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ミソジニー

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「ああー・・・あれやっぱり竹井君だったんだ。多分そうじゃないかなって思ったんだけどさ、いくらなんでもそんな偶然ありえないかなって思って・・・あれってご家族とお食事とかしてたの?」
「うん。姉貴の就職祝でちょっと・・・」
「そうなんだ・・・」
俺は先生と一緒にいたあの男のことがやけに気になり始めて真相を突き止めたくて仕方がなくなってきた。
「あの・・・あのとき一緒にいた男性は誰なんですか?もしかして・・・恋人・・・?」
先生は急にクスッと笑い出した。
「ああ、あの人のことね・・・違うよ。まあ、デートではあったけどね。前の柳高校にいたときの同じ職場の人でね。よくデートのお誘いを受けてたの。大体は断ってたんだけど、なんだかいつも断ってると悪いからたまに食事だけは一緒にするんだ。」
「それって付き合ってるんじゃないですか?」
「まあ、向こうはそう思ってるかもしれないわね」
「よく分からないですね・・・・」
「まあ・・・そうね。私もよく分からないは。いまだに男性を恋愛対象としてなかなか見れなくてね。だからデートのお誘いを受けても困ってしまうんだ。でも、そう度々お断りしてたら何だか申し訳ないとも思うし。でも・・・思わせぶりな態度もよくないし、この前あのレストランではっきりとお断りしたんだ。もう誘わないでくださいって」
何だ・・・そういうことだったのか。俺はなぜだか少しだけほっとしたような気持ちになった。
「何でそんなこと聞くの?」
「いや、別に・・・」
そう不意打ちをくらったかのように突然聞かれて、思わず顔全体がまるでユデダコになったみたいに赤面してしまった。
「そうだ、先生。今度二人で水族館行きませんか?」
俺は何を思ったのか突然そんな大胆なことを口走ってしまった。
先生は少しだけ驚いたのか一瞬だけ目を丸くした。
「何で・・・?別に・・・いいけど。一緒に行く人がいないなら・・・」
思いのほか一瞬で返事が返ってきた。
え?それっていいってこと?OKってこと?
俺はもう先生に対して何らかの感情を抱いていることは確かだった。もう自分に嘘がつけないくらい誤魔化しようのない事実だった。だから後先考えずにそう言ってしまった。自分でもびっくりするくらいだった。
俺は自分のことを昔からどうしようもないくらい冷めきった人間だってずっと思ってた。変わろうと思っても絶対に無理だって思ってた。そしてこの先もずっとそうなんだと思ってた。だから、そんなやつでもこんなにも熱い感情的な人間になれるなんて自分でも正直驚いてる。でも、肝心の先生の気持ちがまるで分からなかった。だから無意識でもこんなことを言ってしまったのかも。でも、それは先生の気持ちを知る上では不幸中の幸いだったのかもしれない。
俺は・・・先生が好きなだろうか?




5日後に俺は先生と水族館に行くことにした。
郊外にある大きな水族館だった。
大きな透明なガラスの向こう側でたくさんの彩みどりの魚たちが一斉に泳いでいた。みなそれぞれがバラバラに別方向に向かって泳いでいてそれがまるでパレードの旗振りみたいに見えてとても色鮮やかさを強調させていた。当然形の小さな弱そうな魚もいれば偉そうな図体のでかい魚もいた。その様子を見ているとこの世界には実にたくさんの種類の魚がいるんだって思った。人間と同じで魚もみんなそれぞれ奇妙な個性があって、普段気に留めてないと気づかないくらいだがよく見ると同じ種類らしき魚でも一匹一匹が全然違って見えた。実にバラエティーに富んでいる。昔の俺だったらそんな些細なこと気にもとめなかったけど、なぜか先生と一緒にいるとこの世の全てが不思議な魅力で満ち溢れているような気がしてきた。
「ねえ。先生・・・」
「何、竹井君?」
「俺は今まで本当に学校にもうんざりで・・・友達も恋人もいらない・・・勉強や将来のことだって正直どうでもよかった・・・世の中なんてうんざりすることだらけだと思ってた」
「竹井君が?」
「うん・・・」
「それって・・・世の中にまったく関心がなかったから?それとも・・・何ていったらいいか分からないけど・・・絶望感のようなもの?」
「どっちかと言ったら絶望かな・・・何かの言葉で表現するなら、そうともいえるかも。でもね・・・先生といると・・・何だかほっとする」
そしてそれは嘘じゃなかった。先生といるとこの世界は光で満ち溢れていた。
「何それ・・・不思議な表現ね」
「うん。」
色々な魚を見ながら二人だけの空間でそんな日常会話とはほど遠い異様とも不思議とも取れる会話を繰り返した。でも、先生は俺の言っている言葉のひとつひとつの意味を瞬時にくみ取ってくれたので二人で会話をしているだけでほっとする気分になった。
水族館を一通り回った後、巨体のエイの入った水槽の前のソファーの方へと自然と向って行き、気が付いたら二人で静かに音も立てずにそこへ座っていた。夏休みだっていうのに雨の日のピクニックみたいになぜか周りにあまり人はいなかった。郊外にある特に有名でもなんでなくデートスポットとはほど遠い地味な水族館だったからかもしれない。
「先生?」
「何?」
「前話した俺の秘密・・・」
「竹井君の秘密・・・?」
「そう・・・」
「それって女性不信になったきっかけ?」
「うん・・・先生にまだ話してなかったと思って・・・」
「そういえばそうだったね・・・」
「話していい?今ここで・・・」
「話したくなったのなら・・・」
そして俺はすべてを話した。母親のことや姉貴のこと。そしてこの前みた悪夢のような夢の話を。
「そう・・・もしそれを竹井君がまったく覚えてないのだとしても夢に出てきたのなら・・・潜在意識として記憶のどこかに残っていたのかもね・・・」
先生は思い出しながら説明するかのようにそう言った。
「潜在意識?」
「うん・・・人は無意識に心の中で思っていることが夢になるの。だから・・・それは小学生のときに本当にあったことなのか・・・あるいは・・・本当のことじゃないけど、竹井君が心の中でそう思っていることが夢として具現化したのかも。私には分からないけど・・・」
なるほど・・・先生の説明は高校生の俺でも理解できるくらい説得力があった。
「でもね・・・竹井君。もしそれが本当だとしても、人はいずれ過去のことは忘れられるって私は信じているの。いいことはたくさん覚えていていいと思うけど、嫌なことまでずっと引きずって生きていくなんて本当に悲しいことだは。私も、今それを実践中なんだけどね・・・そして今、過去をようやく忘れられそうになってきてるの。35年もかかっちゃったけどね」
「先生・・・」
俺はふいに隣に座っている先生の横顔をまじまじと見つめてしまった。
横から見る先生は何ともいえずはかなげな表情を浮かべていて、そしてそれはとてもきれいだった。
俺はドキドキしてきてしまった。突然、波のように押し寄せてきた衝動を抑えきれなくなった。
無意識に俺は先生の手をそっと触れるようにして握った。
すると、先生も強く握り返してきた。
「俺も・・・もう過去は忘れたよ」
「え?」
「だって女嫌いはもうなおったから。先生と出会って。」
俺がそういうと先生はしばらく黙ったままだった。
作品名:ミソジニー 作家名:片田真太