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短編集102(過去作品)

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 まさか、それを海のリゾートで味わえるとは思っていなかった。ここの場所は海の効用以外に山の効用も受けられる場所であった。
 森の中は、三浦少年が考えているほど狭いものではなかった。横に少し広がった楕円形のようになっていて、思わず探検してみたくなるところでもある。朝の散歩の時は暑くなる時間帯などで厳しいが、夏の間はなかなか日が暮れないのをいいことに、夕方の散歩の時間に探検してみたいという気持ちが湧きあがってきたのも事実であった。
 リゾートであるその場所は、自分が住んでいた都会に比べて確かに日が暮れるのが遅い気がした。
――気のせいかな――
 と感じていたが、こちらに来てちょうど三浦少年の身体がこの土地に慣れ始めた頃、母親も同じことを感じていた。
「このあたりは、本当に日が暮れるのが遅いみたいね。潮風のせいでなかなか洗濯物が乾かないと思っていたけど、日が暮れるのが遅いので、その心配はないわ」
 三浦少年と違い、主婦にとっての日常生活の中から感じたことなので信憑性は十分にあるだろう。だが、それよりも三浦少年としては、自分の感覚がまんざらではないということを自覚できる事実として受け止めることができたのが嬉しかった。
 森の中に分け入るにはさすがに勇気がいった。いくらまだまだ日が沈まないと分かっていても、何が出るか分からないからだ。それでも新しい土地に来て一人でいることに不思議な勇気を与えられた三浦少年は、冒険心を満たすだけでいいという気持ちを持って、少しだけ分け入った。
 舗装もされていない道なき道を歩いていると、足元があまりにもぬるぬるしているのを気にしないわけにはいかない。確かになかなか日が当たらないところで、たくさんの木々が根を下ろしているので、足元が湿気を帯びているのは最初から分かっていることだった。
 だが、ただのぬるぬるではない。
――どうやら粘土質のような感じなのかな――
 粘土質のところに大きな木が本当に生えるものなのか分からないが、粘着の状態に水が浮いているのを見ると、やはり粘土質のようだ。
――あまり深入りしない方がいいかな――
 勇気とは違う意味で、気持ち悪さを感じた。森を横切る大きな道の途中から、一本舗装された道が続いていて、その入り口には立て札が立っていた。
――どうやら別荘に繋がっている道のようだ――
 と分かっていて、冒険ついでに近いうちに行ってみようと思っていたのだが、粘土質を見てしまった以上、もう冒険心を起こす気にはならなかった。散歩コースは散歩コースとしてメインの道を通るだけにすることにしたのだ。
 リゾートから森を抜けると、その先にあるのは別荘地に続いている砂浜に出る。
 三浦少年が砂浜に出る頃には、もうほとんど誰も砂浜にはいない。朝の散歩の時もあまり人を見たことがないので、この砂浜で遊ぶ人が少ないのではないかということを想像させた。
 というよりも、ここの存在自体、それほど知られていないのかも知れない。
 この街をリゾートとして利用している人のほとんどが、リゾートホテルを利用している。
 リゾートホテルから、砂浜まで来るのには、必ず森を通ってくるルートしかなく、このルートは結構遠回りになっているのだ。小高い丘の上に聳えているリゾートホテルから砂浜は見えるだろうが、そこから来るのに距離が掛かってしまっては、なかなか行ってみようと思う人も少ないのだろう。
 何といっても、至れり尽くせりがモットーのリゾートホテル。ホテルの敷地内だけでも十分に楽しめるのだ。
 数日間の滞在くらいなら、ホテルの中の施設を楽しむだけでいい。家族連れやアベックなどはわざわざ表に出ることはしないだろう。リゾートホテルの利用者は、そんな人たちばかりである。
 三浦少年も、リゾートホテルの施設は利用している。父親の会社がリゾートホテルの親会社と取引があるようで、割引券を貰っていたからだ。
 温泉はもちろん、テニスコートにプール、小さな遊園地のようなものから、はたまたゴルフコースまであっては、
――なるほど、これじゃあ、表に出る必要もないな――
 と思わせる。ホテル自体が小さな街の様相を呈しているのだ。
 三浦少年が散歩コースを歩いていて、ほとんど誰とも人と遭うことなどない。車は適当に通り過ぎるが、歩いている人もほとんどおらず、閑散とした道を一人、足元から歪に伸びている自分の影を見下ろしながら漠然と歩くばかりだった。
 森を抜けて砂浜に入ると、海が光っている。
 砂浜と道の間には土手になっていて、そこで小休止をするのだが、砂浜はそれほど大きなものではない。少し歩けば海に入り込むほどの短さで、これではなおさら誰もここまで来ることはないと思った。
――テレビで見る砂浜って、もう少し大きいよな――
 砂丘のような大きなものをまさか想像していたわけではないが、三浦少年は砂浜に対して格別な思いを持っていた。
 明らかに建物が建っているところとは土の質が違っている。しかも海辺でしか見ることができない砂のきめ細かさ、一体どこから来るものなのか不思議で仕方がない。
 鳥取砂丘のように日本の砂漠と言われるところは海のそばにあるのだが、世界的に大きな砂漠と言われるところは海のそばにあるとは限らない。むしろ内陸部に存在していることが多いではないか。日本の場合は逆に内陸部に砂丘など聞いたことがない。砂地の広がりというと、砂浜しか思い浮かばない。
――こんなことを考えるのは、僕くらいなんだろうな――
 と苦笑いを浮かべながらいつも土手に座って砂浜の向こうに見える水平線を見つめている。
 いつも同じである。土手に座ると、同じ疑問が頭を擡げ、まったく同じことを考えているのだ。
――同じ時間を繰り返しているみたいだ――
 と感じるのも無理はなく、そこだけ時間が止まってしまったような錯覚に陥ってしまう。なかなか腰を上げられない理由の一つはそこにあり、最初にまず同じことを考えて、それから違うことを考えるからだ。そんな日々がやはり半月くらいは続いたであろうか。
「一人でいて寂しくないかい?」
 と母親から話しかけられるが、
「大丈夫さ」
 といつも答えている。訊ねている母親の表情が、まるで探りを入れるような雰囲気であることに気付かなかったのは、散歩中誰と会うこともなく、人と接触しなかったからに違いない。
 母親の雰囲気が表情に表れているのに気付いたのは、この土地に来てからそろそろ一月が経とうかとしている頃だった。
 母親と少しぎこちなさを感じ始めて、散歩の時間が楽しみになってきた。散歩が本当に楽しいわけでも、母親と離れて一人でいることが楽しいわけでもない。その時の母親と一緒にいない方が、何となく落ち着くというだけだった。
 リゾートとはいえ、雲ひとつない晴れ上がった日ばかりとは限らない。その日は朝から雲が多く、あまり気分が乗らなかったが、それでも日課となった散歩は欠かすことなく出かけていった。
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次