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ミソジニー

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顏には白い布がかぶさっていた。
「先生・・・」
俺はもう何も言えなかった。
何て言葉をかけていいかも分からなかった。
そもそも先生はもう死んでいるのだった。
死体に声をかけても意味なんてなかった。
俺は先生のそばにいきそっと手に触れてみた。
死体は凍りついていて、体温はまるで氷点下のように冷たかった。
そこには先生の生きた温もりは全くなかった。
俺は一瞬ですべてをなくしたような感じになった。
そして先生の手を握りながら俺はまたもや静かにすすり泣くようにして下を向いた。
「先生・・・先生・・・」
俺は頭をふせながらそう何度も小さな声で叫んだ。
まるで何かにとり憑かれているかのようにずっと叫び続けた。


俺は警察に色々と事情を聞かれた。
犯行現場で何が起きたのか?そしてなぜ先生は死んだのか?
いきなり車が飛び出してきたこと。そして男の二人組に金を払うように強要されたこと。口論になり、先生が強姦されそうになったため、俺が助けようとしたら取っ組みあいになり、殴られたり蹴られたり散々暴行を受けて、そしたら今度は先生が飛び出してきて俺を助けようとして代わりに殴られて死んだこと。
俺は出来る限り詳しく説明した。
「それは・・・大変お気の毒ですね」
警察の人はとても残念そうな面持ちであたりさわりのない弔辞の言葉を述べた。
「しかし・・・それは恐らくヤクザまがいの恐喝ですね。いわゆるあたり屋ってやつですよ」
「あたり屋?」
ドラマなどに出てくるので高校生の俺でも噂程度には知っていた。
しかし、刺青を見た瞬間に何となくで連中がヤクザか何かだろうとそれだけは察しがついてはいた。それにあの二人の男たちの妙な関西弁・・・。あの時は頭が真っ白で何も考えられなかったから関西弁のことなど気にしている余裕は一切なかったが・・・何かのドラマで一度見たことがあって・・・関西にはヤクザがものすごく多いというのを聞いたことがある。そのこととも異様に辻褄が合っていた。
「あのような山奥は周りに人もいないから助けも呼べないですからね。そういった意味では大変危険なんですよ。携帯の電波も届かない場合が多いので一度金をゆすられると、警察も保険会社もその場で呼べないですし、脅迫されると金を支払わざるを得なくなります。だからあえて人通りの少ないところとか警察を呼べない場所でやるんですよ」
そう言うことだったのか・・・
そういう事情があるのだとあらためて分かった。
「でも・・・変ですね」
突然警察はクビをかしげ、おかしいなという感じの表情を浮かべながらそう言った。
「変?」
「ええ・・・あなたからお話を聞いて何点か疑問に思ったのですが・・・通常の当たり屋というのは100万なんてそんな高額な金額はまず要求しません。せいぜい数万から十数万くらいで、すぐに支払える金額がほとんどです。その方が警察に連絡されてしまう前に支払ってもらえる可能性が高いですから。しかも、例え100万円を要求したのが本当だったとしても、お金を恐喝で騙し取るだけならあなたたちの言うとおりにして、山を降りてからこっそりお金だけもらっていたはずです。それが通常の当たり屋のすることです。ゆすりが目的なわけですから。一緒にいた女性に対してレイプまがいのことをして話をわざわざややこしくして、一体目的は何だったのでしょうか?そんなことをしたらますます話がこじれてしまいます。また、いくら人通りの少ない山奥だったからといって、万が一誰かに見られたら強姦罪の罪に問われてしまいます。わざわざあたり屋が金を騙し取るためだけにそんな危険を冒すでしょうか?」
警察の人はかなり頭の切れる人のようで冷静に分析するかのようにそう説明した。
俺なりに警察の人の話を少しずつ噛み砕きながら頭の中で一つ一つゆっくりと整理してみた。
そう言われてみればそうだ、と思った。何か変だ。
警察の人が言うことはもっともだった。
あの男たちは一体誰なんだ?結局、何がしたかったんだ?目的は何だったのだろうか?
「とにかく・・・この一件については、ナンバープレートを確認できなかったのが非常に残念です。あたり屋に金を恐喝されたらナンバープレートを確認するのが常識ですが、あなたは意識が朦朧としていてそれが確認できなかった。おまけに周りに目撃者もいなかったわけですから・・・残念ですが、今回のケースでは犯人を特定するのは極めて難しいでしょうね」
それを言われて俺はとてつもないほどのショックを受けた。
これが警察なのだろうか?
俺たちはあんな悲惨な目に遭って、俺は最愛の人まで失った。
俺たちは被害者なのに・・・あの犯人であるあの男たちは今もひょうひょうと生きているのに、なぜ俺だけがこれからもずっと一生苦しみ続けなければいけないのだろうか?
俺はこの先一体何を恨んで生きていけばいいのだろうか?
でも、もうそんなことはどうでもよかった。
先生を失った悲しみがあまりに大きすぎて頭の中が真っ白だった。
もう何もかもどうでもよくなっていた。
「ですが・・・こんな事件にまでなってしまいましたからね。意図的ではなかったとはいえ、殺人罪に発展する可能性だってあるわけですから・・・できる限り私たち警察も協力させていただきます。また、何かこちらから伺いたいことがあった場合は連絡させていただきますね」
「ありがとうございます」
俺はお礼をいった。
「どうかお気を落とさずに」
警察の人にそう言われて、俺は軽くお辞儀だけして警察署を去った。



先生の事件は殺人事件の可能性もあるとして、テレビのニュースにまで流れてしまっていた。俺は匿名希望で当事者として何度かインタビューを受けた。自宅にテレビ関係者が押し入ってくることもあった。
俺はこんな事件のことなどいち早く忘れたかった。何もかもさっさと終わらせたかったので、その度に同じような質問をするテレビ局にはうんざりしていた。
もう俺のことは放っておいてくれ。俺と先生をそっとしておいてくれ。
張り詰めた空気の中で、俺の心の中ではそう雄叫びのような声が無限ループのように繰り返し再生されていた。
自宅にマスコミがやってくると、もう家じゅうパニック状態に陥ったかのごとく大騒ぎになった。
俺は隠しても隠しきれるものでもないとわかっていたから家族には全部事情を話した。でもまったくといっていいほど納得してもらえなかった。母親は俺が先生と恋人関係だったなんて知って度胆を抜かされるくらいびっくり仰天しているようだった。父親も同様の反応だった。でも、姉貴だけはさすがに俺を少しだけ心配しているようだった。
俺が階段を上って部屋に行こうとしたら声をかけてきた。
「あんたさ・・・大丈夫?」
姉貴はいつになく俺を心配しているような感じでそう話しかけてきた。
俺は姉貴の方を少し見た。
「ああ・・・」
一言だけそう言って俺は自分の部屋に雲隠れした。
俺はベッドの上で仰向けになり少しだけ考えた。
警察の人が言っていた通り、結局あの男たちはなんだったのだろうか?
その時ふと思った。
「もしかしたら、眞口?」
突然そんな嫌なことが頭をよぎった。
よからぬことを考えてしまった。
そんなことはない、と心の中で思いたかったがどうみてもそれ以外に考えられなかった。
作品名:ミソジニー 作家名:片田真太