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短編集102(過去作品)

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 他にも長く付き合っている理由はあるのだが、それとはまったく別の感情で懐かしさを覚えるのだ。
 満子にとっての懐かしさという感情は、田舎から出てきてからしばらくして感じた田舎への思い、それも匂いからだった。
――あれだけ田舎の匂いを嫌っていたのに――
 田舎の匂いは独特で、どんなに洗い流しても沁みついたものが離れない。長年にわたって沁みついたものなので当たり前といえば当たり前だが、女が感じる匂いも、独特の匂いには敏感である。
 それが男の匂いであればさらなる思いが深くとも当然と言えるだろう。
 今まで付き合ってきた男性にはそれぞれの匂いがあった。
 思い出したい匂い、思い出したくもない匂い、それぞれに懐かしさがあり、森川に感じた匂いは、半分思い出したい匂いであったが、半分は思い出したくない匂いでもあった。
――相手が違えば匂いも違う――
 一体誰の匂いだったのか、思い出せそうで思い出せない満子は自分がもどかしかった。女にとって、男の匂いを覚えていることは誇りのようにも感じていたが、それも男性に母性本能を抱いていたからだ。中には悪い男もいたが、どうしようもなく嫌いな男はいなかった。それも満子は自分の女としての度量のように思えてならない。
 今、満子は、
――自分が森川の妻だったらどうだろう――
 と考えている。
――素直に彼の言うことを聞く優しい奥さんには絶対になれないわ――
 よほど忍耐強い人を奥さんとして想像していた。自分から意見も言えないような物静かな女性。それと自分をダブらすことなどできない。
 満子はそんな女ではない。魔性というほどではないが、何人もの妻帯者と付き合ったことのある女性で、しかもそれを自慢のように思っている女性。今さら大人しい女性のフリなどできるはずもない。
 しばらく森川の横顔を見ていると、今まで想像もできなかった森川の奥さんの姿がシルエットとなって瞼の裏に浮かんできた。
――どうしたことなんだろう――
 女というのは突飛な想像が急に浮かんでくるものだと、満子は今さらながらに感じていた。
 森川の奥さんが怯えきっている。
 誰かに助けを求める眼差しを送っているが、まわりの人は皆見て見ぬフリをしている。見えていないわけはない。首を少しずらして皆視線を向けている。
 奥さんは痛いほどその視線を浴びているのが分かっているのに、誰も助けてくれないことに憤りを感じているのだろうか?
 いや、そういうわけでもない。人に助けを求めているわりには、怯えだけしか感じられないのだ。
 中には露骨に嫌な顔をしている人もいる。それは男女問わずである。哀れだと思いながら助けないのは、相手の気持ちが見えているからかも知れない。
 露骨に嫌な顔をしている人は、まるで変態でも見るような目で見ている。何とその中に自分がいることに驚いて正気に戻った満子だったが、今までにも同じ思いを何度もしたように思える。
 満子は時々、意識が飛んでしまうことがあった。
――起きているのに、夢を見ていたような気がする――
 と思うのだが、夢を見ていたと思うほど時間は経っていない。三十分は熟睡しないと見れないほどの夢を見たと感じても、気がついてみれば五分ほどしか経っていないのだ。
 元来、夢というのはそういうものなのかも知れない。起きていて見る夢は正夢ではないかと感じるが、満子は特に信じない方だ。だが、あまり多いと気持ち悪いのも事実で、どこか心の中にわだかまっている何かがあるに違いないと感じていた。
 森川の奥さんの怯えは、森川に対するものだ。
 森川という男、家にいる時と、満子といる時とでは、まったく違う顔を持っているのかも知れない。男というのは、少なからず表と裏の顔を持っているもので、それは男に限ったことではないが、女から見て男は、男から見て女は、余計に裏表を感じてしまうものだ。
――自分のまわりにいる人には裏表なんてない――
 そう思いたい気持ちの裏返しなのかも知れない。
 森川に会社の同僚が殺された話をしたくなったのも、そのせいかも知れない。同僚の奥さんが虐待を受けているという事実。そして、夫婦間での暴力や虐待が、満子が感じているというよりも多く、さらには身近なものであるということを悟ったからではないだろうか。
 男にとって女は都合のいい時に利用するものだと思っている男性は少なくないだろう。それでも男に従っていく女性は世の中にはたくさんいる。それはそれでうまく行っているので悪いことではないだろう。それ以上は家庭内への干渉になってしまう。
 それだけに家庭内暴力や、虐待の問題は難しいのだ。
 森川の場合はどうだろう?
 もし森川が本当に奥さんに虐待を加えるような男であるならば、そしてその事実を知るに至ったら、満子は森川から離れるだろうか?
 満子のまわりに暴力、虐待と思える事実は今までになかったように思えたが、よくよく思い出してみると、自分の小さかった頃、苛められっこだった。
 本人に自覚がないのだから、苛められていたのかどうか分からない。だが、同窓会などで会った友達からは、
「あの頃はよく苛めたりしたけど、ごめんね」
 と謝ってくれる。キョトンとしている満子を見て少し怪訝な表情をする友達だったが、すぐに気を取り直して、
「もう時効よね」
 と言って、自分から話題を振っておきながら、勝手に仕舞ってしまう。自覚がないということを皆知らないのだ。
 苛められることに快感を覚える人たちがいるというが、彼らにはどんな自覚があるのだろう。最初はやはり辛かったはずだ。それが慣れてくるのだろうか?
「自分の奥底に潜んでいた何かが目を覚ますのさ」
 と、誰かが言っていたが、その人は別に変わった性格でもないので、説得力には欠ける。それでも誰も口にしなかったことを説明してくれることで、言葉として記憶に残っている。
――記憶が飛んでしまうというのは、どういったことだろう――
 瞬間的な記憶喪失もあるだろう。また、麻薬のような薬により意識が朦朧としてくることもあるだろう。
 また、自尊心の強い人は、自分の世界に入り込んでしまうこともあるのではないか。人によって、または状況によってさまざまであるに違いない。
 満子は森川の横顔を見ていて、今までの男のことを思い出していた。
 関係のあった男の中で、心の底から愛していた人もいたが、何となく付き合っていたと思える男もいる。森川は、どちらかというと、何となくに属する方かも知れない。
 森川は満子のことをどう思っているだろう。森川だって、今までにいろいろな女性と関係があったに違いない。森川は満子が今までにいろいろな男性と関係があったことを知っている。満子を最初に抱いた時に気付いたようだ。
 裏を返せば、たくさんの男性と関係のあった女性がどんなものであるか知っているということである。最初の日、ベッドの中での会話を思い出していた。
「君は、結構いろいろな男性に抱かれてきたようだね」
「まあ、どうして、いきなりそういうことをおっしゃるの?」
「私は経験豊富な女性は嫌いではないのでね。もっとも、一人しか知らないという女性だと却って怖い気がするんだ」
「それはどうしてですの?」
作品名:短編集102(過去作品) 作家名:森本晃次