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やる気のない鎌倉探偵

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「そうです。このまま泣き寝入りなんかできませんよ。私や遺族は、まず事実を知りたいんです。少なくとも自殺という重大事件で自分たちの生活は大いに変わってしまった。性格すら変えなければいけないくらいのところまで追いつめられている人もいるくらいです。ですから、せめて事実を知りたい。自分なりに理解して、納得しなければ、遺族や彼の関係者は、時間が止まってしまって、先に進むことができないんです。きっと彼が自殺でないとして、彼を追い込んだ人間はすでに、先に先に進んでいるでしょうから、いまさらその時のことをと思うんでしょうけど、残されたものにはそこが大切なんです。お分かりいただけますでしょうか?」
 と彼女は訴えるようにいうと、
「ええ、もちろんですよ。同じような思いを抱いている人はたくさんいるでしょうし、私もたくさん見てきました。そう思うと、あなたの気持ちもよく分かる気がします。だから、私も今憤った気分になっているんです」
 それは事実だった。
 今までにも、自殺が絡む事件にもいくつか携わってきた。そのたびに、苦い気持ちになったのであって、いくら事件を解決したとしても、殺害された人もそうであるが、生き返ることはない。世間一般に言われているように、
「自ら命を断つ人は、弱い人間」
 という一刀両断は、いけないのではないだろうか。
 自殺への抑止力として、少々大げさに言われるのは仕方のないことなのかも知れないが、すべてにおいて当て嵌められないことがあるのは、自殺だけではない。だから自殺だけを一つの見せしめのようにするのは、いかがなものかと、鎌倉氏も思うのだった。
 高橋楓は、少々モジモジとした態度を取り、何か思い余った素振りをしていた。鎌倉探偵はそれを思い図って、
「何か私に言いたいことがあるんでしょうか?」
 たぶん、言い出すことはこれしかないという思いを抱きながら聞いてみた。
「実は、彼が自殺した理由について、鎌倉さんにご調査願えればと思っておりますが、いかがでしょう?」
 というではないか。
「その依頼をされるのは、私が初めてなのでしょうか?」
 落ち着き払って、鎌倉探偵は聞きなおした。
「いいえ、いくつかの探偵さんにお願いをしてみました。でも、どこも断られました。理由は、今さら調べて理由が分かったとしても、どうにかなるものでもないですよ。過去のことをほじくり返せば、そのために今の生活が壊れてしまう人がたくさんいるかも知れないというものであったり、本人が死んでしまっていて、遺書がないのであれば、いくら調査しても、それは机上の空論でしかないんですが、あなたはそれでもお金や時間をかけて自殺の理由を確かめたいとお思いですか? というものばかりでした」
 楓がいうので、
「そうでしょうね。私もたぶん、皆さんはそういうだろうと思っていました。それが多分、探偵としての正解なのではないかと私は思います」
 というと、
「探偵のお仕事に正解などというものがあるんですか?」
「ええ、それはあると思いますよ。正解があるから不正解もあるんです。つまりそれがないと選択肢がないことになり。そべて、しなければいけないことに行き着いてしまう。それって危険なことだと私は思います」
 だいぶ精神的に冷静になれたのか、いつもの調子で答えた。
 それを楓は分かっているのか、黙って聞いていたが、唇は噛みしめているので、無念さが伝わってくるような気がした。
 相手がいうことはもっともなことだが、今ここでその言葉を私が納得するわけにはいかないという気持ちが現れているのが、ハッキリしているくらいだった。
 ただ、一つ気になるのは、もし引き受けたとすれば、これほど嫌な事件はないだろう。最初から苛立ちと自己嫌悪が襲ってきそうな気がしていて、ずっと気乗りしないまま推移してしまいそうに思うのだ。
 探偵だって人間なのだから、やりたくない、気乗りしない事件を黙って捜査するのは苦痛でしかないはずだからだ。
 二人の話を聞くつもりはないが、どうしても聞こえてしまうマスターも、どちらの表情も見比べてみて、その場に居づらい雰囲気になっているのを感じているようだった。
 戯事とはいえ、なるべくなら、その場にいたくないというのは、誰の立場でも同じなのかも知れない。
 鎌倉探偵は、本音は断りたいのは事実だったが、断り切れない何かが鎌倉氏の中にあった。
――断ってしまうと、この人はどうなってしまうのだろう?
 という思いがあったのも事実だった。
――きっと断るとまた別の人を探すのだろう。永遠に断り続けられても、どこまでもこの人なら追いかけていくような気がする――
 まで思ってしまうと、断ることへの罪悪感に見舞われるような気がして、ジレンマに陥った鎌倉氏だった。
 鎌倉氏は普段は考えないが、依頼人の依頼にこたえられたとして、この人にとってどれほどのメリットがあるかということよりも、依頼に答えなかったり、答えられなかった場合にどのようなことになるのかという方が、怖かった。
 鎌倉氏は、ここで、答えた方にメリットという言葉を使ったが、答えなかった方に対しては、デメリットという言葉を使わなかった。
 依頼報告が彼女に与える影響力を、メリット、デメリットという言葉で表すというのは違うと考えたからだろうが、そう思ったのは、まさにそのことを考えている最中だったのではないかと感じることだった。
 それにしても、探偵の仕事の正解を聞かれた時、あんなに簡単によく答えられたものだと鎌倉氏は思った。
 自分の中では、
「その結論は、探偵というものを辞めてからでないと分からないことだ」
 と思っていたはずだった。
 結論づけてしまうのは、最終でなければいけない。ということとは、職業として全うしなければ答えることのできないことであるというのは、歴然としていることのように思えたのだ。
 鎌倉氏はどうしようか考えていた。普通なら他の探偵さんがしたように、すぐに断っていたように思う。それは、
「探偵業の正解」
 という理屈の下に考えるからではないかと思ったからだ。
「少し考えさせてもらえませんか?」
 と鎌倉探偵は言ったが、それしかないように思えた。
 答えたタイミングも悪くなったと思う。
 もし、これ以上遅れていた李すると、この場は緊張感で凍り付いてしまったように思うし、もっと早ければ、断ったことと変わりがないと思えた。自分の出せる今時点の結論としては、一番いいタイミングで出せたのではないかと思うのだった。
 マスターの表情を見ると、
――救われた―
 という表情に見えた。
 それだけ、緊張感がマックスだったのかも知れない。
「ちなみに、楓さんは彼が自殺をしたとは思っていないんですよね? それで本当に自殺なのかということと、自殺であるなら、その理由を教えてほしいということが依頼の主旨ですよね? じゃあ、自殺でないとすれば、どう思われているんですか? 誰かに殺されたという風に思っておられるんですか?」
 と鎌倉探偵は、具体的な話を聞いてみた。
作品名:やる気のない鎌倉探偵 作家名:森本晃次