ミソジニー
俺はもう我慢できなくなって
「いい加減にしろよお前ら。よってたかって。何が面白くてこんなことやってんだよ。」と立ち上り教室中の全員に向かって思わずそう叫んでしまった。
「あれー?誰かが何か叫んでるぜ。普段存在感のない誰かさんが。みんな聞こえたか?」「いいや?空耳じゃない?」
みんなまた大声で笑い出した。
「ちょっとやめなさい。何やってるの?」
一部始終を聞いてたのかは分からないが、そこに一時限目の英語の授業のため片瀬先生が教室に突然入ってきた。
生徒たちが途端に静かになった。一瞬だけだがまるで水を打ったような静けさだった。
しかし、ある生徒がその静けさを打ち破るかのように片瀬先生に喧嘩腰に質問をし出した。
「先生、私たちがいじめをしてるって言ってるみたいですけど、証拠はあるんですか?」
片瀬先生はしばらく黙っていたがやがて
「私は・・・その生徒から実際に聞いています。嘘ではありません」
ときっぱりとそう言った。
「この前来たばかりの先生に私たち生徒の何がわかるっていうんですか?」
「そうですよ、まだ顔と名前だって全員覚えてないんですよね?」
「そうですよ」
生徒たちにそう責め立てられると、片瀬先生は困った顔つきになった。
「それは・・・それはそうだけど・・・でも私はその生徒のことはよく分かってるから・・・嘘をつくような人ではないって分かります」
普段は穏やかで静かな先生がいつにもなく毅然とした態度でそう答えた。
「何ですかそれ?ほかの生徒はどうでもいいけど、その生徒にだけ肩入れしてるってことですか?えこひいきもいいところですね」
本当にたちの悪いやつらだ。これじゃ先生いじめだ。
俺はもう我慢できなくなった。
片瀬先生の前で俺がいじめに遭っていることをこの場で言った方がいいのだろうか?
そうすれば・・・
しかし、そう思ったのも束の間でまた片瀬先生は
「別にそうではありません。ただ相談を受けたからです」
と潔くきっぱりとそう言った。
「へー、ただの相談ですか?そんなにその生徒に熱心に肩入れするなんてもしかしてその生徒とデキてたりして」
女子の誰かがそう言うとまたみんな笑い出した。
「そんなこと・・・」
その言葉に片瀬先生は深く傷ついているようだった。
「何か先生がよくある男子生徒と一緒にいるっていう目撃情報があるんですけど」
誰かがふいに驚くようなことを言い出した。
何だ?何でそんなこと知られてるんだ?どこかで誰かに見られていた?
誰かに見られているような気配はまったくなかったのに・・・
片瀬先生も一瞬だけ目を丸くして驚いたようだったが、やがて困惑したようになり下を向いてしまった。
俺はもう我慢できなくなって
「いい加減にしろよ。お前ら」
立ちあがってまたそう叫んだ。
片瀬先生が驚いたのかこっちの方を見ている。
「なんだー?何でお前が怒るの?」
「もしかして先生とデキてる生徒ってお前だったりして。」
男子生徒らがそういうと他のやつらもまたゲラゲラと笑い出した。
「そんなわけないだろ」
俺はそんなことを言われて途端に恥ずかしくなってしまい、またとっさに席に座った。
本当にただただやるせない気持ちになってきた。
放課後下駄箱で靴を履きかえようとしたら、靴の中にまたそっとガビョウが入っていた。あからさまだ。陰湿なのを通り越して、これじゃあまるで小中学生のいじめだ。そのガビョウを外に取り出そうとしたら、横から片瀬先生にそのところを見られた。
「竹井君・・・」
「先生・・・俺どうしたら・・・」
何だか急に泣きたくなってきた。
「今は大変だと思うけど、ここはこらえて。集団のいじめはエスカレートすると本当に大変なことになるから。いじめられた経験者から言わせればそれは本当。すぐに職員会議で議題に上げて話してあげるから・・・もう少し待って」
「先生・・・でも、どうして俺の名前を言わなかったの?いじめられているのは俺だってこと。」
「そうね・・・言った方がむしろよかったのかもしれないけど・・・でももし大騒ぎになったら竹井君が困ると思って。それにいじめがさらにエスカレートしたら大変だし。でも、私もどうしたらいいのかよく分からないの。教師になってこんなこと初めてだから。頼りなくてごめんなさい」
「頼りなくなんかないよ・・・先生のおかげだよ」
「竹井君・・・」
俺は先生を思わず見つめてしまった。
「とにかく・・・もう少しだけ待って・・・」
片瀬先生に任せてばかりでは申し訳ない気持ちになった。
いじめられているのは自分なのだからこれは俺自身の問題なんだ。
他人任せではなく自分も何か行動しなければいけない気がしてきた。
そして、そう思ったらいてもたってもいられなくなった。
片瀬先生が今では俺の唯一の味方だ。たとえ一人でも味方がいるのは心強かった。
先生に言われた通り俺は峰岸遥にもう一度謝ろうと思った。
誠心誠意謝ればきっとわかってもらえる。先生の言ったように。
それが俺の今にできる精一杯のことだった。
俺は自分の部屋で峰岸遥宛てに謝罪の手紙を書いた。
「峰岸さんへ
突然の手紙驚くと思うけどごめんなさい。何をどう切り出せばいいのか分からないけど、峰岸さんにあの日のことを謝りたくて手紙を書くことにしました。金曜日の放課後、理科実験室の前の廊下で突然ラブレターを破り捨ててしまってごめんなさい。本当に心から謝ります。なぜ、あんなことをしてしまったのか?自分でもうまく説明できないのだけれど・・・多分説明しても分かってもらえないかもしれない。でも峰岸さんには分かってもらいたくて・・・俺は・・・実は女性不信なんです。何故かって言われても分からないけど、生まれてからずっと姉貴に虐げられて育ったというか、いつもけなされたり説教ばかりされてるから・・・そして、そんな俺だから峰岸さんの変な噂を学校で聞いた後、君のことを信用できなくなったんだと思う。学校の廊下で女子が峰岸さんが色々な男をとっかえひっかえしてるだとか、散々たぶらかしたりだとか騙してるだとかそういう変な噂をしているのを聞いて・・・それで峰岸さんのことを信用できなくなりました。そんな噂のことは嘘だったってことを知ったのはその後で、もう後悔しても手遅れでした。もう謝っても手遅れだと思うけど・・・どうか許してほしいです。傷つけてしまったことを一言謝りたくて手紙を書きました。分かってくれなんて言わないけど、俺の気持ちだけはどうか知っておいてください。
竹井蒼太」
俺は誠心誠意心を込めて、そう手紙に自分の想いをありったけ綴った。
LINEやメールで送れば簡単だが、それでは誠意が伝わらないと思ったので手紙にして書くことにした。しかし、これで許してくれるかは分からない。でも精一杯謝るしかない。
次の日の朝、俺は誰にも見られないように峰岸遥の下駄箱の中にそっと手紙を入れた。後は彼女が読んでくれることだけをただひたすら願った。