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短編集101(過去作品)

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 母親の親戚にも同じような境遇の人がいて、坂田少年が宣告された時、すでに年齢は四十歳になっているが、機械関係の就職を目指していて工業高校に進学したが、そこでの実習で事故に遭い、手首から先の神経が麻痺してしまった。そのため自分の進路の変更を余儀なくされた。坂田のおじさんに当たる。
 今では笑って話ができるが、さすがにその時は大変だったようで、家族からも、本人もどのように接していいかまったく分からなかった。腫れ物に触るようなぎこちなさが、却って苛立ちに繋がってしまったり、わざとらしさに写ってしまったりと、冷静とは程遠い精神状態を作り出していた。
「何がよかったのかね。きっと何かのきっかけがあったに違いないんだが、立ち直ったよ。それなりに時間も費やしたしね。あまり考えすぎないことかな?」
 と、おじさんは話していたが、いくら親戚とはいえ、それほど近くに住んでいるわけではない。話の内容は深刻でも、両親としてはどうしても他人事として聞いてしまっていた。
 当たり前といえば当たり前である。悪い方に考えると、さらに深刻になってしまい、余計なことを考えてしまう性格である。それは両親ともに思ってきたことで、なるべく余計なことは考えないようにしていた。
 しかし、今回は自分の子供である。最初は信じられなかった。子供か自分たちが何か悪いことをしたのではないかと咄嗟に考えたのも無理のないこと、だが起こってしまったことをいまさらどうしようもない。
 子供の方が、却って冷静だった。冷静だったのか何も考えないようにしていたのか分からないが、まだ自分で目標を見つける前だったのが不幸中の幸いだったのかも知れない。
――ないものはないで、割り切って考えればいいんだ――
 と坂田少年自身が思っていたことは間違いないが、あまり荒れることもなく、自分の運命を受け入れられたのは、彼自身の持って生まれた性格なのかも知れない。
 両親の腫れ物に触るような態度はあまり好きではなかった。自分のことを心配してくれているのとは別に、自分たちの運命を呪ってしまい、いつも何かに怯えている雰囲気を感じるからだった。
 坂田少年が中学に入る頃には、まわりの人間が自分を見る目がどんなものか分かってくるようになった。中には気遣ってくれているように見えても、口だけの人も結構いる。
――見ていて、すぐに分かるのに――
 と思いながら、思わず哀れみの表情を見せているであろう。
 言ってはいけない言葉があることも、中学生になる頃には分かってきた。もし、自分が五体満足であれば気付かなかったことも分かってくるようになる。
――これはきっと普通のことなのだろう――
 と感じていた。
 だが、中学になると、自分に不思議な能力があることに気付いた。それが元からあったものなのか、それとも急に現れたものなのか、自分でも分からない。
「予知能力」とでも言うべきであろうか。
 中学校は、住宅地の中にあった。近くに電車は通っておらず、隣町から通ってくる人たちは、バス通学だった。坂田も隣町からの通学だったが、足が不自由ということで、母親が自家用車で送迎していた。
 通学路は国道を通ることになる。通学に利用するはずのバスも国道経由で向かう。坂田の住んでいる街は新興住宅街で、郊外への道路が整備されてくるうちに開発されてきた地域である。したがって街を一歩出ると、そこに広がるのは田園風景というのも仕方がないことで、いやが上にも悪夢の場所を通らないわけにはいかない。
 坂田が事故に遭った場所は、ちょうど四つ角になっていて、あぜ道から出てきたところは小さいなりに国道が走っている。それはバス通りとは並行して走っていて、抜け道になっている。今でも車は飛ばして走っているようだ。
 最近になってやっとのことで信号機がついた。坂田の事故が直接の原因ではないにしても、引き金になったことには違いない。以前から事故多発地帯としては有名で、信号をつけなくてはいけないという意見は出ていたようだ。やっとの思いでついた信号である。
――もう少し前に信号がついていれば――
 とさぞかし母親は思っていることだろう。この場所を通る時の顔を見ていると、無表情を装いながら悔しさがにじみ出ている。
 最初は信号のついたあたり、つまり、悪夢の場所から始まった。
 その日はちょうど試験中で、学校が半日で終わった日だった。昼過ぎに母親が迎えに来てくれて、いつものように国道を横切ろうと信号まで差し掛かった時だった。
 こちらの方が道幅が狭いので、当然赤信号で待たされることが多くなる。しかし、その頃はなぜか夕方帰る時はスムーズに抜けられた。ちょうど車の流れに沿うようにブレーキを踏むとしても軽くであった。
「最近はついているね」
 母親は穏やかに笑っていたが、坂田は内心穏やかではなかった。
 きっと穏やかではない心境を母親が勘違いしていたのかも知れない。だからなるべくにこやかにしているつもりなのだが、却って他人から見ればぎこちないだろう。母親の勘違いとは、
――まだ、この子はあの日の事故のことが気になっているんだ――
 と感じていることだろう。とっくの昔に事故のことは忘れてしまっていると母親は思っていたはずである。実際に坂田自身も事故のことを気にしているわけではないが、それでも潜在意識が覚えているので、何かの拍子に思い出すこともあるのではないかと思ったとしても仕方のないことだろう。
 気分は曇りがちだったが、表はそんな二人の気持ちを知ってか知らずか、綺麗に晴れ上がっている。梅雨の時期も明け、いよいよこれから夏本番とも言える暑い日であった。
 車の中の冷房は効いていたが、背中に掻いた汗が気持ち悪い。冷房が効いているとはいえ、背中は車のシートに密着しているのだから、元々炎天下に置いている車、冷房を掛ける前に篭った熱が背中ににじみ出ているに違いない。
 表を歩かなくなってからというもの、車窓からの眺めしか感覚がない。大きく見えることもあれば、小さく見えることもある。それが意識の違いなのだろう。そのときの精神状態と言ってもいい。だが、精神的に落ち込んでいる時や、気分が優れている時、どちらが大きく見えて、どちらが小さく見えるかはハッキリとしない。
 漠然と表を見ている時も同じである。漠然と表を見ているからといって、必ずしも考え事をしているとは限らない。後から考えて、
――何を考えていたのか思い出せない――
 と思うだけで、実際には何かを考えていたのかも知れない。
 その日のように天気がよくとも、気分が晴れているとは限らない。却って天気が穏やかな時ほどまわりが楽しそうで、自分が惨めに思ってしまう。別に卑屈になる必要などなく、誰に気兼ねなどいるはずもないのに、知らない人の、なるべく平静を装おうとしているのか、視線を逸らそうとする仕草は坂田にとってあまり気持ちのいいものではない。
――そんな態度には敏感なんだ――
 と心に言い聞かせて気にしないようにしているが、考えてみれば、それこそが気にしている証拠である。
作品名:短編集101(過去作品) 作家名:森本晃次