短編集101(過去作品)
ファンだけでこれほどの風を感じるわけもない。掻いていた汗が乾きかけている証拠ではあるが、あまり気持ち悪さも感じない。気がつけば喉がカラカラに渇いていて、少し冷えかかっているコーヒーで喉を潤した。
――おいしい――
それまで、あまりコーヒーを飲むことのなかった三郎だった。どちらかというと紅茶が好きな方で、コーヒーの苦味が嫌だったのだ。だが、大学通りを歩いているうちに、喫茶店の前を通りかかった時に香ってくるコーヒーの香りに上品さを感じていた。いわゆる、
――芳醇な香り――
というやつだ。
大学に入ってなかなか知り合いができない三郎は、自分が引っ込み思案であることを痛感していた。話しかけるやつは、簡単に話しかけてくる。本当は適当に話をしていれば友達になれるのだろうが、どうにも軽薄な感じがして、まずは、親友と呼べるような人と友達になりたいと感じるのは、贅沢なのだろうか。
そんなことはないはずである。趣味や目的がこれといってハッキリしない三郎にとって、軽薄に見える人と最初に友達になってしまえば、ただ流されるだけの大学生活を送ってしまいそうで怖いのだ。もっと言えば、相手に主導権を握られてしまえば、卒業するまで相手との立場や距離が縮まらない気がしたのだ。自分にとって大切だと思いたい四年間、最初から無駄と思えることはしたくない。慎重になってしまうのも仕方がないことなのかも知れない。
大学入学して梅雨も終わり、そろそろ夏を迎えようとした頃だった。
先輩につれてきてもらった喫茶「モノトーン」には、それからしばらくして立ち寄ったのがきっかけで、今では常連となっていた。
店内に流れるクラシックのメロディを聞きながらのモーニングサービス。朝の時間にクラシックは実に合うのである。
最近読書をするようになった三郎が、その場所に選んだのがこの喫茶店だった。クラシックのメロディと本の内容が決してマッチしているとは限らないが、本を読むことが贅沢な時間を使っていると思うことで、クラシックのメロディがさらに優雅でエレガンスな雰囲気を奏でている。
いつも喫茶「ノクターン」には一人で来ていた。今では友達も増え、喫茶店に一緒に行くこともあるが、喫茶「ノクターン」だけは一人で来ることにしている。自分だけの「城」として大切にしたいのだ。
最初の頃、読書と言えばミステリーがほとんどだった。短気な三郎は、小学生の頃から文章を読むのが苦手で、国語の試験では文章をまともに読まずに答えを出していたので、成績は最悪だった。
そんな三郎が本を読むのが好きになったのは、有名になった映画を見てからである。
かなり昔の作家の作品なので、時代背景は今の世界に住む我々が想像できるものではない。最初にスクリーンを見ているから時代の雰囲気に浸れるのだ。二十年の違いくらいならまだ許容範囲だが、三十年以上前だとなかなか難しい。それが五十年になると、人間の生活から思想からすべてが違ってくる。最初に本を読んだのでは想像の世界を超えられないに違いない。
スクリーンからの時代を肌で感じた三郎が本を読んでみたくなったのも無理のないことで、だが、最初はなかなか馴染めなかった。その当時の本は講釈が多く、時代背景を知らないと馴染めるわけもない。下手をすると
――気がつけばセリフだけを読んでいた――
なんてことになりかねない。
実際に読み始めはセリフがほとんどなく、あっという間にページが進んでいた。最初のところにこそ謎を解く鍵があるのかも知れないと思い読んでいるがいつの間にか、セリフだけを飛ばして読んでいる。
――集中力がないんだな――
自己分析をしてみる。本を読んでいると、つい他のことを考えてしまう。気がついた時には、何を考えていたかすら忘れているので、本を読む時は自分の世界を作らないといけないことに気付く。
しかし、自分の世界を作っても他のことを考えているのでは同じことだ。ミステリーは少々飛ばして読んでも何とか話が続くような気がしていた。きっと最初に映画を見ていたからだろう。
時々、プロローグだけを読んで、すぐにエピローグを読む人がいる。
「いきなり解決編を読むなんて、ルール違反だ」
という人がいるが、三郎はそこまで感じない。解決編を楽しみに読む人から見れば、先に犯人を知るのは「ルール違反」になるだろう。だが、三郎は違反は違反でもマナー違反の類だと思っている。マナーは守らなければいけないのだろうが、個人で楽しむ分には何の問題もないと認識していた。
ミステリーもある程度読んでいると、今度は他の小説を読んでみたくなる。
三郎の性格である。
――飽きるまでする――
というのは読書にも当て嵌まり、好きなミステリー作家の本は、ほとんど読破していた。読破したと言っても数人だけだが、それも好きなものが偏っている三郎ならではである。
主に読んでいたのは夏の間、実にミステリーにはふさわしい時期ではないか。暑い表から涼しい喫茶「ノクターン」に入って、ホットコーヒーを飲みながらミステリーを読んでいると、落ち着いた気分になれた。夏の間に涼しいところでホットコーヒーを飲むというのは粋なことだと三郎は思う。表で掻いた汗が冷えるのを感じながら飲むホットコーヒーも乙なものだ。
天邪鬼と言われるゆえんでもあるが、逆に冬、アイスクリームを食べるのも好きだった。乾燥していて寒いので、なかなか溶けない。口の中で溶けてくる感覚が好きであった。
読書をしていると、いつも途中から自分の世界に入り込んでしまう。入り込むまでに時間は掛かるが、一旦入り込んでしまうと今度は完全にまわりが見えなくなってしまう。
――熱しやすく冷めやすい性格――
と感じていたが、それも飽きるまでやる性格に付随しているものだ。
本を読んでいると、情景が浮かんでくる。それまでセリフばかりを読んでいたのに、情景が浮かんでくるようになると、ゆっくりと本が読めるようになった。それを三郎は、
――気持ちに余裕が出てきたからだ――
と感じていたが、間違えではないだろう。
ミステリーを読んでいて、同じミステリーでも奇妙な話も書く作家の作品を読んだことがあった。元々、昔の推理小説には、ミステリーやホラーなどが、厳密に区分けされていないような作品も多かった。知らない時代がミステリアスに感じるのも当然だが、実際にもののない時代の猟奇と、今の時代の猟奇とでは質が違って当然である。三郎はもののない時代の猟奇に興味を感じていた。
――理屈じゃないんだ――
現在のように複雑化した犯罪と違い、単純さが想像できる範囲の世界を形成している。テレビなどで生まれる前の世界がブラウン管に映し出されると、
――以前にも見たような気がするな――
と思えてくるから不思議だった。
確かに小さい頃には、まだ部落のようなところが残っていて、廃墟になった屋敷の奥には防空壕の跡が残っていたりしたものだ。
「行ってはいけません」
と言われていたが、それだけでは子供の興味を削ぐことはできない。好奇心に任せて、誰でも必ず一回は近くまで探検に行ったことだろう。
作品名:短編集101(過去作品) 作家名:森本晃次