泡の世界の謎解き
「孤独って確かに、独りぼっちということで、一人になっているということでしょう? でも、寂しい感覚というのは、一人ぼっちだという感覚だけではないんですよ。たとえば、誰かに対して、嫉妬や怒りを感じた時、つまり、人を意識してのことですよね? そして、さらには満たされない感覚というのも寂しさです。これは、一人で味わう感覚ということになります。つまり、寂しさにはいくつかのパターンがあり、孤独との接点があったり、ないものもあったりというわけです」
「なるほど」
「そして、もう一つは、孤独というのは、自分だけで感じることもできるし、まわりから見て孤独に見えることはある。でも、寂しさを本当にわかるのは本人でしかない。つまり、孤独は現象であって、寂しさというのは、感情になるんですよ。だから、孤独を感じたから寂しい思いに至ることはあるけど、寂しさを感じることで、自分が孤独になるという場合二つがあるけど、これって、違うもののように見えるけど、実は同じなのではないかと私は思っています。でも、これも人それぞれの受け止め方なので、他の人に当て嵌まるとは思っていないけど、そこが面白くて興味を持つことなんですよ。今、私が言った面白いとおいのと。興味を持つということも、同じようなことが言えると思うんです、類似語というのは、意外と皆そんなものなんじゃないでしょうかね?」
と、りえはいうのだった。
「孤独と寂しさ以外にも、同じような意味で、どちらかに含まれたり、それぞれ違う見方をしたとしても、結局同じところに帰ってくるという発想、面白いと思いますね」
「そういえば、今のお話で思い出したことがあったんですが、実は、これは森脇さんが来る前のことで、ただのウワサ話としてあっただけで、まったく信ぴょう性のないことだったんだけどですね。あのお店の今日、被害者が見つかったあの部屋で、スタッフが、店の女の子とあいびきのようなことをしていたということがあったんですよ。もちろんちょっとの時間だったので、咎められることもなかったんですが、その二人というのが、殺された丸山さんと、つかささんだったんです」
と、りえは言った。
「僕もそれは初耳ですね。 ということは、皆さん知っていて、話をすることがタブーだったということですか?」
「いいえ、全員が知っていたというわけではないんですよ。むしろ、そのことを知られたくない人がいたから、皆黙っていたといってもいいんですよ」
「じゃあ、お咎めがなかったのは、時間が短かったからというよりも、その知られてはいけない人が問題だったと?」
「そうなんですよ。そして、それを言い出したのが店長で、店長は、丸山さんとつかささんのことも知っていて、そして、そこにもう一人が絡んでいることも分かっていたんですよ」
「どういうことなんですか?」
「こういう事件が発覚してしまったので、警察も調べるだろうから、もう隠しておく必要はないと思うのですが、つかささんという人は、孤独に耐えられない人だと思ったんです。というのは、つかささんには、以前、丸山さんと付き合うようになる前に、付き合っている人がいた。結構あざといオープンな関係だったので、皆察していたんですよ。ただ、こういうお店では、大っぴらにお付き合いは禁止ではないですか。だから、店長も注意喚起はしていたと思うんです。でも、そのうちに何がどうなったのか、その人と別れてしまったようで、しばらくおとなしくしていたつかささんだったんですが、丸山さんとくっついたようになってしまった。その時は、前のように大っぴらではなく、コソコソとやっていたんですね。それを見つかってしまったというわけです。二人はかなり慌てていましたが、それを私たちは、前の彼氏に対しての配慮から、二人が密かにと思っていたんですよ。その時に初めて二人の関係を知った人もいましたからね。でも、今から思えば、それは、本当に恋愛だったのかとも思うんですよね。どちらが言い出したのかはよく分からないけど、二人は密かに引き抜きをやっていた。二人は共犯だったわけで、どうして共犯になったのかというのも分かりませんが、ひょっとすると、前の彼氏と別れたというのも、その引き抜き問題が絡んでいたのではないかとも感じたんですよ」
とりえは言った。
「そういうことだったんですね?」
「ええ、そして、その人は今もこのお店のスタッフで残っています」
というのを聞いて、
「えっ、今もいるんですか?」
と聞き返すと、りえは無言で頷いた。
森脇には、何となく分かった気がした。
「ひょっとして、向坂さんのことですか? あの人は確か私が入店する少し前まで、マネージャーだったということだと聞いたことがありました」
「それ、誰から聞いたんです?」
「向坂さんから直接聞きました。俺降格させられたんだよね、って、笑ってましたよ。私は事情も分からないし、まだ新人だったので、何とか、ひきつった笑いをするだけで、精いっぱいだったんですけどね」
「そうだったんですね。向坂さんらしいわ」
といってりえは、ため息をついた。
「向坂さんという人は、すぐに女性に言い寄られると、逆らえないところがあって、それを自分では優しさだと思っているようなんです。だから、禁を破ったということに対して、あの人は悪く思っていないと思うんですよ。それが向坂さんという人の性格であり、ただ、私にはいいところなのか、悪いところなのか、分からないんですよ」
と、りえは、話を続けたのだった。
「それは、りえさんの言う通りだと思います。向坂さんとは、何度か同じシフトで仕事をしましたし、何よりも入店後の教育は、あの人にしてもらったんです。その時に感じたのは、気が弱そうな人だという思いと、何かを隠しているのかな? と思ったんですよ。あまりにもわざとらしいと感じる時がありましたからね」
と、森脇は言った。
大団円
向坂という男が、
「女性に弱い」
というのは、よく言われていたことだった。
ただ、なぜそんな人間がマネージャーになれたのかということが気になった。店長は見た目はチャラそうに見えるが、実はしっかりしている人だということは、一緒にいることが増えてくれば、日増しに感じられるようになる。次第に、ゆっくりでもいいので、その人の性格を考えていって、ブレることなく一直線に進んでいるのは、その考えが間違っていないことを示しているのだと思った。
「ひょっとして、向坂さんという人は、何か弱みでも握っていたのかな?」
と、森脇が言った。
「どうして、そう思うんですか?」
「だって、見るからに、だらしなさそうな人というわけではないのに、女性に弱いというのは、それだけ気が弱いということなのかって思ってですね。だとすると、そんな人をマネージャーにするなんて、ちょっとって思ったんですよ」