ミソジニー
そんなことを考えたらいたら、もういてもたってもいられなくなった。
そういえばあの時校庭のグランドで連絡するって言いながらあれから先生からは全く連絡が来ない。
もう俺のことなど忘れてしまったのだろうか?
それともあんな不始末な問題が起きてしまったせいで、先生は俺のことを恨んでいるのだろうか?
俺とのことを心底後悔してるのだろうか?
そんな不安が募りに募った。
そしてやがてその不安が怒りへと変わりその矛先が眞口へと向かっていくのにそう時間はかからなかった。
俺の好きな先生をこんなに苦しめたやつ。
俺と先生を遠ざけようとしたやつ。
そして、俺から先生を奪ったやつ。
もう誰にも俺を止めることはできないんだ。
学校で俺はついに眞口に会いに行くことにした。
俺はもう何も失うものなどなかった。
だから怖いものなどなくなってしまっていた。
朝ホームルームが始まる前にその眞口がいる隣のクラスに、はたから見たら無謀かつ無鉄砲な行動だったのだろうが、そんなことはつゆ知らず一人堂々と乗り込んでいった。
「おい、いるか眞口!出てこいよ。」
隣のクラスの教室に入って俺はそう叫んだ。
みんな突然のことに動揺したのか、ざわめきだした。
「おい、隣の竹井蒼太だぞ」
「あのいじめのやつだ。」
「何してんだ、あいつ」
俺はそのクラスのやつらに向かってこう叫んだ。
「眞口はどこにいる?隠れてないで堂々と出てこいよ」
さらに教室中がどよめき出した。まるで腫物に触ってしまったかのごとく異常なくらい騒々しくなった。
「おい、あいつ今眞口って言わなかった?」
「ヤクザの息子に喧嘩売る気かよ?」
「おいバカ、眞口に聞こえるぞ」
そんなひそひそ話が聞こえてきた。どうやら俺はタブーな発言をしてしまったらしくみんな動揺しているようだった。
山村の情報によれば確か眞口の席は教室の一番はじっこの窓際だった。
しかし、そこには誰も座っていなかった。
俺は誰もいない席を見て叫んだ。
「おい、ここの席の眞口ってやつは?」
まわりのやつらは無反応だった。
「どこだって聞いてんだよ」
するとある男子生徒が話かけてきた。
「眞口なら休みだよ」
メガネをかけた真面目そうなやつだった。
「休みって・・・何でだよ?」
俺はそう聞いた。
「知らない・・・あいつしょっちゅう休むから。ここ最近はずっと休んでる。多分今日も休みだよ」
俺は拍子抜けした。こんな学校にもろくにこないような奴が・・・そんな奴が裏でふんぞりかえって偉そうに周りに指示を出して俺に対するいやがらせやらいじめやら散々好き勝手にやっていたのか?そして先生を学校から追い出した。そいつが今も何事もなかったかのように平気で学校をさぼっている。俺は教室を飛び出した。
「あ、ちょっと・・・」
メガネのやつが俺を呼びとめようとしたが、俺にはどうでもよかった。というかもはや俺の耳には何も聞こえてはいなかったのかもしれない。
俺は眞口に向けて手紙を書いてメッセージを残すことにした。そうすることで眞口に対して何が何でも伝えたい俺の腹の底から湧き出てくる言葉一つ一つをくまなく伝えられる気がしたからだ。そして、学校を追い出された先生のためにも・・・
何だかそうせずにはいられなかった。何もしないで、ただ黙っていられるほど高校生の俺はまだ人間ができていなかった。
「眞口へ
はじめまして・・・俺が竹井蒼太です。
唐突にいいます。俺は、お前がどれほどひどいことをしているか、どれほど最低なやつかってことを知っています。でも、お前が一体誰でどんな奴で、どんな人生送ってきたとか、どんな考え方をしているのか?そんなことはまったく知らない。でも、そんなことは正直どうでもいい。何でこんなひどいことをするのか?ヤクザってなんなんだ?そんなことも考えた。でも、それらのことも一切興味はない。お前の親がヤクザだろうがそんなことはどうでもいい。でも・・・これだけははっきりと言える。どんな理由があろうが、素知らぬ顔をして平気で人を傷つけられるような奴は最低だ。そんな奴は最後には絶対に痛い目に遭う。絶対に負ける。どんなに権力を振りかざして暴力を使ってやりたい放題やっても世の中には絶対に手に入らないもんってあるんだよ。それは・・・本当の愛ってやつだ。おれが・・・俺は・・・お前が学校から追い出した先生からそのことを教わったんだ。そして先生からもらったんだ。はっきりという・・・お前には絶対に分からない。一生かかってもな。これ以上悪の行為を続けるのならば俺はもう許さない。周りに命令なんかしないで、お前自身が俺のところへ来い。正々堂々と俺に喧嘩を売りに来い。お前が、卑怯な臆病者でないならな。
竹井蒼太」
俺は精一杯眞口に向かってそう心の叫びをありったけのメッセージにしてそれを手紙に書いた。
そして次の日、俺は眞口の机の中へその手紙をボンっと乱暴に放り投げた。
クラスのやつらがそれを見てまたざわめきだした。
俺は何事もなかったかのように、教室を出て行った。
俺はその時眞口にしてやった、と思った。
ヤクザの息子だなんて言われていても、実際は周りに命令しないと一人じゃ何もできない卑怯者だ。姑息かつ卑劣極まりないが、すぐに切れるただ頭の悪いだけのガキだ。
俺はそう思った。
俺は自分の勝利を確信した。
しかし、しばらく立った後、どうやらその手紙を眞口が読んだらしく、それがとうとうやつの逆鱗に触れてしまったことを俺は知った。学校では俺が眞口に喧嘩を売ったヒーローみたいだなんて囃し立てるやつらもいたが、大半の連中は俺がいじめに遭ったことでとうとう頭がおかしくなってしまったのかと思っているようだった。
山村が俺のことを心配したのか声をかけてきた。
「おい、お前眞口に喧嘩売ったって本当かよ?」
山村は周りに聞こえないように小声でそう言ってきた。
「ああ」
俺は少し得意げにそう言った。
「バッカだな。お前。眞口のやつもうカンカンに怒ってるらしいぞ。学校中大騒ぎしてる。だからあんなやつほっとけばいいって言ったのによ。さわらぬ神にたたりなしだせ。」
「あんなやつただのヤクザのチンピラのバカ息子だろ?」
「何言ってんだよ。あいつはほんとにやばいやつなんだぞ。まともじゃないんだって。おいマジかよ・・・俺はもうどうなっても知らないぞ?」
「どうってことないだろ?」
俺はへっちゃらだという感じでそう言った。
同じ教室にいた峰岸遥も心配そうにちらちらとこっちの方を見ていたようだった。
放課後、教室を出ると廊下で峰岸遥が後ろから俺に話しかけてきた。
「竹井君!」
俺は振り返った。
「大丈夫?何か・・・大変なことになってしまってるみたいだけど」
「ああ・・・別に・・・どうってことないよ」
俺は動揺しない素振りを見せてそう言った。
「そう・・・ちょっと心配だったから」
峰岸遥はうつむき気味にそう言った。
「何も心配することないよ」
「ごめんね・・・私のせいで、こんな大騒ぎになっちゃって。もとはと言えば、私のせいだよね・・・こんなことになったのは。本当にごめんなさい」
峰岸遥は俺に頭を下げてそう言った。
「別に・・・峰岸が謝るようなことじゃないよ」