泡の世界の謎解き
「森脇さん。つかささんは、森脇さんを相手に、丸山さんと比較されたんですよね? 森脇さんは丸山さんを確かに知らないけど、自分が丸山さんの補充要因であることは百も承知ですよね? だから、必要以上に、知らないだけに意識してしまい、誇大評価を頭の中で抱いていませんか? そんな森脇さんを相手に、つかさんも、森脇さんが丸山さんのことを知らないのを承知で、文句を言っている。これって、わざとらしいと思いませんか? つまりですね、つかささんは、森脇さんに必要以上に丸山さんを意識させた。そして、過剰評価している丸山さんに対して、文句の一つも言わせたかったのかも知れないですね」
とりえは言った。
「どういうこと?」
と森脇が聞くと、
「つかささんだって女です。丸山さんのことが本当に好きだったとすれば、何か苛立つことだってあると思うんですよ。だから、当時二人はいざこざがあったのかも知れない。ひょっとすると、二人が何かを企んでいてグルだったとすれば、つかささんが辞めるタイミングをお互いに図っていたのかも知れない。そこで、二人の意見がすれ違って衝突したとしましょう。そうなると、女心として、丸山さんに文句の一つも言わせたいでしょう。そんな苛立ちの中で、新人の森脇さんの態度は鼻についた。うっとうしいとでも思ったのかも知れませんね。だから、森脇さんを怒らせて、丸山さんの悪口を言わせることで、一石二鳥の自分のストレス解消に使おうとしたというわけです」
「そんなことだけで」
と森脇がいうと、りえは、
「まだ、分からないんですか? 今のお話の中で一つ言えることがあるじゃないですか。二人の間でいざこざがあって、それを森脇さんにぶつけているのだとすれば、そこに、何かいざこざがあったということは証明されたも同然ですよね? そしてそれは、男女の痴話げんかのようなものではなく、二人が何か計画していて、その途中だったということですよね。ただ、それが今回の殺人事件にどんな影響があったかはわかりません。何しろ、ここで死んでいた丸山さんも、つかささんもすでにここを辞めているという事実ですよね? でも、その辞めた丸山さんがどうしてここで死んでいたのか? ということを考えると、何かまだこの店に影響を与える何かのカギを握っていたということになるんじゃないでしょうか?」
と、りえがいうと、先ほどの刑事が、手を合わせて、ゆっくりと拍手をしていた。
見方によっては、バカにしているように見えるが、表情を見ると、どこか尊敬の念も見えることから、
「この刑事、負けず嫌いなところがあるんだろうな」
と、森脇は感じた。
「それはいったい何なんでしょうね?」
と刑事が聞くと、
「今もその話が続いているのかは分かりませんが、丸山さんを中心に、この店から他の店に、大規模な引き抜きというのが行われているとは聞いたことがあります。正直私も、一度丸山さんから、移籍を考えていないかということを匂わすようなことを聞かれたことがありましたね」
と、りえは言った。
過去の小事件
二人はその後、刑事から少し事情聴取を受けたが、その日は、警察に呼ばれることもなく、その場でお役御免となった。被害者の死亡推定時刻が、死後、三時間から、四時間の間くらいということで、夜中の二時から三時だということだけが、ここで分かったことだった。防犯カメラには、それらしい人物は映っておらず、刑事は、
「犯人はどうやって侵入し、どうやって逃げたんだろう?」
という疑いをかけていた。
りえと森脇は、警察の捜査に関しては、詳しく教えられていなかったので、よく分からなかったが、森脇はその日、店長やマネージャーを中心とした会議への出席を求めれ、さらに、そこには、りえも招かれるということになった。今回の件の善後策を話し合うということからであろう。
スタッフ数名がいたが、それは、昨日、遅番の人が集められた。昨夜は最後までいたのは三人で、女の子の参加はなかった。
ちなみに、ここに参加していない人で、連絡のついた人には、
「諸事情で、しばらくの間、店を閉める」
ということを言い渡していた。
「事情に関しては、そのうちに分かると思うけど、あまり変なことは言わないでほしい」
としか言えなかった。
当然、そのうちに警察は事情を聴きに来るということが分かってのことだが、混乱を避けるために、余計なことを今は言えないということもあり、今事情を知っているスタッフとしても、どこまで話していいのかということがジレンマとなっていた。
警察から事情を聴かれることもあるだろうから、本当は事件のことを話せばいいのかも知れないが、下手に不安だけを煽る形になるのも危険な気がした。
何しろ、お店のプレイルームで、前まで勤めていたスタッフが殺されたのだ。謎も多いということもあるし、スタッフとしては、
「自分の身に危険が?」
と考えるかも知れないということで、余計な心配をしてしまいかねないということだ。
店の会議において、まず、二人は、その日の様子を聞かれたが、別に改まって話せることもないということで、ほとんど、りえも森脇も余計なことは言わなかった。
刑事から聞かれたことで、思い出し、話したことをいうべきか二人は悩んでいたが、
「何もここで言わなくてもいいだろう。警察が知ったとしても、その後の調査で判明したということにすればいいのだ。何しろ、あの時警察に話したことは、ウワサでしかない。下手に警察に話したなどというと、自分たちの首を絞めるようなものだ」
と判断したからであった。
この判断は賢明で、会議の様子を聞いている限り、二人は少し幻滅していた。りえは大体分かっていたことだったようだが、森脇はまだこの業界が慣れていないということもあり。
「ここまで、自分たちだけのことしか考えていないのか?」
というほど、善後策というのは、そのすべてが、保身であることに、ショックを受けたのだった。
しかし、実際には、森脇があまり世間を知らないだけで、一般の会社において、会社内で事件が発生すれば、まず考えることは、社内でだけの問題に対しての、
「隠蔽」
であり、その次には、自分たちの身の振り方だけしか問題にしない。
もし、社内から、容疑者が出た場合、それが冤罪であったとしても、会社から排除しようと図るもののようだ。これも、隠蔽体質が原因で、
「臭いものには蓋」
というのが、一般企業の共通した考え方のようだ。
今回の事件のことを話し合っていた会議の中で、次第にぎこちなくなってきているのを、最初にりえが気づいたが、そのうちに、森脇も気づくようになった。何やら、スタッフ側の方だけでの会話に、力がなくなってきた。それを見た社長が、
「今朝の早番のお二方は、もういいですよ。朝早くからお疲れ様でした」
と言って、言葉では労ってくれて、他のスタッフは、こちらに背中を向けたままで、ただ頭を下げて、一様に、
「お疲れ様でした」
と、ゾッとするような低い声で言ったのだ。
「まるでゾンビでも見るかのようではないか」
と、森脇は感じたが、
「お疲れ様です」
と言って、りえと一緒にさっさとその場を離れた。