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やる気のない鎌倉探偵

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 そもそも鎌倉氏は、今彼女に対してカマを掛けたのだ。
 真実と事実という言葉、似ているようで実は全く違うものだ。
 さっきの長所と短所であったり、好きなコースと苦手なコースの話とは正反対である。
 見た目はまったく違うのに、実際にはごくすぐそばにあるものという認識だった言葉とは真逆に近い、
「真実」と「事実」
 事実というのは、あくまでも表に現れたことすべてを総称して事実という言葉で言われるものであろう、
 しかし、真実というのは、前後の関係であったり、まわりとの関わりという意味で整合性が取れていることであり、必ずしも、事実を必要としない。
 それと同じで、事実というのも、前後やまわりの関わりに対して整合性が認められることを必要とはしない。
 したがって、事実と真実は違うものでありながら、まったく正反対の様相を呈しているものであった。
 楓との話の中で、彼女がそれくらいのことを分からないような女性だとは思えない。マスターも私がカマを掛けたのを分かっているからなのか、彼女の返答を聞いた時、何とも歯切れの悪い、まるで苦虫を噛み潰したような嫌な顔をしたのを垣間見ることができた。
 鎌倉氏は彼女にカマを掛けたその時から、彼女の返事によるマスターの表情を確認しようと思っていた。
 ということは、彼女のリアクションも最初から分かっていたということなのかも知れない。
 マスターも、嫌な顔を一瞬浮かべた後、鎌倉氏の顔を見た。二人は目を合わせることで、何かしら、嫌な雰囲気がこの空間に漂っていることに気付き、この瞬間から、急にテンションが下がってしまい、何かのやる気スイッチを切ってしまったのではないかと思えたのだ。
 こんな状態で捜査を引き受けてどうなるというのか>
 それが分かっているからこそ、先ほどのような、真実と事実を匂わせる発言をして、彼女にカマを掛けたのだ。
 マスターを見ていると、
「やめた方がいい」
 と言っているのが、ハッキリと分かったような気がした。
 鎌倉氏も、正直今の段階では引き受ける気はなくなってしまった。
 だが、
――このまま断ったしまっていいのか?
 という思いもあった。
 今までの鎌倉氏からすれば、一旦引き受けようと思った依頼でも、引き受けてしまった後で、
――引き受けなければよかった――
 と思うこともなかったわけでもない。
 そんな時、
――最初の話で気付いていれば――
 と何度感じたことだろう。
 だからと言って、最初の話を聞いた時点で分かったとして、果たして依頼を断るようなことをしただろうかと考えると、そこは疑問だった。
 今、その状況になってみると、確かにこの時点なら断ることは簡単だ。自分に正直になればいいだけだから。
 しかし、そこまで鎌倉氏は自分に正直になれないところがあった。そこがマスターと似たところなのだろう。では、
――もしマスターが探偵で自分の立場と同じだったら引き受けるだろうか?
 と感じた。
 マスターだったら、引き受けるような気がした。目の前であれだけ露骨に嫌なものでも見たような顔をしたマスターであるにも関わらずにである。
 鎌倉氏は、この事件を引き受ける引き受けないという本当の最初の部分で引っかかっていた。この部分は本当に表か裏かの二つに一つ、別に悩むことなどないはずだった。
 だが、今までに悩んだことのないこの場面で悩むというのは、何か自分の中で引っかかっている部分があるからであろう。それを思うと、初めて感じる思い出はないことを思い出そうとしていた。
 それはすぐに思い出せるものではなかったが、思い出してみると、どうして思い出せなかったのか分かった気がする。
――そうか、この思いは、探偵になってから感じた思いじゃなかったんだ。まだ小説家だった頃に感じた思い、つまり編集者との間で、作品の構想を練っている時に感じたあの感覚だった――
 ということを感じたのだ。

                 十万億土

 鎌倉には、マスターが何を考えているのか、何となく分かった気がした。
 鎌倉に対して、
「この案件は引き受けない方が無難だ」
 と言っているのが分かったのだ。
 鎌倉もそんな気がしている。この事件を引き受けることが自分にとってどのようなことが待っているのか、分かる気がしていた。それは何かの危険に見舞われるというわけでもない。どちらかというと気持ちの上でのことであった。
「世の中には、真実がどこにあろうが、知らなくてもいいことはたくさんある」
 と言っているような気がする。
 知ることですべて前に進めるのであれば、誰も苦労はしない。知らなくてもいいことは知らない方が、どれほど幸せなのか、今までそんな事件をいくつ見てきたことだろう。
 鎌倉は、学生時代のことだったが、あの頃も実は探偵のようなことをしていた時期があった。
 もちろん学生デモあるし、プロでもないのだから、お金を貰って実際に捜査していたわけでもないし、捜査する権限もないので、ただの探偵ごっこだった。
 友達の彼女から、
「彼がどうも最近おかしいの。浮気でもしているのか、心配で心配で」
 という話を持ち掛けられたことがあった。
 その友達というのは、自分が知っている限り、浮気などするタイプではなく、
「考えすぎなんじゃないのかい?」
 と言ったほどの生真面目なやつだった。
 しかし彼女は、
「あの人が生真面目だから気になるの」
 というではないか。
 どうやら、彼に対してモーションを掛けてくる女の子がいるようで、彼女の知らないところで会っていることがあるというのだ。
 鎌倉は半信半疑で彼女の言葉を鵜呑みにはできないが、逆に裏体を晴らすという意味で少し調べてみると、彼女の言う通りだったのだ。
 そのことはおろか、自分が気になったから彼の様子を探ったといわず、黙って自分の胸に収めておくことにした。
 だが、だんだん気になって彼の様子を探っていると、その彼女も鎌倉が探っているのに気付いたようで、
「どうして彼を探っているの? 私がお願いした時は引き受けてはくださらなかったのに」
 と言って、鎌倉氏を責めた。
 一言も言い返せないまま、彼女とはそのまま話ができなくなり。結局彼女の考えすぎということで、二人の仲は元に戻ったのだが、鎌倉氏と彼女の仲がギクシャクし始めたので、友達と緒疎遠になってきた。自分の中途半端な考えのために、結局二人の友を失うことになったのだ。
 ただ、この彼の衝動には、
「事実と真実」
 の二つが別々に存在していたのだ。
 友達と彼女の関係は元に戻ったように見えていたが、実際にはそうではなかった。二人の間に見えない溝ができてきて、それがいつの間にか結界になっていた。
 最後はまったくお互いに感覚がマヒしたようになって、別れてしまったが、それを見て心の中で、
「俺が悪かったんじゃないんだ」
 と思わず鎌倉はほくそ笑んだ。
 今であれば自己嫌悪にでも陥りそうな感情であるが、その頃はまだ分かったというのか、そんな思いをした自分を責めることはできない。
 今でも、
「あれはあれでよかったんだ」
作品名:やる気のない鎌倉探偵 作家名:森本晃次