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やる気のない鎌倉探偵

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 父親が、申し訳ないと思っているのは、騒がせたということであり、娘の行動の突飛さにだけそう感じているだけで、娘の真意が分からないうちは、どちらの味方というわけでもなかった。
 結局その日は会うことができず、数回訪れてやっと顔を出してくれた。
 その頃には旦那の気持ちは少し落ち着いていたが、久しぶりに見た奥さんの顔に愕然としてしまったのだ。
――なんだ、この顔は? まるで鬼の形相じゃないか?
 と感じた。
 鬼の形相というt古馬がこれほど似合う女だったのかと思うと、恐ろしくなってしまった。今までは、
「これほどまでに、話しやすい相手はいない」
 と感じていたのに、今は逆に、
「これほど話すのが怖いと思う相手だったとは」
 という思いに完全に変わっていた。
「あなたに話すことはもうありません。あの手紙に書いたことのそれ以上でもそれ以下でもありません。私はずっと悩んできました。でも、あなたはそんな悩んでいる私を見てみぬふりをしていました。それが悔しいんです。だから今あなたがやってきたって、私にとっては、何をいまさらなんですよ。もうあなたは私にとって他人以外の何者でもありません。どうぞお引きとりください」
 という歴然とした態度を取られてしまえば、もう、どうすることもできない。
 奥さんは、いうや否や、また自室に引きこもる。
 取り残された両親と夫、長考の時間が続く。
「もう、ダメなんだろうね」
 とお義父さんが話し始めた。
 それを聞いてお義母さんも頷いている。
「君もウスウス分かっているだろうが、あの子はこうと思えばもうすでにダメなんだ。自分が悩んでいる時は一人だけで苦しんで、人に助けを求めない。そしてさっさと結論を出して、それをまわりに押し付ける。悩んでいる時に誰も助けてくれなかったという思いまで背負ってしまうから始末に悪い。今のような話になってしまうんだろうね。ただ、これはあの子の性格でもある、酷なことをいうようだが、君もそれを分かって結婚したんだろう? もし、分かっていなかったとすれば、それは分からなかった君が悪い。まわりは、君が何もかも承知で結婚したとしか思っていないよ」
 と、淡々と話をしていたが、胸に突き刺さる言葉の痛みは、これ以上ないというほどに胸に突き刺さった。
 結局、二人はその後、離婚調停という形で結婚生活に幕を下ろすことになった。
 離婚調停というのも、実に冷たいもので、自分は被告だという。二人は裁判所で聴取を受けることになるが、お互いに遭うことはない。調停委員が二人ほどいて、その二人から伝言という形で伝えられるだけだ。
「あなたはまだ若いんだから、早く決着をつけて、次を目指せばいい」
 その言葉が決定的になった。
 もちろん、次に期待したわけではなく、調停委員が仲を取り持って修復に動いてくれるなどと一縷であっても望んだ自分が情けないくらいだった。
 考えてみれば自分が被告なのだ。相手が容赦などするはずもない、
「ダメならダメで、早急に切り上げて、気持ちを切り替えれば、それでいいはないかね?」
 と言われるだけで、一巻の終わりだった。
 鎌倉氏は、小説家をしている時、このような内容の小説を書いたことがあった。
 結婚したこともなく、当然離婚経験などのない鎌倉氏にここまでリアルな話を書けたのかというのは、自分でもよく分かっていない。
 鎌倉氏というのは、急に何かを閃くことがある、ほとんどはフィクションであっても、自分の想像できる範囲でしか書けないという意識を持っているのだが、こんなリアルな離婚話は自分の想定外であるということは分かっているはずだ。それなのに書けたということは、何か自分に小説の神様のようなものが降臨してきたとでもいうべきか、
「いや、神様なんかじゃないな。悪魔なのかも知れない」
 書いている時、何とも嫌な気分にさせられた。
 これが経験から書いているものであれば、ここまで嫌な気分になることはなかったのではないだろうか。
 それを想うと、
――小説を書けている時の自分が、ここまで惨めな感情を抱くなどというのは、やはり小説の神様ではなく、あれは悪魔なのではないだろうか?
 と感じた証拠であろう。
 そんな小説も、本になり本屋に並んだことがあったが、さすがに売れなかった。
――ひょっとして、小説家として下り坂をハッキリ意識したのは、この作品だったかも知れない――
 とも思えた。
「やはり、自分で書いていても気分の悪い作品は、他人には容認されるはずもないんだな」
 ということなのであろう。
 しかも、どうして今そんな昔のことを、まわりに人がいるにも関わらず思い出してしまったのか、自分に探偵の依頼に来た目の前にいる高橋楓という女の見えない魔力のようなものがあるのだと感じた。
 楓の顔を見ていると、鎌倉氏はその小説を書いていた時の自分を思い出してしまっていたのだが、なぜ思い出すことになったのか、すぐには分からなかった。
――そうか、山口豊という男が飛び降り自殺をしたことで、楓は小説を書いた自分のあの時と同じ感覚を味わったのではないだろうか?
 と感じた。
 何かに悩んでいるのであれば、どうして自分に相談してくれなかったのか? もちろん、自分が何かをできるという保証などどこにもないが、一緒に悩んであげることくらいはできるのではないか?
 だが、それを感じた鎌倉氏は、少し違うとも思った。
 動物というのは、自分の死が近づいてきたことを悟ると、まわりから姿を消すものだそうだ。
 自分の近しい、特に人間には自分の死んだ姿を見せたくないという思いが働くというではないか。
 それを鎌倉氏は思い出し、山口豊の気持ちも分かる気がした。
 しかし、小説を書いた時に感じた。
「取り残された方の人間の想い」
 それを思い出すと、鎌倉はやるせない気持ちにならないわけにはいかなかったのだ。
――どうすればいいんだ?
 と鎌倉氏は思った。
 この依頼を引き受ければいいのか? それとも断ればいいのか、どちらにしても、何かのしこりが残りそうな気がした、そして、引き受けるにしても断るにしても、その理由は同じ次元には存在しないのではないかという思いが鎌倉氏の頭の中を巡った。
 それがどういう次元の違いなのかは分からない。そこには十万億土の距離があるというのか、だが、どちらにしても、十万億土と呼ばれる極楽浄土などありえないとしか思えなかった。
 鎌倉氏はマスターを見た。マスターもその視線を感じたのか、鎌倉氏に対して何かを言いたいようだったが、その雰囲気はまだその答えを見つけていないかのようだった。
 ただ、もしマスターが鎌倉氏の立場であれば、断っているかも知れない。
 なぜなら、相手はまだ恋人という関係であり、婚姻は成立していない。遺族というわけでもないので、遺族でもない人から、何年も経ってから調査依頼を受けるというのは、少し疑問に感じる部分もある。
 本来であれば、吹っ切れていてもいい時期なのに、いまさらのように依頼してくることに、マスt-なら疑問を先に感じるだろう。
 だが、鎌倉氏は違った。
 どちらかというと、この時期だから依頼してきたとも言えるのではないかと考えたのだった。
 なぜなら、
作品名:やる気のない鎌倉探偵 作家名:森本晃次