像できたが、たまにはそういうところもいいだろうということで予約をした。電話に出てきた男の人の訛りが、宿や村の様子が垣間見れるようで、楽しみではあった。
 予定の土曜日は、昼前くらいまで寝ていた。休みの日は目覚まし時計を掛けずに寝ても、普段であれば九時前には必ず目が覚めるのだが、その日は珍しく目覚めたのが昼前だったのだ。
――熟睡していたからかな――
 熟睡して夢を見ると、なかなか目が覚めないものだという。普段は目覚まし時計で起こされて、
――ちょうどいいところだったのに――
 と夢の内容を思い出しては悔しがったものだが、その日は夢を完全に見終わったのかどうかも分からない。夢を見ていたという感覚は残っているのだが、目が覚めた時には、そんな夢だったか、完全に意識の中から消えていた。
 今までにも同じようなことがあった。
 学生時代にもあった。元々講義が朝一番からではない時は、目覚まし時計を掛けることをしない。普段だったら、目覚まし時計を使うことなく目が覚めるのに、時々寝過ごしてしまうことがあったが、そんな時、夢を見た記憶があるのに、夢を思い出せなくて一日中、気持ち悪い思いをしたものだった。
 夢というのは面白いもので、途中で目が覚める時、
――あ、目が覚めてしまう――
 と感じ、本当にそのまま目が覚めてしまう。だが、目が覚めている途中は、目が覚めると夢の中で感じたことは忘れてしまっているようで、どの瞬間で思い出すのか、気がつけば、
――最後まで見れずに残念だ――
 と感じている。
 そして、その時に、同じ夢を以前にも見たような気がすると感じるのも不思議だった。しかも、前に見た時もまったく同じところで目が覚めてしまうのだ。だからこそ、目が覚めた時に夢の途中を思い出せるのかも知れないと感じる。
 旅行の時も、目が覚めてから行動を起こすまで少し時間が掛かった。元々その日の予定は夕方までに目的地に着ければいいという漠然としたものだったので、予定に狂いはないのだが、気分的にスッキリするまで、身体を起こすことができなかった。逆に言えば、身体を起こす気になれば出かけるまではあっという間、出かける用意は前の日から万全だったのだ。
 海岸線を横目に車を運転しながら、普段の営業で出かけるのとは違う気分を味わっていた。途中からはまったく知らないところを走っているにも関わらず、
――前にも走ったことのあるようなところだな――
 と感じたのは、同じような海岸線が続いているからだろうか。
 だがそれだけではないようだ。
――同じところをグルグル回っているような気がする――
 という意識だった。
 小学生の頃、友達の家へ行って帰る時、同じ思いをしたことがあった。住宅街なので、角を曲がっても同じような光景が飛び込んでくるのは無理もないが、その時は遊びに夢中で気がつけば日が暮れていたのだった。
 明かりは街灯ばかりである。右も左も皆同じ光景に見えた。
 住宅地に住んでいる友達は他にもいて、以前にも来たことがあるところだったのに、初めての感覚に戸惑っていた。
 その時帰りは昼間だったので、それほどでもなかった。昼も夜も歩く人はあまりいるわけではなく、閑散としているのには変わりはない。
 それが却って気持ち悪かった。
 昼間との違いは影だった。
 昼間は影を作る元になるのは太陽の光だけである。しかし夜ともなると、明かりは街灯に頼ることになる。歩いていくうちに足元から伸びる影が放射線状にいくつも広がっていることに気付いていた。
 しかも形は歪に見える。いくつもの影が足元を中心にクルクルと回っているのだ。足元ばかりに集中していると、実際に自分のいる場所が分からなくなってしまう。
――同じところをグルグル回っているような気がする――
 という意識に陥ってしまうのも無理のないことだ。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次