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短編集102(過去作品)

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三浦少年



                三浦少年


 自分にとって
「人生の分岐点はいつだったのか?」
 と聞かれたら、
「小学生の時だ」
 と迷わず答えるだろう。
 三浦氏は子供の頃から身体が弱く、あまり急激な運動などはできなかった。それは今でも変わらないが、成長していくにしたがって徐々に体力もついてきた。今は普通の生活をする分には、何の支障もない。
 小学生の頃は、両親が心配するほど身体が弱かった。心臓に無理な刺激を与えてはいけないという医者の話もあり、夏の時期などは、都会を離れてどこかで静養するように言われていた。夏休みのなると父親の会社の保養所が海の近くにあるので、そこで保養することになった。一応一軒家になっていて、母親と一緒にやってきていた。
 最初は友達もいないところでしかも田舎ということでカルチャーショックに襲われていたが、友達といっても、身体の弱い三浦少年が他の友達と一緒に遊べるはずもなかった。いつも皆が遊んでいるのを遠くから眺めているだけだったが、別に羨ましいと思うわけでもない。どちらかというと淡白な方だったのだ。
 いつ頃から身体がいうことを利かなくなったのか分からない。医者も生まれつきではないという話をしていたので、どこかでおかしくなってしまったのかも知れない。
 三浦少年は一人っ子で、両親は社内恋愛だった。当時課長をしていた父親の部下として短大を卒業してきた母が就職した時、すでに三浦少年がこの世に生を受けることが約束されていたのだ。
 どういういきさつで両親が結婚したのかは分からないが、出会いというものに興味を持ち始めたのは、ちょうど保養地に行き始めた頃だった。学校では友達ともあまり話をすることもなく、一人でいることの多い三浦少年にとって、出会いというのはあまり興味がなかった。保養地というのはリゾートでもある。その場所では嫌でもまわりの出会いをたくさん目にすることになるかも知れないということは、保養地に行ってすぐに感じたことだった。
 三浦氏は、少年の頃から勘が鋭いところがあった。しかし、それはまわりのことであって、肝心の自分のこととなると鈍感だった。
――そんなものかも知れないな――
 身体の弱さと引き換えに勘が鋭いくらいのことはあっても不思議のないことである。しかし、それでもやはり自分のこととなると鈍感である。逆にまわりに鋭いだけに、自分に対して鈍感な自分が気になってしまうのも仕方ないことだった。
 だが、そのことに気付いたのはずっと後になってからのこと。最初は予知能力のようなものが備わっているのではないかと思っていた。
 初めて親から連れて行かれた時、そこはまったく知らない世界だった。
 街の入り口にあたるところに車を止めて眺めてた。そこは小高い丘になっていて、正面を海に、街全体を見渡せる。
 海の向こうには鈍色の空が広がっていて、決して晴れやかではない気持ちを表しているかのようだった。入り江のようになったところは漁村になっていて、入り江の奥に行くほど小高い突起物のように海にせり出している一帯がある。
 そこがリゾートと呼ばれるところのようで、海の傍には大きなホテルが建っていた。
――こんなところで暮らすのか――
 とリゾートだと聞いていただけに落胆はひとしおで、一瞬目の前が暗くなったのを覚えている。あまり気持ちを表に表すことのない三浦少年だったが、その時だけがさすがに落胆の表情が親にも分かったかも知れない。
――まさか、リゾートが漁村と続いているなんて――
 だが、どうしようもないことだ。すでに医者の意見を取り入れて、保養所を借りてしまっている。今さら変更ができないことは子供の三浦少年でも分かることだった。
 隣の母親も同じ気持ちなのかも知れない。下から見上げた時に見たその表情には三浦少年の言いたいことがそのまま表れているように思えた。そして次に発した母親の一言、
「住めば都っていうものね」
 という言葉を聞いてハッキリと分かった。
――そうやってお母さんも自分に言い聞かせているんだ――
 同じ言葉を三浦少年も心の中で反芻していた。
 だが、見ているうちに少し違った気持ちが三浦少年に芽生えていた。
――これは初めて見る光景ではない――
 という感情である。
 どこで見たかと言われるとハッキリと分からない。何しろ最近のことなのか、かなり前のことなのか、写真で見たのか、絵で見たのか。実際に見たことがあるという思いも捨てきれないでいた。実に不思議な感覚だった。
 夏の海というのは、蒸し暑い中、さらに潮風は吹いてきて、身体にベタベタと纏わり着いてくる。
――あまり気持ちのいいものじゃないな。こんなので本当に保養になるんだろうか――
 と思ったが、それでも潮風は悪くないということでこの場所に決まったようだ。
 最初こそ気持ち悪かったが、別に昼間表に出て活動するわけではないので、それほどきつくもなかった。朝と夕方に散歩に出かけるのが日課になっていて、最初は母親もついてきたが、そのうちに一人で出かけるようになった。こちらに来て半月経つ頃には、母親と三浦少年は、それぞれ単独行動を取るようになっていた。
 別に母親が一緒でなくともいい。却って一人の方が気が楽というものだ。朝夕の散歩コースはいくつかパターンがあったが、通る場所は同じであった。ルートが違うだけのことである。
 あまり漁村の方に立ち寄ることはない。元々住む世界が違うとまで感じていたが、どうにも魚の生臭さは苦手だった。最初海が苦手だと思っていたのも、実際は潮風に乗って運ばれてくる魚の生臭さが苦手だったのだ。
 気持ち悪さから吐き気を催してきたこともあった。それを必死で我慢していると額から汗が流れるのを感じ、気が遠くなりかかったこともあったくらいだ。本当に最初の数日間は、
――こんなところには、一時たりともいたくない――
 と感じていた。
 だが、散歩を始める頃になると、完全に慣れてきていた。
「どうなることかと思ったわよ」
 母親は苦笑いするが、それだけ大変だったのだ。
 散歩コースはリゾートホテル、別荘地、そして、そこを結ぶ小高い丘を通り抜けて、砂浜を少しだけ歩くことになる。
 小高い丘は、海辺であるにも関わらず。まるで山のように森になっていて、緑鮮やかな道が唯一清涼感を与えてくれる。
――海の近くにこんなところがあるなんて――
 実に不思議だったが、これも以前に想像していた場所のように思えてきた。三浦少年にとって、そちらの方がよほど不思議だったのだ。
 森にはあまり日が差し込んでこない。夕方の散歩の時間など、西日が差し込んできて、却ってその瞬間だけ眩しく感じられるが、決して不快ではない。木漏れ日を身体に浴びて、本当に痛いと感じるなど今までに考えたこともなかった。
 熱いわけではなく、痛いのだ。
――きっと身体のどこか悪い部分を刺激して、そこが痛んでいるのかも知れない――
 もしそうであるならば、身体が快方に向っているということで悦ぶべきことだろう。治療と思えば痛くないと思える程度の痛さである。身体にいいに決まっていると勝手に思い込んでいた。
――森林浴という言葉は本当にあるんだな――
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次