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短編集101(過去作品)

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 三郎にとっての人助け、それは夢の中でも考えられるものではなかった。どちらかというと、いつも人から助けられるパターンが多く、助けてくれる人やシチュエーションはバラバラであった。
 小学生時代に好きだった女の子から助けられるシチュエーションも多かった。実際に小学生時代がそうだったからである。
 小学生時代苛められっこだった三郎を、いつも庇ってくれたのが彼女だった。勇ましくも優しい女の子に密かに憧れていたのも無理のないことで、その時は恋愛感情などなくとも、女性に対して興味を持ち始めて思い出したのが彼女だというのも不思議ではない。小学生時代の彼女しかイメージできなかったのに、中学時代のまわりの女の子よりも大人っぽく見えたのは贔屓めに見ていたからであろう。
 少し色黒で、活発な女の子だった。身体はそれほど大きくなかったが、男女問わず人気者だったことがさらに頼もしく見えていた。彼女が言えば一時期ではあったが苛めは止まったし、三郎から見れば救いの神に見えていた。一番近寄りがたい存在でもあったのだ。
 そんな彼女が転校していく。ビックリだった。
――これで苛めに歯止めが利かなくなるかも知れない――
 と感じたが、そうでもなかった。それから苛めは次第に少なくなり、いつの間にか誰からも苛められなくなった。拍子抜けしたくらいだった。
――彼女がいたから苛められたのかな――
 とまで思ったくらいだ。苛めた相手に誰か味方がいれば苛めたくなるものだというのも後から考えれば納得できそうだった。要するに苛めることへの興味が彼女の存在がなくなったことで半減したのだ。
――人間の心理なんて、実に曖昧なものだな――
 と思った。
 苛められっこだったことが、それからの三郎の人生に与えた影響は大きい。欲を我慢するのではなく、飽きるまでするようになったのも、苛められっこだったことへの反動かも知れない。苛められている時は、ただ我慢することで、その場から早く逃れたいという思いが強かった。
 当然、反抗することを知らない。反抗して余計に相手の気持ちを煽ってしまっては、ひどい目に遭うだけだ。静かに相手が疲れるのを待つだけがその場を逃れるに一番だと思っていた。
 まわりから見れば情けなく見えて、
「そんなだから余計に苛められるんだよ」
 と言われるが、
「どうしようもないじゃないか」
 としか言い返せない自分が情けない。
 また、それを言ってしまえば相手もそれに対しての返答に困ってしまい、言葉が続かなくなる。
 三郎にとって苛めは忘れてしまいたいような過去のトラウマではない。だが、自然と忘れようとしている自分がいることに気付き、ハッとしてしまうこともある。そんな時に思い出すのが彼女の顔だった。
――トラウマになるのが嫌で忘れてしまうことは、彼女の存在まで否定することにならないだろうか――
 という疑問が頭を擡げる。
 反抗することを忘れてしまった三郎が、自分をも否定してしまいそうになるのを抑えられたのは、欲を我慢しないからだろう。飽きるまでするというのは、元々の性格からだろうが、小学生時代の経験から来ているといっても過言ではない。
 苛められた理由というのはいろいろあるだろう。
「見ていて腹が立つんだ」
 という、理不尽な理由もあるだろう。だが、人を苛めたくなる気持ちを三郎自身分かっているようにも思える。分かっていて認めたくないという思いがあることで、苛めに逆らえなかったもう一つの理由だろう。
 とにかく消極的な人生だったことには違いない。
 計算高い少年だったのも事実である。
 苛められながら、気持ちは他人事、
――いずれ苛めもなくなるだろう――
 という思いの中、下手に逆らって痛い目に合うのは嫌だった。黙ってその場をやり過ごすことの大切さを身に沁みて感じていたが、それを見ていてまわりがどう感じるかなど頭になかった。
 順序立てて考えているようで、気がつけば自分に都合のいいようにしか考えていないことが多い。楽観的な性格でもないのにおかしなものだ。いつも何かに不安を覚え、楽観的になれない自分に苛立ちを感じているのは、都合のいいようにしか考えられないからかも知れない。
「お前はいいよな、楽観的で」
 と人から言われて、
「いやいや、そんなことはないさ」
 と慌てて否定しているつもりでも、まわりから見れば慌てているように見えない。そこに自分自身で憤りを感じるのだった。
 そんな性格だから、欲を抑えることをしない。苛めを受けていることで知らず知らずのうちに逃げ道を探している自分がいるのを感じる。封鎖するのではなく、どこかに逃げ道を用意しておくことを忘れない性格である三郎が、欲を抑えてしまってはすべてが悪い方へと向かうような気がしてならなかった。
 大学時代に最初に行った旅行先は、小学生時代に好きだった女の子の転校していった街だった。
 どこにいるか分かるはずもなく、まだその街にいる保障もないのに、最初から行き先は決まっていたようなものだった。
 出会えるわけもない相手である。出会った気持ちで出かけて、その場では何を感じるというのだろう。
 旅先で見る人は、皆どこかが違っていた。大学生になって都会に出てきたとはいえ、すっかり都会の生活に慣れたはずなのに、旅先の街がさらに都会に感じられた。
 規模から言えば、それほど都会の度合いに大した差はない。今住んでいる街には大学が多く、若干年齢層が若いという程度である。
 だが、その違いが大きいのではないだろうか。大学のある街が大好きで、これ以上の街はないと信じていたのに、旅に出ると、その思いが少し変わってきた。
 確かに旅先で新しい発見をし、ワクワクした気分になれることが旅の醍醐味ではある。だからこそ旅に出たいと思うのであって、それが出会いであったり、名所旧跡から感じる時代であったり、すべてが新鮮なのである。
 彼女が引っ越していった街もそうであった。都心部はさすがと思わせるビルが立ち並んでいたが、その中心部には天守閣を備えた城が聳えたち、さらにまわりを武家屋敷が並んでいる。濠から続く川の先には湖があり、夕日の綺麗な時間には、旅行者の目を楽しませてくれる。
 旅に出ると、疲れ方が半端ではない。昼間観光をしている時はそうでもないが、宿に入って夕食を摂ると、その後は歩いていても足がまともに上がらないほどきつくなる。
 身体にだるさを感じてしまうのだ。心地よいだるさであって、痺れを伴っているのかも知れない。
 額から汗が流れ出る。足が浮腫んでいるようで、熱を持っている。脈打っているのを感じるが、痛いわけではなく、むず痒い感じである。旅に出ているという開放感が、身体に変調をもたらしているようだが、気持ち悪い感じではない。
 そんな思いを以前にもしたことがあった。
作品名:短編集101(過去作品) 作家名:森本晃次