やる気のない鎌倉探偵
実際に、ネットの投稿サイトに挙げられている作品で、見るに堪えないものも散見する。文学の倫理にそぐわないのではないかと思うものもあったりする。やはり時代の流れと称して、ライトノベルやら、ケイタイ小説などという無駄にスペースが多く、原稿用紙の枚数でも稼いでいるのではないかと思えるような作品には目を覆うものも多いような気がする。
作品の品格が地に落ちたことが招いた出版業界の危機は、本屋自体の数を減らしていることにも繋がっている。
そのことを憂いているのは、鎌倉氏だけではないだろう。
彼のようにプロで一度は活躍の場を与えられ、挫折してしまった人間であればこそ、この時代の憂いに対して文句も言えるのではないか。そう思うと、憂いている自分い情けなさも感じるが、誰もその事実を受け止めようとしないというのも、問題ではないかと思うのだった。
誰も問題視しないのは、完全にすたれる前に、ネットという逃げ道が確立してしまったこともあるのかも知れない。
考えてみれば、自費出版社の考え方、あれm逃げ道だったのではないだろうか?
そう思うと、鎌倉氏の嘆きは酷いものだった。
マスターの話にも力が籠っていた。自分は出版や本を書くことに対しては造詣を深めたことがなかったようだが、世間一般の目として、表から見ると、かなりの憤りがあったようだ。下手をすると、鎌倉氏おりも腹を立てているのかも知れない。
「いえ、マスターのおっしゃる通りですね。最近はどうしても、本というとネットですので、昔あれだけあった本もすぐに絶版になってしまい、再販されても、すぐ絶版、そしてまた再販を繰り返しているような気がします。出してみないと分からないという手探りなやり方は、衰退を招く一番の近道のような気がするんですけどね」
と彼女は言った。
「いやいや、まさしくその通りですね。私などもその器具を味わったようなものですからね」
と鎌倉氏がいうと、横からマスターが、
「ああ、この方は昔、小説家の先生だったんですよ。今は探偵になっているという変わり種ですがね」
とフォローしてくれた。
「これは失礼しました。作家さんだったんですね。私も一時期自分にも小説が書けるんじゃないかと思った時期がありましたけど、すぐに辞めました。だから書いたという意識もないんですが、中途半端に嵌るよりもよかったんじゃないかと今では思っています」
「そうですね。早い段階で見切りを自分につけた人や、今でも懲りずに自分の作品を貫いて書いている人は、僕はそれでいいんだって思います。今でも書き続けるということは、本当に好きじゃないとできませんからね。やはり趣味は、それをすることを好きなのかどうかということが一番ですよ。自分にもできるんじゃないかというのは動機としてはいいかも知れませんが、いつまでも同じ気持ちだったら、僕はロクな作品はできないような気がするんですよ。少々形が整っていたとしても、それは小手先だけのもので、自分で本当に満足できている作品なのかって疑ってみたくなります。僕は人に感銘を与える作品というよりも、書いている本人がどれほど満足できる作品を書けるかということの方がよほど大切な気がするんですよ。だって、他人よりも親の方が断然子供を愛しているわけでしょう? それを思うと、僕は作品に対しての良し悪しや責任は、あくまでも作者にあると思っているからですね」
と鎌倉氏は言った
「あ、私は高橋楓という者です。近くの会社に勤めています」
と丁寧に挨拶してくれた。
「僕は、鎌倉といいます。昔は、鎌倉三十郎という名前で何冊か書いたことがありましたね」
というと、
「一度読んでみたいですわ」
と楓は言った。
「お恥ずかしい話ですが、今は半分以上が絶版になっていて、発行されていても、なかなか本屋には置いていないので、取り寄せになってしまいますね」
「それは残念、でも本当に読んでみたいと思っていますよ」
という楓の言葉を嬉しく感じる鎌倉氏であった。
「どんな小説が多いんですか?」
「いわゆる、探偵小説関係が多いカモ知れませんね。最近ではあまり人気のない分野かも知れませんが、社会派というよりも、昔の本格探偵小説という感じです」
「本格というと?」
「謎解きやトリックなどを主流に下書き方ですね。私は、初期は猟奇的な犯罪とか、ドロドロした雰囲気の作品が多かったんですが、途中から変わっていきましたね」
「何か思うところがあったんですか?」
「そうですね、猟奇的な犯罪を書いていると、気持ちが滅入ってくるというのもあったし、本格的な探偵小説を書いてみたいという思いもあったんでしょうね」
「そうだったんですね」
「でも、僕の作品は初期の方が売れたような気がします。本格探偵小説を書くようになってから、急に売れ行きも悪くなってきて、出版社の担当の人からも、猟奇的な話に戻すように言われて、一時期、ジレンマに陥って、鬱状態になりました。作家を辞める原因の一つになったということには違いありませんね」
というと、
「でも、今は探偵さんをされているんですよね? 書いていた小説が役に立つこともあるんじゃないですか?」
「探偵と探偵小説ではまったくと言って違いますからね。でも、探偵小せつぃを書いている時も、今も基本的な考え方は変わっていないように思うので、今のお話もまんざらかけ離れた発想ではないような気がしています」
と、鎌倉氏は言った。
「いろいろな小説もある中で、今日、さっきですね、一つの小説を同じ時に取ろうとしたという偶然だったあるわけではないですか。きっと神様の思し召しか何かのように私は勝手に思っていますが、どうなんでしょうね」
と言われて、鎌倉氏は一瞬顔が赤くなった。
それをマスターはニッコリと笑いながら見ているのだった。
遺書のようなもの
「私があの小説を読んでみようと思ったのは、あの小説家が、数年前に自殺をしているんですね。それでちょうど、遺作というか、最終作になったわけでして、その作品があったもので読んでみようと思ったんです」
確かに彼女の言う通り、その小説家は確か二年くらい前だったか、自殺をしていた。当時はかなり話題になったのだが、その理由は分からず、遺書も発見されなかった。しかし、誰もいないビルの屋上から飛び降りた時、防犯カメラには誰も写っていなかったという。しかし自殺の原因に関しては、いろいろなウワサがあった。
「不倫の清算のため」
であったり、
「作品を弟子に盗作された」
であったり、
「精神的な疾患による被害妄想からの自殺」
など、彼には自殺するに値する理由がありすぎるくらいにあった。
そんな理由に関してよりも、彼が自殺したことで、人気作家の自殺ということで、小説界に渦巻いていたいろいろな癒着が表に出てこないかと言われている方が注目された。
時代が出版からネットへと移ることで、今までは出版社と作家という関係だったが、ネット運営者と作家との関係が大きくなってきたのだ。
作品名:やる気のない鎌倉探偵 作家名:森本晃次