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短編集102(過去作品)

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初恋の果て



                初恋の果て


 偶然という言葉と、必然という言葉の区別が最近分からなくなってきた正興は、ちょっと近くに出かけるだけでも、心のどこかにドキドキしたものを感じていた。それが人との出会いであったり、再会であったりと、考えただけで楽しくなってくる。
 しかし、そんな思いは二十代までだと思っていた。そろそろ四十代が近づこうとしているのにそんな気持ちになるのは、きっと偶然を待ちわびる気持ちが強くなったからに違いない。
 若い頃、特に大学時代などは、偶然をちょっとしたハプニングのように感じ、すべて発展性のあるものだと考えていた。女性を相手にしている時に弾む心を思い出しているだけで、まるで学生時代が昨日のことのように思い出せるから不思議だった。
 といっても、学生時代の正興はもてたわけではない。賑やかな性格ではあり、目立ちたがり屋であったが、女性と知り合うことは多くても、そこから先の進展はなかなかなかった。おいしいところは他の人に取られることが多く、ある意味損な役回りであった。
 鈍感なところもあった。
 ひょっとして正興を気にしている女性は、正興が考えているよりも多かったかも知れない。だが、自分の役回りが損なタイプだということに気付いてからは、諦めの境地に入っていた。
――やっぱり、この俺がもてるなんてことはないんだよな――
 必死に言い聞かせていた。
 それでもよかったのは、
――人生まだまだこれからだ――
 という思いが強かったからで、ハプニングを期待しながらでも、自分の哀れさを感じていることで、自分が好きになれると思っていた。
 あまりいい傾向ではないかも知れないが、高校時代までの自分が暗い性格だったことを考えれば、ピエロのような役回りであっても、人の役に立つことができるだけ、素晴らしいことではないだろうか。今は損な役回りでも、そのうちにおいしいことが回ってくるはずだと信じていれば、絶対にいいことがあるはずだ。大学時代とは、それを信じることができる時代なのかも知れない。
 果たして信じる者は救われた。大学一年の秋、一人の女性と知り合うことができた。
 彼女は、同い年であったが、高校を卒業してそのまま就職した女の子だった。
 もちろん、それまでまったく面識はなかった。いや、そう思っていたのは正興だけで、彼女の方は、正興を知っていた。正興にとって初恋ではなかったが、初めて付き合う女性だったのだ。その時に正興は感じた。
――偶然であっても、前から知り合うことを約束されていたんだな――
 と……。

 大学を卒業して入社した会社は出張が多かった。特急電車での出張も多かったが、飛行機を使っての出張も多かった。
 会社に入るまで飛行機に乗ったことのなかった正興は、初めて飛行機での出張の時は、同行してくれた先輩に構わず、一人気持ちは興奮していた。
 明らかに緊張とは違う興奮である。先輩は子供のようにはしゃぎそうな気持ちになっている正興の気持ちは分かっていたかも知れない。見て見ぬふりをしながら、苦笑いをしていたのを横目で見ながら気付いていた。
 滑走路に止まって加速する前の瞬間が一番の興奮だった。加速が始まり、気がつけば離陸していた。車輪が胴体に納まる音を聞きながら、身体が宙に浮いてくる感覚を味わっている。
 下を見れば見る見るうちに家が小さくなってくる。飛行機の醍醐味はあっという間のことだった。
 正興が飛行機の離発着に興味を持ったのは、その頃からだった。
 正興はあまり飽きる性格ではない。すぐに飽きることもあったが、それは誰が見てもすぐに飽きが来るもので、他の人がすぐには飽きないことは、正興は少々続いても決して飽きることはない。堪能する術を、無意識ながらに心得ているのかも知れない。それが正興の得な性格の一つではないだろうか。
 正興の母親は、飽きることを極端に嫌う人だった。
 赤が好きで、自分は赤をそろえるくせに、子供に対しては、
「赤はすぐに飽きが来る色だから、避けた方がいいわね」
 と言って、あまり赤や青のような原色系統の服を着せたりはしなかった。
 それこそ親のエゴなのだろうが、小さい頃の正興にはそんなことが分かるはずもない。それが普通だと思っていて、いつも地味な服を着ていた。だからこそ、高校時代までは目立たない性格で、それが自分の性格だとずっと思い込んでいたのだった。
 そういう性格は表にも出るもので、決して出しゃばったことをせずに、必ず誰かの後ろに隠れて見えないような存在に自分の身を置いていた。それが、高校時代まで無意識ながらの、
――賢い生き方――
 なのだった。
 就職した時は支店勤務だった。決して都会とは言えないところでの生活は、大学卒業まで過ごした東京とは打って変わって何もないところである。
 仕事をしている時はそれほど辺鄙さを感じなかったが、休みの日に出かけるとしても、中途半端な街では出かけるところも知れている。大学時代のように友達がいるわけではないので、一人寂しくアパートにいるしかなかった。
 会社では皆が先輩である。休憩時間になっても男の人の話は仕事の延長で、趣味の話が出てくることがないのは、さすがに社会人なのだと感心したものだ。
 新入社員は数名いたが、皆それぞれの赴任地に振り分けられ、同じ支店に二人というのはなかった。それも会社の方針のようで、会社の先輩とのコミュニケーションを図るのが目的だということだ。
 新入社員なので、使えるお金があるわけでもなく、自分の車もない頃である。車でもあればどこかにドライブでも行けるのだろうが、それには、半年は我慢しなければならなかった。
 それも最初からの計画で、自分の給料と生活費から、頭金を計算して、半年くらい切り詰めれば中古車でも手に入れられるという計算をしていた。
 ただ、この会社では新入社員の半年間は研修期間として設けられているが、研修期間が終わってから、また別の支店に赴任になる可能性は高いという。最初に赴任した土地でのドライブが実現できるかどうかは、微妙なところであった。
 夏が近づいてくると、さすがに車がないときつくなってきた。少し無理をしてでもいいと考え、当初の予定より一ヶ月早めに車を購入した。
 実は七月くらいから先輩が知っているという中古車ディラーに話をしていたので、車についての情報は逐一入っていた。
「いい車が入ったらしいんだが、一緒に見に行かないか?」
 と先輩に声を掛けられ、一緒に見に行った。自分が考えていた金額、そして車の種類、いくつかのパターンを思い描いていた中でも最高に近い形の条件だった。
――これを逃す手はないな――
 ということで、二つ返事での購入となった。
 ここが正興の性格なのだが、高額のものを購入する時、必要以上に悩むことはない。かといって、正興はすぐに決めることのできる性格ではなく、結構優柔不断なところがあるために、中途半端な金額のものを購入する時、必要以上に思い悩む。
 千円単位のものを購入する時など、一時間以上も、
――買おうか買うまいか――
 と悩んだ挙句、さらには、
――どの種類にしよう――
 と悩んでしまうのだ。
 これではなかなか決まるはずもない。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次