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短編集102(過去作品)

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「一途になられても困るからさ。特に不倫の関係で一途というのは禁物だろうからね」
「まるでいろいろな経験がおありのようね」
「ああ、それなりにはあるかも知れないな。こういうことは隠しておくことじゃないし、最初に話をしておいた方が、お互いにいいんじゃないか?」
 と言った会話だった。ハッキリと言葉の一つ一つを反芻できるわけではないが、大まかには間違っていない。
 その言葉の中に隠された事実として、森川を本気で愛した女性がかつていたということを想像することができる。そのことを認識しながら嫉妬心が沸いてこないということは、満子は森川を心底愛している部類には属さないということだ。
 しかし、森川がかつて本当に愛した人がいるということで、森川に対して嫉妬心が芽生えることはないのに、その相手の女性に対してものすごく興味が湧いてくるのはなぜだろう?
 今までに関係のあった男性にも同じように心底愛した人がいたはずだ。
 満子が愛までを感じなかった人、森川と同じような気持ちで付き合っている人にも、かつて愛した人がいたということを聞いたことがあり、嫉妬心が沸いてくることもなかった。もちろん、相手の女性に対して何も感じることがなかったが、本当は感じない方が当たり前である。
 満子は、自分の身体があまり綺麗でないことにコンプレックスを感じていた。ところどころに傷跡がある。どうしてついたのか自分では覚えていないのだが、不思議なことに、ベッドの中で傷跡を見ると森川は燃えるのだ。
 最初は、普通に愛し合っていた。満子がなるべく傷跡を隠そうとしていたからだ。だが、すぐに森川に見つかってしまい。
「ああ、恥ずかしい」
 と思わず手で顔を覆ったものだ。本当はそんなしおらしいことをする女ではないはずなのに、どうしてそんな行動を取ったのか、自分でも分からない。
 だが、その行動と傷跡の生々しさが、森川の性欲に火をつけた。
 目は血走り、鼻息は荒くなり、まるで赤いシーツの前にいる猛牛のような勢いだった。
 満子は震え出した。しかし、その震えは怖さからではない。その異常なシチュエーションに興奮していたのだ。
――これから一体どんなことになるのだろう――
 怖さが期待に変わっていく自分の意識が麻痺してくるのを感じていた。
 その時、匂いを感じていた。森川に最初感じた匂いだったが、それは森川の身体から発せられるものではなかった。明らかに満子の身体から発せられるもので、どうして何もつけていない自分の身体から異臭がするのか分からなかった。
 その匂いが異常な性欲に火をつけた。今までにない興奮が満子を襲い、森川の身体を貪る。
――だけど、本当に今までになかった興奮なのかしら――
 快感に意識が麻痺している中で、シチュエーションに懐かしさを感じていた。懐かしさがさらなる興奮を呼ぶのだから、相乗効果になっているのは間違いない。傷跡を舐められて、思わず声を出してしまう自分を、
――変態じゃないのかしら――
 と感じながら溺れていくのは、森川の身体に酔っているというよりも、自分に酔っているのだ。
 快感はこれ以上ないところまで昇りつめると、最後は一気に燃え尽きる。森川も同じだった。ぐったりとなって苦しいほどにのしかかってきた身体の重たさを感じながら、虚空を見つめていた。
――この人は私に大変なことを隠している――
 ベッドの中でぐったりとなっている姿を横目に見ながら、満子の頭の中は急激に冷静になっていた。
 最初の日にそれだけのことがあったのだ。好きではなくとも、森川から離れられるわけがない。懐かしさがどこから来るのかも気になるし、それが自分の身体にいつの間にかできていた傷跡を解決してくれるかも知れない。
 その秘密を解く鍵は、匂いにあるのは間違いないだろう。
――自分を酔わせる匂い――
 森川と一緒の時にしか感じないのも、鍵の一つに違いない。
 今までに何度も森川に抱かれてきたが、今日は少し違う。前の日の目覚めが不思議なものだったからかも知れない。
 まず、匂いが変だった。懐かしくもあり、苦しくもあり、切なくもあった。夢を見ていたはずで、懐かしさだけは感じるが、どんな夢だったかは目が覚めてしまうと完全に意識の中から消えていた。
 そんな思いの中、
――今日は森川に会わなければいけない――
 と感じたのは、抱かれたいからという気持ちとは違っていた。
 本能が感じたことに違いはないのだが、それが欲望からのものではない。おそらく夢の中で感じたことだったに違いない。
 ベッドの中でいつものような静寂の中、官能に満ちた規則的な声が耳の奥へと通り抜ける。次第に意識が朦朧としてきて、体が宙に浮く感覚を味わいながら、通りのよくなった鼻腔にいつもの刺激臭が襲い掛かる。
 腕に力が入ってくる。何かの力に手繰り寄せられるように満子の腕に入った力は、今までか弱いと思っていた自分ではないかのように思えた。
 ハッキリと、男の存在を感じた。
 満子が話した殺人事件。その時に殺された男とはかつて関係があった。
――ひょっとして彼を一番愛していたのかも知れない――
 殺された男の顔が浮かんでくる。それは断末魔の時の表情だが、何とも薄気味悪い。死を目前にして笑っているその姿は、殺そうとしている男に躊躇いを生じさせる。
 またしても、満子の心はここにあらずで、彼が殺されたシーンを想像してしまていた。
 殺そうとしているのは、森川である。森川は彼の奥さんと関係があって、奥さんが夫の異常性欲にウンザリしているところをうまく言い寄ったようだ。
 だが、奥さんも異常性欲に知らず知らずのうちに陶酔していたのだろう。森川との関係を断って、夫の元に戻ろうとした。
 焦ったのは森川だった。普段冷静沈着な森川だが、それはいつも自分の計算どおりにいくからである。その時のように計算が狂ってしまった時は自分でもどうすることもできなくなるに違いない。
 森川は夫の殺害を計画した。森川が冷静に計画したのだから、そう簡単にボロがでることもない。
――何しろ、森川のそういうところが離れられない理由の一つなのだから――
 と思う満子だった。冷静沈着なだけに間違いはないということだ。
 森川と満子が知り合ったのも、そう考えれば偶然ではないのかも知れない。彼が引き合わせたと考えれば今日の満子の行動も納得がいく。
 満子は今日の日のために森川と一緒にいたのだ。彼が森川に抱かれる満子をどう思って見ていたのか分からないが、森川と一緒にいる時の匂い、それがシンナーによる刺激臭であることが分かると満子も納得がいく。
 今、満子は森川の首を締め上げている。手伝っているのは、もちろん殺された彼だ。
 満子は森川の顔を見ながら一瞬ぎょっとした。彼の顔が首を絞められながら歪に歪み、その表情からは嫌らしい微笑が浮かんでいる。
 満子がぎょっとしたのは一瞬だった。
 なぜって?
 満子自身も森川の首を絞めながら、顔を歪に歪め、嫌らしい笑みを浮かべているからであった。
 部屋の中は絶えず静寂で、湿気を帯びた空気は、シンナーの異臭でどうしようもないくらいに爛れていた……。

                (  完  )


作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次