やる気のない鎌倉探偵
僕も今目の前にあるものが、敵空母に見えたりするのだろうか? 飛び降りるまでは誰にも分からない」
などという文章で、遺書なのか小説なのか分からないものが遺書のように置かれていた。
だが、だから、どうして自殺をするのかということや、自殺をすることで誰かに言い残したいことがあって書いているわけでもない。見ている限り、死んでいく自分を客観的に見ている自分が書いているという印象だ。
だが、この文章にはかなりおリアルさがあった。彼が自殺をするかのように仄めかしたのをまるで今になって証明でもしようというのだろうか。
鎌倉氏は、その遺書のことがセンセーショナルに頭の中でこまだしていた。
この小説家は自分がまだ小説を書いている頃に、新人としてデビューした作家だった。
他の作家と同じように、デビュー作はかなりのセンセーショナルさを醸し出していたが、二作目以降からは、鳴かず飛ばず、それを、
「どうしてなのか?」
と嘆いていたが、普通に考えれば分かりそうなことでも、感覚がマヒしてしまっていたのだろう。
「一作目で期待した分、二作目にもそれ以上を求められる」
というのが世間の目だが、本人とすれば、
「デビュー作でもうアイデアは出尽くした」
とも思っているとすれば、それ以上の成長は望めない。
彼もそんな作家の一人だったと記憶しているが、それでもあれから何年もの間小説家として生きてきたのだろう。
ヒット作には恵まれなかったが、時々発表する作品を見ていて、鎌倉氏は悪い作品ではにないと思っていた。ただ、ウケるウケないという発想だけでみれば、きっとウケるはずのない作品となっているのだろう。
昔の時代背景というのは、何か自分の話に時代を合わせようとする。いわゆる。
「とっつけたような作品」
と思われるのではないだろうか。
ただ、彼の遺書とも遺作ともいえるこの文章は、週刊誌に全文載ったのだが、その賛否を巡って、出版社には、かなりの投書があったという。
彼の潔さを認めるような投書もあるにはあったが、ほとんどはあざといという意見であった。
死んだ人間のことをあまり悪く言うのは気が引けると皆書いてはいるようだが、それにしても酷評が多い。
「よくあんな文章が書けるよな」
という意見であったり、
「あれだけの文章が書けるんだったら、何も死ななくてもいいだろう。逆に遺書はどうしたんだ? ロアルに遺書もないのか?」
という意見であった。
遺書というものの主旨についてどこまで投書した人が知っているかなど疑問に価するものもあるが、やはり、彼のあざとさは拭い去ることはできないだろう。
「目立ちたがりというわけでもないのだろうに、このあざとく感じる思いは一体どこから来るのでしょうか?」
という投書もあったという。
人間が小説を思いつくのと同じで、小説の内容を感じる誰かがいるのかも知れない。時々小説に書かれたことと同じことが起こるという謎の村が存在するという雑誌の記事もあった。
完全な都市伝説なのだろうが、昔から予言的なことはあったようで、村に保管されている書物にはそのことが書かれているという。
何かを予感するというのは、
「予感が人を選ぶのか、それとも選ばれた人にその予感を誰かが与えるのか」
とにかく予感というものがあるということを前提に考えると、そのどちら側から見るかによって、その見え方も違ってくることを感じさせた。
鎌倉氏はその作家が死んだ時のその頃、自分が何を考えていたのかを思い出そうとしていた。
時間が経てば思い出せそうな気がするのだが、それまでに何か他にも思い出しておかなければいけないことがあるような気がしている。それが一体なんであるか、
――そうだ、自分も自殺を考えた時、同じように何かの文章を残しておくことができるんだろうjか?
というものだった。
遺書ではなく、やはり自分も何かの小説なのかも知れないと思った。
その作家は、どちらかというと売れていたのかも知れない。鎌倉氏はあまり知らなかったが、
「あの人が自殺するなんて、ちょっと考えられないな」
と知り合いの雑誌社の人が言っていたくらいなので、別に仕事で自殺をするような理由もなかったのだおろう。
それとも、自殺をしそうな雰囲気には見えなかったのか。
自殺など、逃げているのと同じだという気概を持った人も中にはいるだろう。また逆に自殺する勇気もないほどの気の弱い人もいるだろう。どちらが多いかと聞かれると後者だと思うのだが、自殺というものほど、勇気のないと思われていた人間が、思い立って最初にやってしまうことで、まったく予想がつかないものであろう。そう思うと、自殺をする人間の気持ちなど、よく分からないという結論になってしまう。もっとも、自殺を考えたことのない人間が果たしてどれほどいるかという方が、自殺を考えたことのある人間よりもずっと少ないということだけは確かではないだろうか。
だが、前述のように調べれば調べるほど、いろいろなウワサが出るわ出るわ。自殺しても仕方がないとは言われるようになってが、却って多すぎて理由が掴めなくなっていたのだった。
彼が元々どんな性格なのかということもよく分からない。。ただ、この間、
「あの先生の作品は一読の価値があるかも知れませんよ」
という雑誌社の話で、思い立ったかのように見つけた本を取ろうとした時、偶然取り合いになったのだった。
「鎌倉さんは探偵さんでいらっしゃるんですよね?」
「ええ、一応、探偵などというものをやらせてもらっています」
というと、マスターが横から、
「鎌倉さんはこう見えても、以前は小説家さんだったんですよ」
と茶々を入れるようにいうと、鎌倉も急に恥ずかしくなって、耳が熱くなってくるのを感じた。
「まあ、そうだったんですね。どんな作品を書かれていたんですか?」
「ミステリーのようなものだったり、オカルト系だったりと、そんな感じですね」
「そうだったんですね。じゃあ、先ほどもミステリー作家ということで、あの本をお手に取られようとしたのかしら?」
と聞かれた、
「あっ、お恥ずかしい話なんですが、あの作家さんのことはほとんど知らないんですよ。それで以前に自殺をされた方だということを思い出したので、ちょっと興味が湧いたというわけです」
「そうだったんですね。私はあの作家の作品が好きだったんですよ。実は、私、彼とは面識があったんです。私が中学生の時に、彼が大学生で、私の家庭教師をしてくれていたんですよ。その縁で私が高校二年生くらいの頃までは、時々会っていたりしたんですが、私が高校受験で忙しくなったり、彼が新人賞を受賞して、それで本格的に小説を書くようになったので、お互いに連絡を取る時間もなくなって、次第に疎遠になっていったんです。結構仲が良くて恋人未満とすれば、最高の友達と言えるくらいの関係だって思っていたんですが、自分のことで忙しくなると、そうも言っていられなくなりますね。相手に対して邪魔になっちゃいけないという遠慮の気持ちもあったのかも知れませんね」
と言っていたが、まさにその通りなのかも知れない。
作品名:やる気のない鎌倉探偵 作家名:森本晃次