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短編集101(過去作品)

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 まったくの他人であればまだしも、知っている人は気を遣ってくれる。いつも一緒にいる人であればまだ気心が知れているが、たまにしか一緒にいない人から気を遣われるのが一番辛い。
――中途半端な同情は、却って気になってしまう――
 どちらが気を遣っているのか分からないような状態は、ぎこちないだけであった。
 暑さを感じていると、
「今日の暑さは事故でも起こりそうだね」
 母親の口から思わぬ言葉だった。「事故」という言葉は禁句にしていて、絶対に口にしてはいけないと思っていたはずなのに思わずとは言え口から出てくるというのは、
――何かの虫の知らせではないか――
 と坂田は感じた。
 母親の表情が、
「しまった」
 と言わんばかりに口を真一文字に結び、悔しそうである。本当なら坂田の様子を気にしなければならないはずなのに、その時の母親は自分の口から出てきたことに対してだけ反応を示していた。
――よほど無意識だったんだろう――
 という考えが先に立っていたがそのうち、
――いや、何か見えない力に言わされたのかも知れないな――
 と思わないでもない。とにかく今までの母親からは感じることのできないものだった 。
 その日はさすがに昼間ということもあり、車の量はいつもよりも少なかった。飛ばしてくる車も多く、風があまりないのに、車がそばを通っただけで高く伸びた雑草が根っこから巻き上げられるような感じだった。
 相変わらずこの道は、車が離合するには少しきつい道だ。自分が事故に遭った時にはなかった信号も最初は、
――できてよかったな――
 と感じたが、車に乗っていると、今度は、
――信号って結構長いものなんだ――
 と感じるようになっていた。メイン道路の方が道幅も広いため、信号が長い。いくら通行量が少ないとはいえ、待っている間に車が詰まってくる。
 その時初めて、
――ここって思ったよりも車が多いんだ――
 と初めて感心させられる。歩いている人もここで見かけることもしばしばだ。
 その日は歩いている人も、車も信号であまり待っていない。こんな時ほど車はあまり信号を見ないのかも知れない。
――危ない――
 と感じたのは、そんな信号に差し掛かろうとした時、信号の青が急に見えなくなってしまった。
――目の錯覚かな――
 夕方のように太陽が西の空に傾いて信号機が影になっているわけではない。それなのに信号が青なのか黄色なのか赤なのか、その時の坂田には分からなかった。
「おかしいわね。信号がハッキリと見えにくいわ」
 と、母親も呟いた。スピードを緩め徐行したが、それも当然であろう。
 その瞬間だった。
「ガッシャン」
 何か硬いものが潰れるような音、思わず耳を塞ぎたくなるのは坂田だけではないだろうが、坂田は感覚が麻痺してしまったはずの足に痛みを感じた。もちろん、事故に遭ってから初めてのことである。
 前を見ると、煙が上がっている。車が正面から衝突していて、完全に潰れている。車の中に乗っていた人は命からがら表に脱出したが、近くには立ち寄ることができないほどに飛び散ったガラスがアスファルトの上のあちこちで光っている。
「Uターンした方がいいよ」
 坂田は母親に進言したが、もし坂田が言わなければ、母親はまだ放心状態だったに違いない。
 事故を見たのは初めてだったのかも知れないが、この母親の驚きはそれだけではない。きっと数年前に自分の子供を襲った交通事故の悪夢が頭をよぎり、ダブって見えたのかも知れない。
 坂田少年のその時の事故がどんなものだったのか、後から話を聞いただけなのでハッキリと分からないが、路面にブレーキの跡はなく、スリップした跡だけがあるという、悪質なものだった。それを聞いた時の母親の憤りと、混乱した頭で想像するのだから、さぞかし過剰に想像していたことだろう。しかし、実際に事故を見たわけではないので、やはり実際に見た時ほどではありえない。どのようなものなのかを誰も分かるはずもなかった。
 少しして我に返った母親は、他の車に続いて二度ほど切り返しを行いながら、その場から離れた。他の車も少しだけ離れたところで、さらに切り返し、運転席や、表に出てきている人もいたが、じっと見つめていた。
 警察や救急車には誰かが知らせたのだろう。母親が切り返してすぐ、遠くの方からサイレンが聞こえた。救急車だった。
 反対方向から警察の車が到着し、けが人を確認しながらテキパキと事故処理をしている。
――初めて見る光景ではないような気がする――
 自分の事故の時も、こんな感じだったんだろうと思いながら、その時に見ることのできなかった事故処理とダブって見ている。そういう意味で初めて見る光景ではないと感じたに違いない。
 これは後から感じることだろうか。
――事故が起こるっていう予感があったんだよな――
 と思った。信号が見えにくいと感じた時にはすでにほとんど間違いないと思えていたように思う。それ以前、車のフロントガラス越しに見え始めた信号機というのは、まだかなりの距離があったはずだが、そのあたりから感じていたように思う。車で走ってくれば信号機までなどあっという間であるが、その時は、信号機が見え始めてからというもの、いろいろなことが頭をよぎっていた。それだけに実際の時間に比べて、かなり濃い時間を味わっていたはずである。
――これが予知能力というものか――
 一回だけでは、まさかそこまでは感じないのが普通であろう。だが、その時はなぜか自分に予知能力なるものが備わっているように思えたのだった。そういえば数日前に学校の授業中先生が、
「人間は、自分の能力の十パーセントほどしか発揮できていない」
 と言っていたのを思い出した。
 その時はさすがに、
――そんな能力いらないや――
 と思った。五体満足がいいに決まっていると言いたかったくらいだからである。
 話を聞いていて、残りの九十パーセントがいわゆる超能力の類であることは予想がつく。
 超能力と言ってもいろいろな種類がある。あまり詳しくはないが、その一つ一つにランクがあり、できるものとできないものでかなりの差があるのは分かっていた。
 小学生時代に見ていたアニメで、超能力を持った主人公の少年が、悪をやっつけていくというものがあった。相手も当然超能力を持っている。
 少年が主人公であるという理由は二つあっただろう。今から思えば分かるのであって、小学生時代に分かっていたかは疑問だが、本能で分かっていたかも知れない。まず一つは、子供たちが見るアニメなので、子供が主人公であれば親近感が沸くという当然のストーリー展開である。
 もう一つは、少年というのは発展途上。悪の首領である大人をやっつけるために絶えず成長している。超能力を毎回会得しながら、悪の手下を退治していくストーリーは、飽きを来させないようにするためにも大切なことだったに違いない。いわゆる少年はエスパーなのだ。
 その中で予知能力というのはあまり出てくるものではなかった。予知能力というものと夢は切っても切り離せないもので、予知能力を発揮するためには起きていて感じるということを暗示させてはいなかった。
――夢で見たことが現実になる――
作品名:短編集101(過去作品) 作家名:森本晃次