ミソジニー
「ちょっと待ってください。何故、落書きは証拠にならないのに、写真は証拠になるのですか?こちらの言い分も聞いてください」
「ですから、落書きはいくらでも自分で偽装して書けますが、写真は自分じゃ作れないでしょ?明らかにあなたがそこにいたからでしょ?明らかにあなたが生徒と関係を持っていたというゆるぎない証拠なんです。それとも合成写真だって言うんですか?」
もう学校側は何を言っても決めてかかっていて真由美先生の言い分など初めから聞く耳持たない様子だった。
俺は心底学校に対して怒りと憎しみの感情を覚えた。
「それは・・・でも本当なんです。信じてください」
「ですから、今度職員会議を開きますからそこで改めてご自分の意見を主張するなり弁解なさってください。では、これで話は終わります。いいですね?」
教頭はさっさと話を終わらせたいかのようにその場を立ち去って、逃げるようにして教頭室へと戻っていった。
後ろ姿しか見えなかったが、真由美先生はその場に呆然と立ち尽くしてしまっていた。先生は一人ぽつんと取り残されたような感じだった。俺はそんな先生を見てられなかった。
あんな写真を学校中にばら撒いたやつは誰だ?一体誰がこんなひどい真似を?
クラス中見渡してもそんな大それた真似ができそうなやつはいなかった。でも、もし見つけたらとっつかまえてすぐにでもその場でぶん殴ってやりたい気分だった。
その時、俺はふとあることを思い出した。それは、峰岸遥からの手紙に書かれていたように・・・別のクラスに不良グループがいてそこのリーダーがとんでもない不良だったって話を。ふとそのことが脳裏によぎった。
教室に行くと、山村がいつになく慌てた様子でこっちにすっ飛んできて俺に話しかけてきた。
「おい、お前またもや大変なことになってるぞ」
「大変なこと?」
「真由美先生とデートしてたってのは本当なのか?そりゃいくら何でもまずいだろ・・・生徒と先生じゃ・・・」
もうすでに学校中に噂が広がっているようだった。
俺はこれ以上騒ぎを大きくしたくないから
「あれはいじめの問題を相談に乗ってもらってただけだよ」
俺はそうとっさに嘘をついてしまった。
「何だ、そうだったのか。心配して損した。お前、停学とか退学くらっちゃうかと思ったからさ。」
山村はほっとしたようにそう言った。
「でも・・・じゃあ誰があんな写真撮ったんだろうな・・・」
俺もそれが知りたくて仕方ないんだよって心の中でそうつぶやいた。
「もしかしてたらあいつの仕業かもな・・・」
「あいつ?」
山村がおかしなことを言いだした。
「眞口ってやつだよ。隣のクラスの。あいつは相当な悪だからな。実は今回のお前のいじめの問題だってあいつが張本人なんだからさ。お前が峰岸遥をやり捨てしたとかデマを勝手に学校中に流して、周りのやつら全員を扇動していじめをやらせてたんだからな」
俺はその話を聞いてほんの少しだけ驚いたが、それと同時にやっぱりそういうことだったのかと自分の勘が当たったことを確信した。でも、そうだとするとやはりそれは、峰岸遥の手紙に書いてあった例の不良グループのリーダーのことなんだろうか?
「そいついったい誰なんだ?」
俺は山村に聞いてみた。
「いわゆる、ヤクザの家の息子だよ。極道だよ極道。俺も最近知ったんだけどさ、去年の秋くらいにうちの学校に転校してきたんだよ。噂ではずっと知ってたんだけどさ、正直ここまで極悪非道なやつだとは思わなかったよ。何でも噂だと、前の学校では誰かをボコボコになるまで痛めつけて半殺し状態にして病院送りにしただとか、誰かをいじめの標的にして無理やり万引きをやらせたりだとか、それでそいつが捕まっても知らん顔するんだよ。ヤクザの親父がバックにいるから、警察に眞口の話なんかしたら後で殺されちゃうからな。だからみんな大人しく言うこと聞くしかなくなるんだよ。高校生のくせに酒やたばこはもちろん、ギャンブルやったり、噂によれば麻薬にまで手出してるらしいぜ。それと高校生のくせに乱交パーティーを主催したりだとかよく分からないことやってるらしいし。さらにあいつの親父が相当な悪らしくて売春ビジネスにまで手を出してるだとか。相当悪どいことしてるらしいぜ。本当にやばいやつなんだ」
峰岸遥が手紙で言っていた話とはだいぶ違う。ただの不良グループのリーダー格くらいに書いてあったのに、小学生の少年野球チームと大人のプロ野球球団くらいの違いだ。
「何でそんなやばいやつがうちの学校に転校してきてんだよ?」
山村はため息をつきながら言った。
「まあ、眞口は前の学校でも問題起こして退学になったらしいんだが、そんな問題あるやつなんてなかなか普通の学校には転校できないだろ?でも、うちは進学校でも何でもないしな。偏差値だってそんなに高い方じゃないし。学校は経営が苦しいから、ヤクザから大量に寄付金もらえば学校側も嫌とはいえないだろ」
何だ・・・そういう理由か・・・
「でも、何でそいつが俺と先生の写真なんか撮って学校中にばら撒いたんだよ。」
「それは俺にも分からないよ。ただ、噂によれば今回お前がいじめの標的にされたのもお前のことが気に食わなかったかららしいよ」
「気に食わないってなんだよそれ?」
そんなどこの馬の骨かもわからないようなやつになぜそんなことを言われなくてはいけないのか?と思って俺はそう吐き捨てるように言った。
「これもまた聞きの噂だからよく分からないけどな。眞口が転校してきたばっかりの去年の秋頃、他のやつらは眞口が恐いから廊下ですれ違うときは必ず挨拶するかはじによけるかして気を付けて歩いてたみたいなんだけど、お前はやつとすれ違ったときにろくに挨拶もしなかったらしいんだよ。おまけにお前と肩がぶつかりそうになったときに、お前は一切謝りもしないで素通りしちゃったらしいよ」
何だよそれ?そんなふざけた話があるか?挨拶しない?素通りしたから?
「肩がぶつかりそうになったって?」
俺にはまったく記憶の片隅にもない出来事だと思った。
「世の中にはよ、そういうあぶない連中がいるんだよ。気を付けないとな。お前さ、学校であまり友達いなかったからそういう噂にも無頓着だったしさ」
山村は俺に諭すようにそう言った。
「まあ、とにかくそれからお前はずっと眞口にいつの間にかマークされてたんだよ。いわゆる世間的にいえばブラックリストってやつさ。それのトップをお前は独占してたわけ。それでな、お前に対する怒りに火が付いたきっかけは、例のラブレター事件だ。」
「ラブレター事件?」
「そう。眞口もほかのやつらと同様、ずっと峰岸遥を狙ってたんだ。片想いだけどな。でも、峰岸遥はずっとお前のことが好きだって噂でもっぱら有名だった。それだけでもお前のことが相当気に食わなかったのに、お前が峰岸遥に告白されたのにも関わらず、ラブレターをびりびりと破り捨てたと聞いたもんだから、眞口はもう怒りが絶頂に達したんだよ。」
そんな話ってあるのか?たったそれだけのことで?俺はそんなことは悪気があってやったわけでも何でもない。肩だってぶつかりそうになったかもしれないけど、それはお互い様だ。何で俺だけ恨まれなきゃいけないんだ。
本当に俺には信じられない話だった。