ミソジニー
そんなこんなで学校生活は悲惨な日々がずっと続いていたけど、片瀬先生が俺の唯一の味方になってくれたから、そのおかげで俺は学校に何とか耐え忍んで通うことができていた。彼女がいつもそばにいてくれたから俺は強くなれた。くじけず前に進めた。
色々なことがありすぎてバタバタしていたが、そんなこんなであっという間に期末試験がやってきた。
でも、いじめのこともあり精神的に相当追い詰められていて勉強どころではなかった。自分でもびっくりするくらいまったく手につかない状態だった。おそらくテストの結果は悲惨なものだろう。
杉山がいじめ問題をホームルームで議題に上げると言いだしてから、さすがにみんな少しは反省したのか、いじめは減って大分穏やかになった。でも、それでもたまに陰湿な嫌がらせをうけた。もううんざりだったし時々くじけそうになることもあったが、先生がいる限り俺は絶対に負けまいとそう心に誓った。
そんな中、夏休みが始まった。
夏休み前の終業式が終わり、俺は下駄箱で靴を履きかえようとすると、そこには手紙が入っていた。峰岸遥からだった。
彼女から手紙が来た。俺はすぐにでも読みたかったが、その気持ちを抑えて家に持ち帰ってからゆっくりと読むことにした。
自宅に帰ると母親がまた何やらうるさくガミガミと小言を言ってきた。
「あんた今日から夏休みでしょ?休みだからって家でゲームばっかりしてないで何か少しは将来のためになるようなことしなさいよ?」
相変わらず嵐のごとくそう説教してきた。
夏休みは姉貴が家にほとんどいないのが唯一の救いだった。何やら内定をもらった会社の入社前の懇親会とやらでまたすぐに新しい彼氏ができたらしく、そいつと海外旅行に1週間ほどいったり、それから会社の研修やら、ゼミの合宿やら卒論の準備やらで大忙しだそうだ。
俺にとっては幸運な出来事だ。
また自室にこもりベッドの上で俺は峰岸遥からの手紙を開封した。
「竹井君へ
お手紙ありがとう。全部読みました。女性不信なんですね。初めてそんなこと知りました。それを知ってから、竹井君のことが少しだけ分かったような気がします。正直、そんな人がいるなんて知らなかったから。あの時手紙を破かれたのは本当にショックでした。今でも悲しみと怒りが込み上げてきそうです。でも、竹井君からの手紙をもらってそんな感情もなくなりました。でも、やっぱりショックはショックで、竹井君のことをもう好きだという気持ちはまったくなくなりました。その気持ちだけは変わらないと思います。本当は竹井君のことは好きでいたかったけどとても残念です。
それはそうと、今竹井君がクラスでいじめに遭っているのは正直見ているのが辛いです。竹井君はもしかして、私が恨みでクラス中に変な噂を流したと思ってますか?もしそうだとしたらそれは違います。私の友達の本村加奈子ちゃんが、竹井君に激怒して怒りにいったのは彼女から話を聞いて知っています。その加奈子ちゃんが、怒って色々な人にラブレターの話をしちゃったみたいです。それを知った人たちが変なデマの噂を流して大げさな話になってしまったみたいです。もう私や加奈子ちゃんや数人の女友達は全く怒ってないし、何とも思ってません。ですが、この噂話がどうやらいじめを率先してやっている不良グループの人たちがいる別のクラスにまで知れ渡ってしまったみたいなのです。私はもうやめるようにいったのですが、不良グループの人たちが聞き分けが悪くて何をいっても聞いてくれない状況です。本当にごめんなさい。何でも噂だと、その不良グループのリーダーは転校してきた子で前の学校では相当な不良で退学処分になったことすらあるそうです。詳しいことはうちのクラスの山村くんが知ってると思います。知りたければ彼に聞いてください。本当力になれずにすみません。竹井君が嫌な人じゃないってことが分かってよかったです。お手紙ありがとね。それでは。
峰岸遥」
その手紙を読んで正直ほっとしたというか、少しだけ心が温まる思いがした。誤解が解けたみたいだった。心の中にあるわだかまりがほどけた気分だった。何よりも峰岸遥に自分の思いが伝わったのが嬉しかった。片瀬先生に言われた通り誠心誠意謝れば想いは伝わることが分かった。傷つけてしまっても謝れば分かってくれるんだ。そう思った。それが嬉しかった。
しかし、その代わりにまた大変な事態になったと思った。手紙にも書いてある肝心のその別のクラスの不良グループとは一体何ものなんだ?正直別のクラスの連中には今まで全然興味がなかったのでまったくといっていいほど何も知らない。本当に笑えるほど何も情報がなかった。傍から見たら本当に同じ学校に通っているのかって言われそうなくらいだ。
しかし、問題はその得体のしれない不良グループとやらの暴走をどうやって止めるかだ。今はまだ何も対策が思いつかない。しかし、それは夏休みが終わって二学期になるまでに考えないと・・・
そして、長い夏休みが始まった。
高二の夏と言えば、可愛い彼女のいるやつらは二人きりで海にいったり水族館でデートしたりとかするのだろうか?別に羨ましくはないけれど、何をするのでもなく暇を持て余すのはもったいない気がした。そんな中、片瀬先生は夏休みの間中どうしているのか?とかふとそんなことが気になったりもした。
そういえば、姉貴の内定のお祝いで青山のレストランで外食したときに、先生は(誰かは分からないが・・・)大人の男と食事をしていたことをとっさに思いだした。
先生は男性不信がまだ治りきっていないと自分では言っているけど、実はもうそんなことは過去のことだととっくにふっきれていて、ついに初恋人ができたのだろうか?ふとそんなことを思ったりもした。でもあれだけ深い傷を負っていそうな先生が、そんなに簡単に過去のトラウマを乗り越えて男と軽々しく付き合ったりしたりできるものなのだろうか?俺にはさっぱり分からなかった。
それから2週間ほど立った。
夏休みは特に何をするのでもなく、家でゲームをしたり漫画を読んだり、時々小説を読んだりしていたらあっという間に時間はたった。姉貴はほとんど家にいなかったし、母も食事中にやたら小言がうるさいこと以外は自室にこもっていれば特に何もいってこなかったので実質大した被害はなかった。それに姉貴と比べると母親は俺にあまり関心がないというか、俺のやることなすこといちいち監視してこない人だった。自宅は学校と違っていじめも及ばない空間だ。平和そのものだった。
そんな中、片瀬先生のことをまたもや思い出したりもした。夏休みの終業式の日は先生と会えずじまいだったからさよならが言えなかった。そういえば先生は骨折して入院した母親の面倒をみないといけないんだっけ。だから、夏休みは病院のお見舞いやら看病やらできっと忙しいのだろう。
そんなことをボーとベッドで横たわりながら考えていたとき、突然スマホが鳴り出した。
知らない番号だった。少し怖かったけど、ちょっと取ってみた。間違い電話や詐欺だったらどうしようかとも思ったが・・・
「もしもし・・・」
しばらく間が空いたので怖くなった。
「もしもし・・・」
女性の声だった。
「竹井・・・くん?」
「せん・・・せい?」