やる気のない鎌倉探偵
「それで彼の作品を読んで、影ながらに応援していたということでしょうか?」
と鎌倉氏がいうと、
「そうだったんですが、私が一浪しちゃったんですが、大学生になってから、二年生の時に、偶然お会いする機会があったんです。何かの会で出会ったとか、そういうのではなくて、本当に偶然に出会ったんですよ。私は勝手に、これは運命だって思っちゃいましたね」
と彼女は言った。
「それで仲が復活したんですか?」
「ええ、でも、何か彼には秘密があるような気がしてそれが結構気になっていたんです。私といる時は何もないような感じだったんですけど、彼がいきなり自殺をして、そのうちに、それまで何も言われたことのなかった彼の周辺が次第にきな臭くなってきて、私も頭の中が混乱しました。信じていたのは間違いのないことですし、彼と一緒にいる時間も長かったので、まさか世間で言われているようなことがあるなど、思ってもみませんでしたよ」
ということである。
「なるほど、山口さんというのは、どんな人だったんでしょうね。私も間接的には彼と関係があったこともあったんですよ。ちょっとした事件で私が捜査した中に、その被害者の一人に彼の名前があり、彼の職業が作家だということで、山口豊という名前だけは覚えていたんですよ」
というと、
「あまり目立たない性格でしたね。家庭教師をしてくれていたんだけど、自分から何かを教えようとか、勉強泰地を指示してくれるということもありませんでしたね。どちらかというと、そばにいるだけで、落ち着いた気分になれるというか、そんな感じの人でしたね」
「そういう人が好みなんですね? 彼氏としてはどうだったんですか?」
と少し突っ込んで聞いてみた。
「それが、彼氏という雰囲気にはならなかったんです。私はデートのつもりで一生鶏鳴にめかしこんでいっても、彼は別に服装には無頓着だし、一緒にいても、何かをしてくれるわけでもなければ、気を遣ってくれるわけでもない。話は時々思い出したようにしてくれましたけど、基本的には静かでしたね。小説を書いているわりに話題がないというか、ちょっと私が知っている男性とはしhがっていました」
と、少し考え込んだようになった。
「嫌いにはならなかったんですか?」
と聞くと、
「それはなかったですね。そもそもこっちが勝手に気に入っていただけなので、好きになってもらおうというのは、虫が良すぎるのかなって思っていました。でも、少ししてから彼が、自分は人に気を遣うのが嫌だって言っていたんですよ。よくいるじゃないですか。知り合いに気を遣うがゆえに、まわりに無頓着な空気を読めない人が。それが彼は嫌いだっていうのですよ。だから無理に人に気を遣うことはしたくないらしいんです。それが彼の信条だって自分で言っていましたよ」
と、彼女は力を込めていった。
「なるほど、そういう人も確かにいますよね。私もちなみに、まわりを気にせず自分たちだけで盛り上がっているおばさん連中が大嫌いなんですけどね」
と、鎌倉氏は頭を掻きながらそう言った。
「その彼が自殺をしたんです。どうして自殺なんかしたのか、私には分かりません」
と言って、悔しさをあらわにしていた。
「でも、自殺をするという人は、急に思い立ってする場合もありますからね。僕なんか、自殺をする人間の心境は分からないなだけど、一番信じられないと思うのは、どうしてみんな遺書を書いておくんだろうね。警察の捜査なんかでも、、遺書がなかったら、自殺をした後が歴然でも一応は、殺人を疑ったりするものなんだそうなんだけど、それが僕には分からないんだよ」
と鎌倉氏は言った。
「どうしてなのかは、私にも分からないけど、それだけ自殺をする人というのは、本当の意味での『覚悟の自殺』をするものなんじゃないのかしら?」
と彼女は言った。
「でも、彼が自殺をする理由というのは、その後に結構いろいろ湧いて出てきているようだったよ。だから最初は、彼が自殺なんてと言っていた人も、徐々に仕方がないことのように思うようになったって聞いているけど?」
というと、
「でも、ちょっとおかしくないですか? そんなにたくさんの自殺をする理由が、自殺をした後になってボロボロ出てくるなんて、ちょっと考えられないような気がするのは、私だけなのかしら?」
と彼女は頭を傾げた。
「うん、確かにその通りだね。自殺をする前から、それだけ燻っていることがたくさんあったのなら、一つくらいは出てきてもよかったのかも知れない。でも、逆に言えば、一つが露呈すると、どんどん表に出てくるものであり、彼が身動きを取れなくなっていたかも知れないというのもあるんだよ。結局自殺に追い込まれたとしても、結果は同じだったのではないかな?」
というと、
「そうかも知れないけど、何か釈然としないものが私にはあるんです。鎌倉さんは、本当に彼は自殺だと今も思っておいでですか?」
と言われてみると、少し自信がなくなってきた。
元々、彼の自殺を聞いて、理由が分からないという話から、どんどん余計な話題が噴出してきた時には、
――何だ、これ?
と思ったのも事実であった。
依頼
「じゃあ、あなたは、山口氏が自殺をしたのではないとお考えですか?」
と聞くと、彼女が少し顔が紅潮していて、
「もちろん、発表には間違いないと思いますわ。でも、何をもって自殺というかなんじゃないかって私は思うんです。確かに読んで字のごとしで、自ら命を断てば、その名の通り自殺というだけのことなんでしょうけど、自ら命を断つのは行動という指針だけで、そこに他の人の思惑が介在している場合、単純に自殺と言えるかということなんだと思います」
「あなたは、彼の自殺には他人の思惑が介在していたと?」
「ええ、そう思います。その場合は、私はその人によって殺されたと言えるんじゃないかと思います。もちろん、介在の程度にもよるんでしょうが、元々死というものを意識している人の背中を押す場合も、押してしまったのであれば、やはり私は単純に自殺とはいえないと思うんです。人が一人死ぬ。そのことで思惑がうまく行く人がいる。しかし、それが一切公表されないというのは、不公平だと思うんですよ。その人だけがもし利益を得るのであれば、間接的だったとしても、これはれっきとした殺人だと私は思います。少なくとも警察や法律によって裁かれなくても、せめて世の中には公表されるべき問題だと思っています」
という訴えだ。
「なるほど、私もそれは思います。この間、前の政府のトップが政治疑惑によって、自殺した事件がありましたが、それを奥さんが調査をお願いすると、当のトップの人が、『すでに調査済み』との回答に、その奥さんが『あなた方は、調査される側の人間なので、その発言は許されません』という趣旨の話をしていましたが、まさしくこれと同じ発想なんですね?」
という鎌倉探偵に、
作品名:やる気のない鎌倉探偵 作家名:森本晃次