ミソジニー
片瀬先生らしき声がスマホから聞こえてきた。
「よかった・・・つながった。片瀬です。片瀬真由美」
「やっぱり先生だ。でも・・・どうしてスマホの番号分かったの?」
「緊急連絡先で一応生徒の番号は知っているのよ。個人情報だから学校に許可をもらわないといけないけどね。いじめの問題について相談に乗りたいって学校側に伝えたので教えてもらったの」
「そうなんですか・・・」
「だからもう学校側にも二学期になれば職員会議で議題として取り上げてもらえるから安心して。そうなったら、学校側が改めて調査してくれるみたいだから。まああまり表だって騒ぎになると学校としても世間的にまずいからあくまで学校内の調査に留めておきたいみたいだけど」
「そうなんですね・・・」
「うん・・・」
しばらく間が空いたがやがて先生はまた話し出した。
「そうだ、竹井君・・・これからその話詳しくしたいからこれから会えない?忙しい?」
先生からの突然の誘いに俺は戸惑った。何だかドキドキしてしまったが、先生に会いたい気分だった。
「うん・・・いいよ」
俺はそう言った。
「よかった・・・じゃあまたあの喫茶店「フレーユ」の前で、そうだな・・・13時頃はどう?昼ごはんはもう食べた?」
「いえ、まだです」
「そう、じゃああそこでついでに昼ごはんも一緒に食べよっか?」
「はい」
「うん、じゃあまたね」
そう言って電話を切った。
今ちょうど12時30分だからもう少ししたら家を出ないと。
俺は大慌てで着替えて準備をしたあと、玄関先で靴を履きかえて外に出ようとした。
「ちょっと蒼太どこ行くのよ?昼ご飯は?」
「いらない、外で食べてくる」
先生に会いに行くことで俺は頭がいっぱいだった。
13時5分前に俺は喫茶店「フレーユ」の前に着いた。
先生はまだ来ていないようだった。
俺はまるで恋人とのデートの待ち合わせみたいに緊張した。ドキドキしながら待っていると、先生が後ろからトントンと肩を叩いてきた。
「先生・・・」
「お待たせ・・・待った?」
「ううん・・・今来たところ・・・」
まるで恋人同士のやり取りみたいで思わずテンションが上がってしまった。
そうして先生と俺は喫茶店「フレーユ」の中へと入っていった。
二人で席についた。またこの前と同じはじの席だった。ちょうど横に窓があって外が見渡せた。あたりは商店街だったが普通の商店のイメージとはほど遠く、駅とは逆方面のこじんまりとした雰囲気の街だった。
「ごめん・・・色々とバタバタとしててここしばらく忙しかったから。母親が入院してるって話したでしょ?母が病院の廊下で転んでまた容態が悪化したからお見舞いとか看病でかなり忙しかったの」
俺の想像した通り先生は母親の看病で忙しかったようだった。
「お母さん大変なんですか?」
「まあ、今のところリハビリしてるんだけどね。本当は3ヶ月くらいで退院できそうだったんだけど、さらに骨が折れちゃって本当にひどい状態で。今は頑張ってリハビリしているけど、退院は当分先ね」
「そうですか・・・」
俺はうつむき加減にそう言った。
俺と先生はこの前来た時みたいにまたコーヒーを二つ注文した。先生はあの時と同じように砂糖とミルクを入れて俺はミルクだけを入れた。
「そうだ、先生。俺、峰岸遥に手紙を出したんだ。謝りたくって。いろいろと全部自分の想いを手紙にして伝えたんだ。そしたらね・・・彼女、俺のことちゃんとわかってくれたよ。先生が言った通りだった」
俺はとりあえず、今までの出来事を一部始終報告するかのように先生に話した。
「そう・・・よかった。本当によかった」
先生は心から喜んでくれた。
コーヒーが来たのでしばらく二人でゆっくりと飲んでいた。
「それはそうとね・・・先生。峰岸さんからの手紙で少し気になることが書いてあったんだ。峰岸さんの手紙の内容によるとね・・・何やら他のクラスに不良グループみたいなやつらがいて、それでそいつらが俺の変な噂を学校中に流したらしいんだ。俺はラブレターを破いただけなのに、俺が峰岸遥をやり捨てした外道、みたいなそんな質の悪いデマを流したんだ。どうやら、そいつらがいじめを率先してやってるみたいで」
片瀬先生は目を丸くしてびっくりしたようにして
「そうなんだ・・・変な人たちに目をつけられたものね。どこの学校にもおかしな不良はいるのかもしれないけどね。でも大丈夫、学校側が対処してくれれば問題にはならないから」と言った。
俺はそれを聞いて少しだけほっとした。正直そんな怖そうなやつらに目をつけられてしまったことで相当へこんでいたのが本音だったから、俺は先生のその言葉にとても勇気づけられた。
「峰岸さんの手紙によるとね、そいつら相当の悪らしくてね。転校生らしくて、前の学校では何か問題起こして退学処分になったことがあるみたい。相当やばいやつらだよ」
「そう・・・なら尚更学校側には厳重に対処してもらわないとね。もしまた問題起こすようだったらその人たちをまた停学なり退学処分なりにしてもらわなきゃ」
先生の言うことはもっともで俺は何の疑いの余地もないと納得して、こくりとうなずいた。でも、まさか一枚の女子からのささやかなるラブレターを破ったことでこんなにも最悪の事態にまで発展することになるなんてあの時は露ほどにも思わなかった。つくづく自分のやったことは自分に跳ね返ってくるのかなと少しだけ反省の念をこめてそう思った。いつだったかは忘れたが昔読んだ何かの小説に出てきた言葉。いわゆる因果応報ってやつか。それくらい有名な言葉の意味なら高校生の俺でも知っている。
「でも、大丈夫よ。きっと何とかなるよ」
先生はそう言ってまたコーヒーを丁寧に口の中に入れるようにして飲んだ。
「それはそうと、何か食べない?お腹減ってない?」
俺は朝から何も食べてなかったのでグーグーと音が鳴るほど腹ペコだった。先生と話し込んでいたせいでそんな一大事すら忘れてしまっていたようだった。
「うん、食べるよ」
俺はチキンカレーライスを、先生はオムハヤシライスをそれぞれ一品ずつ頼んだ。
「それはそうと、竹井君さ・・・。夏休みは何してるの?」
先生は何を言い出すのかと思ったら急に変化球のごとく話題を変えてきた。
「いや・・・特に別に・・・うちでゲームやったり」
高校生にはあまりにも刺激的すぎるその質問に俺は興奮してしまい、とっさにそう答えてしまった。
「ふーん、夏休みなのにもったいない」
と先生は少しだけ残念そうな感じで一言そういった。
「先生は夏休みも病院でお母さんの看病とかで忙しいの?」
俺はそのことで質問攻めされるのが何となく怖くなって逆にそう聞き返した。
「別に毎日じゃないし」
「じゃあデートとかで忙しいの?・・・先生・・・彼氏さんとかは・・・?ほらさ・・・6月くらいに青山のレストランで見かけたんだ。先生が大人の男と一緒に食事してるの」
俺は前々からそのことを先生に聞きたくてうずうずしていたが、ちょうどいいタイミングだったのでこの際さりげなく聞いてみることにした。
先生はいったい何の話だろう?といった感じで不思議そうな顔を一瞬見せたが、しばらくすると俺の目を直視するかのようにまじまじと見つめてきた。